3-2 Itsuki 特訓開始
今回はいつもより若干短め……かもです。
「ん……」
イツキは闇の中にいた。どうやら、自分は倒れているらしい。しかし、肌が何かと触れあっている感覚は無かった。まるで、宙に浮いているようだ。
『ぬしは弱いな……』
暗闇の中から、誰かがイツキに話しかけてきた。抑揚のない、低く、しかし威厳を感じられる強い声。
「……誰だ?」
『弱いぬしに名乗る名はない。我は強き者のみに我が名を名乗る』
「……随分と偉そうだな、オイ」
イツキは悪態をつきながら、起き上がろうと体に力を入れようとした。しかし、脳みそと全身との繋がりを絶たれてしまったかのように、力が入らず、起き上がることはできなかった。
『無理をするな。『器』に合わぬ『力』を使い過ぎた代償。すぐには元に戻らぬ』
「……なにを、言ってるんだ?」
『すべてはぬしの弱さが招いたこと。自分すら超えられぬ者に『力』を使いこなすことはできぬ』
「俺の弱さ……」
『まだ引き摺るか? 己が過去の過ちを』
「……!」
声の一言に、イツキは体を強張らせた。何故、コイツはそのことを知っている?
『己が幼さと甘さを棄てぬ限り、ぬしに『力』は扱えぬ。ただ己が身を滅ぼすのみ』
「…………」
『我は再び深淵に沈む。『我』を呼ぶか、それとも『あの女』にすがるかは、ぬしが選べ』
「『あの女』……?」
声が出した『第三者』の存在に、イツキは首を傾げた。コイツの話が読めない。いったい、何を言っているのだ?
しかし、声はイツキの問いに答えようとはしなかった。段々と、声の存在が希薄になるのを感じる。
『さらばだ。ぬしはぬしの帰るべき場所へ戻れ。再び相見えしときに答えを聞こう』
「な、待て……!」
イツキは声を止めようとしたが、声はそれっきり何も言わなかった。イツキは、自分の意識が別の場所に引っ張られていくのを感じた。
◆
「ん……」
目の前に、白いカーテンと天井が現れた。見覚えがある。確か、支援局に隣接する大学病院だったか……。
「……!」
完全に覚醒したイツキは、バッとベッドから起き上がった。途端に、左腕に鈍痛が走る。
「っつう……」
思わず左腕を押さえる。折れた左腕は、ギプスと包帯でしっかりと固定されていた。
「……」
ゆっくりと辺りを見回すと、隣のベッドでトウマが寝息をたてていた。特に大きな怪我が無いらしく、包帯も巻いていない。イツキは安堵した。そして、自分もゆっくりと横になる。窓の外は真っ暗で、月だけが淡く輝いていた。
「己の幼さと甘さ、か……」
イツキは、夢の中の『声』の言葉を、小さく繰り返した。それと同時に思い出すのは、七年前のこと。イツキが覚醒した記憶だ。
「……ユキナ……」
イツキはそれだけ呟くと、ゆっくりと再び眠りに落ちた。その頬には、一筋の涙が流れていた。
◆
「……で、これはどういうことなんだ?」
翌日、イツキは支援事務局の地下にある、野球ドームを一回り小さくしたような、特別訓練室と呼ばれる場所にいた。イツキは今朝からのことを思い出す。
朝、イツキは古賀埜のバトンで叩き起こされた。そして、まだ回復しきっていないイツキとトウマを実力行使で無理矢理退院させたのだ。古賀埜曰く、
「テロリストがまた来るやもしれん。怪我は貴様らの場合は完全な自業自得、よって休息など認めんぞ!」
それから、個別に特別訓練を行うからと言って、イツキとトウマは早速支部に拉致され、何故かイツキはこの訓練室に放り込まれたのだ。
『あ、あー、ああー。おはようございます! イツキさん、聞こえますのー?』
未だに事情の呑み込めていないイツキの耳に、どこからか聞き覚えのある声が届いた。この喋り方は、アズリだ。
「聞こえるぞー。俺は説明を求める。いったいこりゃなんだ?」
『イツキさんの能力、『風使い』を強化するですの』
「強化?」
イツキが首を傾げると、突然、イツキが放り込まれたドアから、青髪の少年が顔を出した。イツキの友人の一人、兼村ヒロだ。
「いっきー、おはー。今日も俺っちのこと、愛してるー?」
「愛してねーよ、バカヤロー」
いつもの慣れた挨拶を交わしながらも、イツキの疑問は更に膨らんだ。何故、今ここにコイツがいるんだ。
すると、再びアズリの声がドームに響き渡る。
『審査の結果、ヒロさんは『イツキさんが持っていなくて必要なもの』が分かりましたの。ですので、今からイツキさんには、ヒロさんと能力を使って戦ってもらいますの!』
「はぁ! 何だそりゃ!?」
アズリの話がイツキの理解速度を超えた。イツキが『持っていなくて必要なもの』を手に入れるために、ヒロと戦えだと?
「いっきー」
「っ!」
突然、真横からヒロの声が聞こえてきた。いつの間にか、二人の間合いが縮んでいる。
「余所見は禁物だにゃー」
「……くぅっ!」
咄嗟に、イツキは横に跳んだ。イツキが先ほどまでいた場所に、鋭利な氷柱が突き出している。
イツキは唾を呑んだ。
「マジかよ……!」
「にゃはは〜ん、気づかれちったぁ。じゃあ、コイツはどうかにゃ!」
「なっ……!」
次の瞬間、ヒロの両手に氷の爪が出来た。ヒロは爪を振りかぶって、イツキに突進する。
「ちぃっ!」
「にゃにゃにゃー!」
ヒロの氷の爪が、イツキの身体スレスレの空気を引っ掻く。あれで引っ掻かれたら、ただの擦り傷ではすまなそうだ。
『あ、ちなみにイツキさん。『不可視の隕石』は使っちゃ駄目ですのー。あと、ヒロさんを傷つけずに『屈服』させること。これが、この訓練の目標ですの』
「んなんだとぉっ!」
のんびりとした、あまりにも場違いなアズリの言葉に、イツキは目を丸くする。『不可視の隕石』を使わず、ヒロも傷つけずに『屈服』させる。イツキにはどうすればいいか分からない。
「いっきー、『イメージ』だにゃー」
「『イメージ』?」
ヒロのアドバイスに、イツキは折れた左腕を庇って避け続けながら首を傾げる。ヒロは氷の爪の攻撃を続けながら、コクリと頷いた。
「能力を使う上で一番大事なのは、能力を『イメージ』することにゃ。俺っちのこの氷の爪みたいに、『形』を頭の中でイメージすることにゃー」
ヒロは氷の爪を水蒸気に戻すと、今度はバレーボール大の大きさの水球を作り出した。それを手にイツキをニヤニヤと笑いながら見ている。
「さてさて、いっきーはどれだけ耐えられるかにゃん?」
「おま、まさか……!」
ヒロの言葉を聞いて、イツキは焦った。イツキの予想は的中する。
「いっきーの頭イン俺っち特製ウォーターボール! ゴートゥヘヴーン!」
訳の分からないことを言いながら、ヒロは水球をイツキの頭に向かって思いっきり投げつけた。
「まじかよっ!」
イツキはすぐさま能力を発動する。突風がイツキの体を右にずらし、水球の狙いが逸れた。
しかし、
「いっきー、その『避け方』は不正解♪ 俺っちの水球はホーミング機能付きにゃん」
「……っ!?」
突然クルリと旋回した水球が、後ろからイツキの頭を覆った。
◆
イツキがヒロと闘っているのとちょうど時を同じくして、トウマは別の訓練室で渡瀬支部長補佐と対峙していた。その体には、いくつもの裂傷が刻まれている。一方、渡瀬のスーツには塵一つついていない。
「本条。お前の『炎纏いし蜥蜴』はその程度の能力なのか?」
「……ちっ!」
トウマはすぐに『発火能力』を発動させる。渡瀬の右手の近くの地面から炎の柱が昇った。
だが、
「貴様の『力』はその程度ではないはずだ」
渡瀬は、右の拳を横に一閃させる。『肉体強化能力』で強化した拳圧が、トウマの炎柱を吹き飛ばした。
「能力はただ発動させればいいものではない。お前は今のままでは五十嵐と同じ、安全弁のない火炎放射器だ」
「……能力の、発動……?」
トウマの息は既に最高潮にまで上がっていた。昨日の疲れが癒えないままでこの戦闘訓練。限界が近かった。
「そうだ。私の能力の使い方からそれを盗め。教えるつもりは毛頭ない」
渡瀬はそう言うと、突然、トウマとの距離を詰めた。トウマの反応が遅れる。
「なっ!」
「遅い!」
渡瀬の拳が、トウマの鳩尾にめり込む。
「かはっ……!」
(能力の発動、どうすりゃいいんだよ……!)
二人の少年は、互いに似通った、しかし『自身よりも劣っているはずの』能力者によって、窮地に立たされていた。
登場人物 No.02
名前:小檜山レン
性別:女
年齢:12歳(小学六年)
能力:後天的覚醒型
究極能力『禁書目録』
どちらかというと精神干渉系能力をよく使う。
お気に入りは『拒絶する霧』
性格:素直。怖がり。でも絶叫系は大丈夫。
実は機械オンチ(あまり使う機会がなかったため)
特技:一応裏設定では暗算だったりします(何)
備考:一応、ヒロイン。
やべぇ、歳の差イツキと結構あるなぁ、これって犯罪? とかと作者が若干危惧しているキャラクター。何気に主人公より話すことが多い(というか、主人公に謎が多いですねこの話)
あんまり出てこないけど、のっぽさん帽子が特徴。実はそこそこに可愛い(いらない設定?)
能力が覚醒する前から『メフィスト・コーポレーション』に追われる。能力の使い過ぎで疲労困憊していたときにイツキと出会い、助けられる。




