アンダルシア公にみなが呆れて
「何ですの、これ?」
ルシアが声をあげたのは、ある手紙を読んだからだ。
「なんと書いてあったんだい?愛しい王太子妃様とか?」
執務室の机に次いでいたルイスが、笑いながら質問した。手紙の出し主は、アンダルシア公である。ルシアは、手紙が届いたので、彼にそのことを伝え、彼の目の前の椅子に座って読み始めたのである。
「私に提携の勧誘よ。ゴール家の地位を保証、財産を補償する、私を王妃として迎えるから、外国軍とその傀儡の元王太子を、協力して、国内から追いだそうですって。王妃って、誰が王様よ?」
“どうして、こんな馬鹿なのよ。”今は、敵であるが呆れてしまう。
「以前はまとも…頭のいい、策略もたくみな奴だったのにな…どうして?」
彼女の考えが通じたように、彼も疑問を口にした。
「守りに弱い奴だったのかもしれないな。」
ルイスは自分で言ったものの”そうかな?”と思い、ルシアは思い至るものがあった。”私を心配して逃がそうとしてくれていたと思っていたけど、パニックになって自分が逃げ出したかったようにも思える…?確かに色々な人間が集まっていたわよね。人望があると単純に思ったけど、どうやって、あの後まとめるつもりだったんだろう?”レムス国王から届いた、アンダルシア公の手紙、領土の割譲を条件に、両反乱者、ルイスと共和国政府から国と国民を解放することに協力してほしいというものだった。まずは、ボナパルトの軍と共和国軍に、自分の集めた守旧派の軍とともに当たろうとも言っていた。その共和国軍の先頭に彼は立ち、ボナパルトに国民のために共和国軍に復帰するよう使者を送っている(ボナパルトはルイスに報告している)。そのボナパルトの反乱罪、処刑判決を支持したのも彼である。領土を1㎝たりとも、海外領土も含め(係争中のものも含めてである)、譲らないと主張しているのも彼だった。”あの時も、あの時も、声を上げたのが私だけだったから、従っていただけかなのかしら…?”
「二日後には、進撃を開始する。」
「その前に、この手紙を利用する?」
「一連の手紙と一緒に利用させてもらうさ。ただ…」
「ただ?何ですの?」
「彼は、君を姦婦呼ばわりするだろうな、彼は。」
「酷いですわね。」
二人は声を上げて笑った。ルイスの顔は、悪党に見えた。“この人。こういう顔もできるんだ。”そして、その顔を頼もしく、快く思い、かつ同様な顔をしている自分も感じた。
そして、アンダルシア公の反応は予想通りだった。
「みんな。しっかり!もうすぐよ。」
イサベルは、2人に肩を貸し、一人を背負うようにして、自分の家の玄関ドアに向かって歩いていた。十数メートルの距離が何キロにも及ぶ坂道のように思われた。
「家まで。」
と言ってくれた、救い出し、馬車でその前まで送ってくれた男達、彼女の支援者達、に
「あなた方は、疑われないようにすぐ戻って下さい。ここからは私達だけで大丈夫です。」
と言ってしまったのを後悔していた。
ようやく辿り着き、残る力で声を出した。ドアが開かれると
「お嬢様!どうなさったのですか?」
彼女について実家からでてきた侍女が悲鳴のような声で叫んだ。
「お姉さま!こんな…。」
少女が叫んだ。
「あなた方がいながら、お嬢様を…。何をしていたの、お嬢様の側にいて!」
イサベルを抱きかかえながら、他の3人の女を詰る侍女に、
「彼女達は頑張ってくれたのよ。二人に気付けの飲み物をあげて、風呂で体を洗って、ベッドに。私とこの女は大丈夫だから。ただ、気付けの飲み物をもって来てちょうだい。」
二人の若い女を侍女に押し付け、自分はふらふらとしながらも30女の襟元をつかんで引きずった。
「お姉さま。申し訳ありません。何もできなくて。」
「私達より、お姉さまの方が、酷い目に遭われたのに。」
「酷いな。私はずいぶん頑張ったわよ。」
「いいのよ。気にしないで。」
二人には、微笑みかけ、
「いいから、あんたは私と来なさい。」
と命令口調で言った。
「わかりました。お嬢様。」
「はい!お姉さま。」
仕方ないという顔で侍女達は、自分の役割が命じられたと張り切って少女は答えた。
30女を引きずるように居間に入ったイサベルは、放り捨てるように、彼女を長椅子に座らせて、自分も向かい側の長椅子に崩れるように、座り込んだ。
「あなたにも感謝しているわよ。」
「それは、ありがとうございます、お姉さま…司令官閣下。」
皮肉っぽい言い方ではあったが、彼女もイサベラにそう感じていた。彼女は高級娼婦である。彼女ベサとまだ13歳でしかない少女アンナは、最近のアンダルシア公の愛人だった。アンナもイサベラになつき、彼女から読み書きなどを学ぶようになっただけでなく、30女のベサまで彼女になついたのである。ベサは、その筋の情報をイザベラに伝えるようになっていた。それはイサベラにとって有益だった。そして、最近のアンダルシア公の一連の問題行動を知るに至った。彼に意見すると言って飛び出そうとしたところ、マルテイア、フリアそしてベサも万一のことがあっては言って同行したのである。アンナも行くと主張したが、留守を守るものがいないと困ると説得して留守番させた(このころには、アンナもベサも彼女の家に転がり込んでいたのである)。慌てて駆け付けた支援者の男性2人も護衛を買って出て同行したが、アンダルシア公の愛人用邸宅(元々はイサベラの屋敷)に入るやいなや寄ってたかって、殴られて、ボロボロにされて叩き出されてしまった。その彼らは重傷ではあったが無事助けられ、彼らから通報を受けた同志達が彼女達の救出にあたったのである。イサベラはアンダルシア公に大いに意見したが、結果として4人共々ボロボロにされる羽目となったのである。
アンナが、少しふらつきながらも、茶の入った大きなポットとカップ二つを盆に載せてやって来た。彼女がそれをテーブルの上に置き、“まだ、何か御用はありませんか?”と目を輝かせているのは見て、力なくではあったが、
「ありがとう。もう、いいから寝なさい。」
“もっと、お役にたちたいんです!”と言いたげな表情を見て、慌てて、
「明日の朝から、やらなければならないことがあるの。あなたに手伝ってもらいたいの。明日の朝は、頼りになるのはあなたしかいないのよ。だから、今、明日のために休んでね。」
「はい。」
少し顔が輝いた。
「あ、寝る前に何か食べるものを…チーズか何か少しだけでいいから。」
彼女は喜びいさんで、台所の方に走った。
「全く、あんたは慕われているわね。あたしもだけど。」
「自分の分は、自分で入れなさい。」
イサベラは、カップの一つにポットと中身を注いで、口に運んだ。兎に角、気持が落ち着くのを感じた。
ベサもノロノロと起き上がって、ポットを手にした。アンナが、皿に幾つかのチーズを載せてやって来た。そして、
「お姉様。おやすみなさい。」
素直に寝室に向かった。
「よく、食欲が出るわね。確かに、司令官様だよ。」
「何か、腹に入れないとね…。それに、司令官ではないわよ。」
「軍人さん達が、皮肉ではなくさ、我らの司令官、呼んでいるよ。まあ、ろくでもない女元帥様達や政治委員や将校が多いからだけど。」
食欲がないと言いながらも、自分もチーズを一切れとり、口に運んだ。“まだ、まだ…勝つ可能性はある…はずだ。”チーズを、我慢しながら飲み込みながら、イサベラは思った。
侍女達が、マルティア達が、浴室で体を洗っているうちにうとうとしはじめたこと、その後うとうした二人に寝巻を着せ、そのまま寝室に連れて行ってベッドの上に横たえたところ、直ぐに寝息を立て始めたことを報告しに来た。その彼女達にきつめの酒を少し持ってくるように頼み、その後はもう寝くれるよう命じた。
浴室で体を洗い、戻ってきた居間て、小さなグラスに入った酒を飲み、直ぐに寝室に、寝巻を着て、ベッドの上倒れるように横たわった。
「何のつもり?」
ベサが、ベッドに潜り込んで来たのだ。
「つれないねえ涎を流しあって、喘ぎあった仲じゃないか?」
「よろこんていたわけではないでしょう、お互いに?」
「本当にひどい目にあったねえ。女の集団も男達と変わらないねえ、残酷だねえ。みんな、そんなもんだよ。それでも、あんたは…。」
「諦めてなんかいないわよ。それだけ。」
イサベラが即言ったのを聴いて、“この女の心は折れていないわね。”
「あのダンナもずるいわな。」
「そうね。」
“それでも、つきあっていかなければならないのわ。あれでも、役にはたつし。”今回は、積極的に彼女らへの暴行に関与していたわけではないが、とめもしなかった。彼は知らなかった、助けようとしていたと、後で言うだろうし、もう彼の頭の中での記憶ではそのように記憶が改変されているはずだ、と思った。子供のように、そのまま二人は手をつないで眠ってしまった。
ベサが目を覚ました時には、イサベラは、駆けつけてきていた支援者と打ち合わせをしていた。




