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当て馬男とひねくれ人魚の解呪RTA【全年齢版】  作者: あかいあとり
第七章 契約の子と銀の短剣
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7-8 ふりだしに戻る

「直接顔を合わせるのは何日ぶりでしょうか。夢で会いたかったのに、会えなくて寂しかったです。アステラくん」


 わざとらしく落ち込んだ顔を作りながら、イリヤはアステラの前に跪き、アステラの手首をついと指で撫でた。今はもうないけれど、夜ごとにアステラが夢守りのまじないを付けていた場所だ。

 肌を辿ったイリヤの指は、やがてアステラが握る身代わりの玉へと辿り着く。


「これはいただいておきますね」

 

 姿だけを見れば優しい天使としか思えないイリヤは、そう言って微笑むと、ヤドリギで作った身代わりを、ひょいとアステラの手から取り上げた。歯噛みしながら全身に力を籠めたが、見えない拘束はびくともしない。


「無駄ですよ。アステラくんの力が強いのは知っていますけど、いくら君でも、半身が動かなかったら何もできないでしょう?」

 

 面白がるようにそう言って、イリヤは赤黒く染まったヤドリギにうっとりと鼻先を寄せた。


「おいしそうな香りがしますね。作るのは大変だったでしょう? でも残念――」


 イリヤがぐっと手に力を込める。直後に、ヤドリギで作られた身代わりは、パキリと嫌な音を立てて砕け散った。


「――せっかく頑張って手に入れたのに、壊れちゃいましたね」

 

 くすくすと無邪気にイリヤが笑う。

 きらきらと光を反射して落ちていくヤドリギと星の石の残骸を、アステラは呆然としながら見送った。

 呪い移しのための身代わりは、死の呪いをかけられてからの十一日間、ダガンはもちろん、色々な人の力を借りてようやく手に入れた道具だ。あと一歩で、アステラは呪いから解放されるはずだった。

 ぎりりと音が鳴るほど強く奥歯を噛んで、アステラは喘ぐように息を吐く。

 俯くアステラの顔を無遠慮に覗き込んだイリヤは、アステラの顎を掴むと、無理やりに視線を合わせてきた。

 

「君は本当に馬鹿でかわいいですね。こんな逃げ方を僕が許すと、まさか本気で思っていたわけじゃないでしょう?」


 顎をくすぐったイリヤの指は、アステラの首周りを首輪のように囲む茨のタトゥーをなぞるように動いていく。記憶を弄られていたときならばともかく、散々呪いで苦しめられた今となっては、あからさまな欲を含んだ眼差しを向けられたところで恐怖以外の何も感じない。

 イリヤの指から逃げるように身じろぎをしたアステラは、ちらりとダガンへ目を向けた。

 壁へ吹き飛ばされた拍子に頭を打ち付けたのか、手も足も力なく床へ投げ出されてはいるけれど、命に関わるほどの怪我を負っているようには見えない。そのことにほっと息を吐きながら、アステラはぱくぱくと唇を動かした。


『サレをどうした』


 イリヤになりすまされていたサレは無事なのか。この教会にほかの人間はいなかったのか。都合の良すぎるタイミングで銀製の武器がなくなった原因である首都の事件とやらに、イリヤは関わっているのか。問いたいことは山ほどあるのに、声が出ないことが、もどかしくて仕方がない。

 

「アステラくんの元気な声も好きでしたけど、そうやって人形みたいに静かなのも似合いますよ」

 

 わざとだろう頓珍漢な言葉を寄越した後で、険しさを増したアステラの顔を見て満足したのか、イリヤは嘆息しながら「心配しなくても、誰も殺していませんよ」と呟いた。


「君の元恋人は街にいるでしょうし、ここに元々いた方々も、奥でぐっすり寝ているだけです」

『首都の事件は』


 聞こえているのかいないのか、イリヤは拗ねたように唇を尖らせる。

 

「せっかく会えたのに、アステラくんは周りの人のことばかり気にするんですから。……僕はただ、皆さんに少し夢を見てもらっただけですよ。勝手に事件にしたのは皆さんです。他の悪魔が悪ノリしたかもしれませんし、人間同士が諍いを起こしたかもしれませんけど、死人も怪我人も、別に僕のせいじゃないですからね」

 

 なんで、と声なき声でアステラは問いかける。

 大掛かりに他人を巻き込んでおいて、どうしてそうも平気な顔をしていられるのか。逃がす気がないなら、なぜわざとアステラに時間を与えるような真似をするのか。


「だって、その方が面白いじゃないですか」


 あっけらかんとイリヤは答えた。

 

「真っ暗闇の洞窟に、人間を閉じ込めるとするでしょう? 皆さん、最初はどこかに出口があるはずだって信じて、一生懸命に道を探すんです。早く出ないと空気がなくなって死んじゃいますから、当然ですね」


 唐突な例え話を始めながら、イリヤは愛しいペットの話でもしているかのように、柔らかく目を細める。

 

「隅から隅まで探してね、ようやく細い一本道を見つけると、馬鹿みたいにその道をまっすぐ進むんです。これで助かるんだって根拠もなく信じて、苦しくて倒れる寸前で道の先に光を見つけると、子供みたいに喜ぶんです。『やった、出口だ!』って」


 でも、と悲しげにイリヤは声を落とした。

 

「道を抜けた先にあるのは、崖なんです。頑張ったところで、最初から出口なんてないんですよ」


 優しくアステラの頬を撫でて、夢見るようにイリヤは微笑んだ。

 

「一心不乱に頑張ってきた強い人間が、絶望して崩れ落ちる瞬間の顔を、見たことがありますか? あれ以上に美しいものを、僕は知りません。何度見たって見飽きない。追いかけて追い詰めて、ようやく逃げられると思った瞬間に希望を砕いてあげるのが、人間の心を綺麗に壊すコツなんですよ。でも――」

 

 こてりと首を傾げて、イリヤはじっとアステラの目を覗き込んでくる。


「アステラくんは絶望しませんね。どうしてでしょう?」

 

 イリヤの真っ赤な瞳を見つめると、催眠にでもかけられたように思考にモヤが掛かってくる。それでも目を逸らして逃げるのは癪だった。

 強くイリヤを睨み返した途端に、嬉しそうにイリヤは目を細める。

 

「やっぱり君は面白い。利き腕は奪った。足も片方動かない。眠りも食事もお喋りだって、ろくろくできないはずなのに。あと何を奪えば、君は僕に縋ってくれるんでしょう。目かな。音かな。それとも――」


 アステラの反応ひとつ見逃してはくれないイリヤは、思いつくがままといった様子で単語を羅列した後で、不気味なくらい優しく微笑んだ。


「……そうですか。耳が嫌なんですね」


 アステラの頬に触れていたイリヤの指が、耳たぶを優しくくすぐっていく。同じ頬に触れるのでも、乱暴に頬をつねってきたダガンとはまるで違う繊細な手つきに、ぞっと肌が粟立った。

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