1-4 Ren ホットドッグ
主要登場人物が揃ってきました。
「ESP特区?」
レンは、イツキが入れてくれたホットココアを飲みながら、イツキの言葉を反芻した。その両手と両膝の傷は既にイツキによって手当てされている。
レンは空色のパーカーと白の短パンに着替えていた。イツキの昔の洋服だそうだ。着心地は抜群によく、丁寧に保管されていたことがよくわかる。
「そ。正式名称は『超能力者特別管理区』っていうんだ。この町は『超能力者支援事務局』って国家機関のお膝元でさ、『超能力者の管理および社会への導入』を図るために、いろいろと超能力者にとって都合のいい『ルール』が他の町よりも充実してるんだ」
「それが、私が捕まらない理由?」
「まぁな。ここでは能力者に危害を与えることは、自己防衛以外では全面的に禁止されているし、危害を加え次第、加害者は即逮捕。って寸法になってる」
そう言いながら、イツキは慣れた手つきでソーセージをフライパンで焼いている。家に入ってすぐにお腹の虫が鳴いたレンのために、簡単な食事を作っているのだ。
イツキのその言葉を聞いて、レンはようやく納得することができた。レンが能力者であることは、イツキが重要な証人になってくれる。
たとえ奴らが襲ってきても、レンは自分の身の安全を国によって守られるのだ。
「納得したか?」
「……うん」
「そっか。……よし、できあがりだ」
話が終わるのと同時に、食事の用意も終わったようだ。ソーセージの美味しそうな匂いが、レンの鼻をくすぐる。
イツキは、レンの前にできたてのホットドッグを置いた。ソーセージだけじゃなく、レタスやベーコン、それにスクランブルエッグまで入っている。ボリューム満点だ。
それを見た瞬間、レンのお腹は一層大きな鳴き声を上げた。一気に恥ずかしくなる。
イツキはそれを聞いて小さく笑った。
「よっぽど腹が空いてたんだな」
全くもって、その通りであった。ここ数日、ろくに食べていなかったことを、今更思い出す。
ここまで来れたのは、奇跡に近いのかもしれなかった。
空腹感に耐えきれず、挨拶もそこそこにレンはホットドッグにかぶりついた。
「喉に詰まらすなよ」
イツキの言葉も、今は耳に入らなかった。ただただ夢中でかぶりつく。
「…………」
一口食べるごとに、レンはこれまでの日々を思い出していた。
それまでの生活が一変して、地獄に変わった。逃げている間は食事どころか寝る場所を確保することもままならず、コンビニのゴミを漁り、鉄橋の下でダンボールに身を包み、一夜を明かしたこともあった。
「……うっ……あぐぅっ……」
知らぬ間に、涙が溢れていた。ホットドッグにかぶりつきながら、大粒の涙を流すレンの隣で、イツキはただ何も言わずに座っている。
「……うっ、うぅう……ぐぅっ……!」
(もう、逃げなくていいんだ……)
そう思うだけで、涙が次々と流れてくる。
「う、あぁ……、うわああああぁぁぁん!」
食べ終えるころには、嗚咽が大きな泣き声に変わっていた。
それから、どれだけ泣いたのかははっきりと覚えていない。でも、イツキは泣きじゃくるレンの隣に、ただ静かに座ってくれていた。
◆
「ん……」
気づくと、レンはソファに横になっていた。どうやらあのまま眠ってしまったようだ。
イツキがかけてくれたらしく、レンの体はタオルケットに包まれていた。
「久しぶりだな……」
自然と、そう呟いていた。
こんなに安心した気持ちの目覚め方は本当に久しぶりだった。改めて、自分は助けられたのだと確信することができた。
「イツキ……?」
そこで、やっとイツキが傍に居ないことに気付いた。
急に不安になった。もしかしたら、これまでのことが夢だったのかもしれないと疑ってしまう。
だが、そんな不安はすぐに消去された。
「だーっ、別にいいだろ! 誰にも迷惑かけてないんだしさ!」
「迷惑とかそういう問題じゃないよ! いっちゃんはいつも変なことに首突っ込むし……、またそうなんじゃないかって考えたら、心配で……」
「ヒカルは心配しすぎなんだよ。俺は子供じゃねぇ! ってか、お前と同い年だろうが!」
「十六歳は十分子供でしょ!」
ドアの向こうで、イツキが誰かと口論をしているのが聞こえてきた。安心すると同時に、もう一人の声の主――ヒカルと呼ばれた人――が気になった。声からすると、女の人らしい。イツキの言っていた、『家族』の一人だろうか?
気になってドアを開けて向こう側を覗くと、玄関でイツキが女の人と口論をしていた。そして、その両隣で一組の男女が二人の口論を止めようとしている。
「まあまあ、ヒカルもそんなに怒るなって。な?」
「トウマくんは黙ってて!」
ヒカルと呼ばれた女の人を、トウマと呼ばれた金髪の男の人が宥めようとしていた。しかし、ヒカルは間髪入れずにトウマに言い返す。
「ヒカル。イツキだって確かに子供じゃないんだからさ。そこまで言わなくても……」
「キッカちゃんも口出ししないで!」
今度はキッカと呼ばれたボブヘアが印象的な女の人が止めに入るが、やはり言い返されてしまった。二人とも、「だめだこりゃ」と肩をすくめている。
と、そこで、偶然こちらを向いたイツキと目が合ってしまった。イツキはレンににっこりと笑って話しかけてくる。
「おっ、レン。よく眠れたか?」
「え? あ、う、うん……」
頷きながら、レンはイツキと口論を繰り広げていた相手――ヒカル――を見た。
ヒカルはセミロングの艶やかな黒髪が綺麗な人だった。来ている制服らしいブレザーも汚れ一つなく、手入れが行き届いている。
ヒカルと目が合った。びっくりした顔で、レンを見てくる。
「いっちゃん、この子は?」
「小檜山レン。今日、公園で会ったんだ」
「あ、えと、こんにちは……」
イツキに紹介されて、レンはペコリと頭を下げる。トウマとキッカがこちらに微笑みかけてくれた。
が、ヒカルだけは別の部分に反応していた。
「公園って、いっちゃんのお気に入りの?」
「そうだけど?」
「そこ、お昼ごろに銃声が鳴り響いたとかで今閉鎖されてるよ」
ヒカルさんの言葉に、レンは思わず萎縮してしまった。間違いない、あの時の銃声だ。
しかし、イツキは「あ、そうなの?」とか言ってとぼけている。白を切るつもりなのだろう。しかし、ヒカルは引き下がらない。
「まさかいっちゃん、そのとき公園にいたんじゃないの?」
「さぁな〜」
「また変なことに首を突っ込んだんでしょ!」
大当たりだった。ヒカルの言っていることはきちんと的を得ている。
しかし、イツキはとぼけたふりを続ける。レンはどうすればよいか分からず、ヒカルとイツキを交互に見ることしかできなかった。
しばらくして、ヒカルが小さくため息をつく。
「もう。ユウトくんには絶対に話すのに、私には話してくれないんだから」
「…………」
何を言っても返事をしようとしないイツキに、ヒカルは少しさみしそうな表情を見せた。
「……着替えてくる。……あ、レンちゃんだっけ?」
「え、は、はい!」
突然話しかけられたので、思わず飛び上がってしまった。ヒカルはそんなレンを見て小さく笑う。
「大丈夫よ。あなたは居間でもう少しくつろいでてね」
そう言うと、ヒカルは階段を駆け上って行った。他の二人も、続いて階段を上っていく。
「……めんどくさいなぁ〜」
小さくそう呟くイツキの横で、レンはこれから起こることに、緊張と不安の入り混じった奇妙な感情を抱いていた。




