2-5 Toma 『炎纏いし蜥蜴』
今回は今までの中で最も長いです。
初・5000文字突破!
……特にめでたくはないですが(笑)
時間は少し遡り、トウマのいる検査室に舞台は移る。
(オレは……)
トウマの意識は、朦朧としていた。自分の身に起こったことを思い出すことができない。
(そうだ……検査は?)
トウマは能力を使おうと、意識を集中させる。しかし、いつも感じる、身体が煮えたぎるような感覚は、いつまで経ってもやって来なかった。
(なんだ、コレ……。力が、出ない……)
それだけではない。身体が言うことを聞かなかった。指一本動かすことすらままならない。 身体の異変と、朦朧とした意識に戸惑いを抱くトウマの耳に、聞き慣れない声が入ってきた。
『繰り返します。『禁書目録』を渡さなければ、本条トウマを殺します』
(なん……だと……?)
次の瞬間、トウマは拘束具から解放された。重力に倣って、そのまま床にうつ伏せに倒れる。
「うっ……」
小さく呻くと、今度は誰かに腹部を蹴られた。
「がはっ! げほっ、ごほっ」
蹴られた衝撃で、トウマはある程度の意識を取り戻した。
(そうだ。オレ、検査の途中で、いきなり電気を……)
ようやく、自分の身に起こった出来事を、トウマは思い出した。検査の途中で、いつもは流れなかった電流が、トウマを襲ったのだ。
「一体、どうなってやがるんだ……?」
トウマは、まだ覚醒しきっていない体を無理矢理起き上がらせようと、床に手をついた。
しかし、
「起きちゃだめですぅ」
舌足らずな少女の声が聞こえた瞬間、まるで自分が磁石になってしまったように、トウマは床にべったりと貼りついた。
「っ!」
どんなに力を入れようとも、体は床から離れなかった。
「ふふふぅ。『強固なる神』ならともかく、生身で立ち上がろうとしても、絶対に無理なんですからぁ」
また、頭の上で少女の声が聞こえる。なんとか首を横に動かし、目を声のした方へ向ける。
そこにいたのは、二人の少女だった。二人とも、ヒカルやイツキと同じくらいに見えた。一人は黒いフリルだらけの洋服――所謂ゴスロリファッションに身を包み、もう一人は真っ黒いパーカーワンピースを着て、フードをすっぽりと被っていた。
(……女の子……?)
心の中でそう首を傾げると、パーカーワンピの少女がトウマの頭を踏みつけた。
「うぐっ」
「これがこの支部で一番強い能力者? とてもそうは見えないんだわ」
のんびりとした、それでいてどこか凄みのある声で、パーカー少女はトウマを見下ろした。
すると、ゴスロリ少女がしゃがんでトウマの頭を撫でる。
「そぉらしいです。でも、このお兄さんカッコいいです。お持ち帰りしたいですねぇ」
「アンタの好みって、こういう男?」
「筋肉が素敵ですぅ。あと、この金髪もなかなかですよぉ」
ゴスロリ少女はそう言いながら、トウマの髪を猫を撫でるように優しく梳く。
トウマは、自分の置かれている状況を改めて確認する。他の局員はどこにも見当たらない。追い出されたのだろうか。いや、それなら応援部隊がすぐに来るはずだ。
すると、トウマの考えていることを感づいたのか、パーカー少女がニヤリと笑う。
「あぁ。他の局員なら、アタシの力でみんな別の場所に飛ばしたんだわ」
「……飛ばした?」
「そ。アンタの従妹と同じ能力だわよ」
どうやら、パーカー少女は瞬間移動能力者のようだ。しかし、何故ヒカルの能力まで知っているのだろう。
「……そっちの子は? この変な力は君なんだろ?」
「そぉですよぉ。私は『電磁使い』っていいますぅ。電気と磁力を操る念動力ですねぇ」
ゴスロリ少女がそう言うと、少女の右手で紫電が弾けた。
なるほど、とトウマは思った。先ほど自分を襲った電流は、どうやらこの少女の仕業だったようだ。
「とりあえず、お兄さんは少しじっとしててくださいねぇ。『禁書目録』が手に入ったら、すぐに私たちは退散しますからぁ」
「狙いは、レンちゃんか……!」
トウマは少女たちを睨みつける。ゴスロリ少女はニッコリと笑ったままコクリと頷いた。
「そぉですぅ。今、お兄さんの命はあの子に握られているんですよぉ。あの子が刃向かったら、お兄さんに私の電気がビリビリなんですぅ。私の最大電力だと、ゾウさんも一分は動けなくなるんですよぉ」
「……そりゃ、死ぬわな」
トウマの体に冷や汗が伝う。さすがにそんな死に方はいやだ。だが、幼いレンをこの少女たちに渡すのも、トウマの信念が許さなかった。
――トウマくん、助けて……。
すべてから見放され、孤独に打ちひしがれた従妹、
――俺にかまうんじゃねぇ!
大事なものをすべて失い、一人孤独に逃げ続けた少年、
――……私に、触らないで!
それまでの幸せを壊され、今でも孤独感に苛まれる少女、
その全てを護れる、強い人間になりたかった。
彼らの孤独をすべて理解している自分が、彼らとは違い、『孤独』を持ち得ることのなかった自分こそが、彼らを守る強き『剣』になるのだと、そう決めていたのだ。
そして、昨日、トウマに護るべきものが増えた。
いつも学校をサボってばかりで、誰よりも優しいくせに、他人に深入りしすぎないようにしているあの少年が、珍しく助けた小さな女の子。
まだ出会って一日も経っていないが、それでもトウマは少女を、レンを護りたいと思った。
自分のせいで、彼女に苦しい選択をして欲しくはなかった。
――ドクン
「っ!?」
突然、トウマの中で何かが胎動を始めた。体全体が、ゆっくりと波打っているようだ。
「……あれ?」
次の瞬間、トウマの視界が、闇に包まれた。いつのまにか、立ちあがってもいる。しかし、自分が地面の上に立っている感触は、感じられなかった。
トウマは、辺りをぐるりと見回した。
「ここは……?」
《ここは、キミの心の中だ、トウマ……》
「えっ?」
後ろから自分とまったく同じ声が聞こえ、トウマは思わず振り向いた。
目の前に、いつからあったのだろう、純白の両開きの『扉』がポツンと闇の中に浮かんでいた。
「……この扉……」
トウマは扉に近寄り、とりあえず扉を押してみた。しかし、扉はびくともしない。
《ムリだ。その扉は、まだ開かない。……遂に会えたな、トウマ》
再び、自分と同じ声が聞こえる。声は、扉の奥からトウマに話しかけているようだった。
「お前は……?」
《オレは、お前だ。お前の中にいる、もう一人のお前》
「もう一人の、俺……」
《そう。コインの裏表、鏡の向こう側、相似、表裏一体の存在。そして、お前に眠る『チカラ』、そのもの……》
「俺に眠る『チカラ』?」
《お前の『強固なる神』は、不完全な能力、という意味さ……》
「……なんだって?」
トウマは扉の向こう側の言葉に首をかしげた。自分の力は、あれだけじゃないというのだろうか。
《今までのお前では、オレ自身をすべて引き出すことは難しい。オレたちのチカラ――『強固なる神』と『発火能力』は、常に等しく死と隣り合わせにある》
「……脳への過負荷による精神および肉体の崩壊、か……」
《だからこそ、オレがこの『扉』の向こうへお前の本当の能力ごと、自らを封印した》
「……それがなんで、今更?」
トウマが尋ねると、扉の向こう側の声は小さく笑った。
《お前が『チカラ』を欲したからさ。望んだだろう? 大切なもの全てを護る『剣』になりたいと》
「…………」
《今のお前なら、必ず使いこなせると、オレは信じている。オレを欲しろ、トウマ》
「……どうすればいいんだ」
《この扉を開けろ。そして、オレたちの『真の名』を呼ぶんだ》
「『真の名』?」
《そうだ。まずは扉を開けろ。もう開くはずだろう。そしてそのとき、オレの『真の名』をお前に教えよう》
「…………」
トウマは、ゆっくりと扉に両手を当てた。そして、ゆっくりと、扉を押し開ける。
ギイィ。と音を立てながら、扉が少しずつ開き始めた。やがて、扉がすべて開ききる。目の前が一気に明るくなり、どこか達観したような表情の、もう一人の自分が姿を現した。
《よくやった、トウマ。お前は誰よりも勇敢なる戦士。
その誇りと信念を、忘れることなかれ。
唱えよ。我が名は……》
「『炎纏いし蜥蜴』!」
瞬間、視界が元居た検査室のものへと戻った。自分の体中からものすごい勢いで炎が溢れているのを感じる。しかし、トウマの体はそれまでいつも能力を使うときに感じていた、煮えたぎるような熱を帯びてはいなかった。
「きゃうぅっ!」
「きゃあっ!」
突然トウマの体から溢れ出した炎と熱波によって、ゴスロリ少女とパーカー少女が後方に吹っ飛ばされる。パーカー少女はすぐさま瞬間移動を発動して安全な場所へと降り立つが、ゴスロリ少女は勢いよく壁に叩きつけられた。炎によって、少女の服はすでにあちこちが焼け焦げている。
パーカー少女が歯軋りをしながら、ゆっくりと立ち上がったトウマを睨みつける。
「まさか、扉を開いたっていうの!?」
「…………」
パーカー少女の問いに、トウマは答えなかった。ただ、自身の『強固なる神』と『発火能力』がうまい具合に混ざり合った、新しい能力の感触に、少なからず恐怖の念を抱いていた。
(あの野郎、何が『お前なら使いこなせる』だ。今までよりもじゃじゃ馬加減が増してきてやがる……)
しかし、不思議とトウマは笑みを浮かべていた。
これだったのだ。自分が求めていた力は。
大切なもの、すべてを守り抜く力。
「さぁ、反撃の時間だ」
次の瞬間、トウマの体が瞬間移動をしたように、壁際のゴスロリ少女の横に現れた。『発火能力』によってできた炎をブースターとして足元に発生させ、さらに『強固なる神』で強化した脚力で瞬間移動と同等の速度を出したのだ。
突然、横に現れたトウマを見て、ゴスロリ少女が身を縮ませる。
「ひぃっ!」
「さぁて、どうする? 今のアンタじゃ俺を止められないぜ?」
「っ……舐めないでくださいぃ!」
最初は怯んだものの、すぐさま少女は手から紫電を発生させる。
しかし、動きはトウマの方が速かった。
「遅いぜ!」
「きゃあぅ!」
トウマはゴスロリ少女の顔のすぐ横に、強化した拳を叩きつける。ゴスロリ少女の横で、鉄筋の壁が深く陥没した。
「次は容赦しねぇ。早いとこ立ち去りな。レンちゃんは渡さねえし、俺ももう捕まったりはしない」
「……あ、うぐうぅ……」
ゴスロリ少女は戦意を喪失し、ガクガクと大きく震えだしていた。さすがにもうこれ以上いたぶるのは可哀想だと思い、トウマは拳を収め、炎の鎧を解除する。
しかし、
「う、うわああぁぁぁぁっ!」
紫電を纏った少女の右手が、トウマの脇腹を掠めた。『炎纏いし蜥蜴』によって強化させていた皮膚を、僅かだが引き裂く。
「くうっ!」
トウマはゴスロリ少女と距離をとった。脇腹にかすかに鈍い痛みが走る。再び体に炎を纏い、ゴスロリ少女と対峙した。
だが、
「ストップ。そこまでだわよ」
パーカー少女が二人の間に割って入った。パーカー少女は耳に左手を当てながら、ゴスロリ少女に話しかける。
「『電磁使い』、ファウスト様から通信だわよ。『五十嵐イツキにより、戦闘員負傷。作戦失敗とみなす』だそうだわ。これ以上の戦闘は無意味。退散するだわよ」
パーカー少女は義務的にそう言うと、ゴスロリ少女のすぐ傍に瞬間移動をした。そして、トウマを見る。
「『強固なる神』、いいえ、『炎纏いし蜥蜴』さん。今日は勝利をあげるけど、今度はそうはいかないだわよ。試合に負けても、勝負に勝つのは私たちだわ」
パーカー少女はトウマにそう言い残すと、ゴスロリ少女と一緒にトウマの前から姿を消した。
トウマは能力を解除し、少女たちがいた場所を睨む。
「試合に負けても勝負には勝つ、か……」
最後にパーカー少女の言った言葉を反復しながら、トウマは能力を使った反動による強烈な眠気に襲われ、ゆっくりとその場に倒れ伏した。
今回は初のトウマ視点です。
物語にもありますが、トウマは主要の能力者五人の中で、唯一、『孤独』ではない人物です。
まぁ、全員が全員そうだとすごく救いようのない奴らだらけになってしまうので、その防止対策? みたいな感じなのです。
『孤独』を共有できない代わりに、少しでもみんなを支えていきたいと、考えているトウマ。
主人公のイツキそっちのけで強いのは、そんな理由だったりします。
ようは、イツキはまだまだだということだったり。
次回で第二話は終わりです。




