ずるすぎる
第6話どうぞー
昨日の出来事は、絶対に私の気のせいだ。
(……いや、でも確かに『朱莉』って言ったよね!? 言ったよね!?)
ベッドの中で何度も枕に顔をうずめた昨日の夜。
明けて翌朝、私は教室の自分の席に座りながら、隣の席をチラチラと盗み見ては一人で勝手に緊張していた。
当の本人である瀬戸君はというと、いつも通りあくびを噛み殺しながら教科書をパラパラとめくっている。
完全に普段通りだ。昨日あんな不意打ちをしておいて、どうしてそんなに平然としていられるんだろう。
(うぅ……気にしたら負けだ。いつも通りにしなきゃ!)
深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしたその時、前の席の美緒からプリントが回ってきた。
「はい、朱莉」
「あ、うん! ありがとう!」
動揺を隠すためにやたらと元気よく返事をして受け取ったものの、私の列で余ったプリントが1枚手元に残る。見ると、隣の瀬戸君の列はプリントが足りていないようだった。
「あの、瀬戸君……これ、足りないよね?」
「ん? ああ、サンキュ」
手を伸ばして渡そうとした瞬間、動揺していたせいで手が微妙に震えていて、思いきり瀬戸君の指先に触れてしまった。
「ひゃいっ!?」
「うおっ、びっくりした……何?」
変な声が出た私に、瀬戸君が怪訝そうな顔でこちらを見る。
「あ、ううん! なんでもない! はい、プリント!」
「おう……ありがと」
勢いよく叩きつけるようにプリントを差し出してしまい、速攻で前を向く。
心臓がバクバクとうるさい。たかが手が触れただけでこのざまだ。
(ダメだ、全然いつも通りにできない……!)
その後も、ペンケースを落としそうになって慌てて膝で挟もうとしたり、ノートを取る手が滑って明後日の方向に線を引いてしまったりと、私は終始挙動不審だった。
3時間目の授業中。
教科書のページをめくろうとした瞬間、カサッと指先が滑って、今度は自分のペンケースを豪快に床へ落としてしまった。
ガラガラガラッ!
静かな教室に、プラスチックの筆箱とペンが転がる盛大な音が響く。
「あ……」
「一ノ瀬、大丈夫かー?」
まだ先生に見られている最中なのにやってしまい、「すみません……!」と顔を真っ赤にして縮こまる。
慌てて床にしゃがみ込み、転がったペンを拾い集めていると、隣からすっと手が伸びてきて、遠くに転がっていた消しゴムを拾ってくれた。
「……一ノ瀬さん、今日なんか変だぞ」
床にかがんだまま、瀬戸君が顔を近づけて、低めの声で小声で囁いてくる。
「えっ!?」
「朝からずっとビクビクしてるし、手元狂いすぎ。なんかあった?」
じっと覗き込んでくる瀬戸君の顔が近くて、昨日耳元で「頑張ったな」と言われた声が脳内にフラッシュバックする。
「な、なんでもないよ! ただちょっと、手が滑りやすい日で……!」
「どんな日だよ、それ(笑)」
瀬戸君は呆れたようにクスッと笑うと、拾った消しゴムを私の手のひらにポンと乗せてくれた。
「ほら、しっかりしろ。まだ先生に見られてるぞ」
「う……うん」
なんとかペンケースを拾い直して席に戻り、胸のドキドキを必死で抑えていた、その時。
スッと、隣からノートの切れ端が私の机の上に滑り込んできた。
見ると、瀬戸君のシャープペンで雑にこう書かれている。
『ヒマだからしりとりしよ。りんご』
(……ええぇっ!? 今、授業中だよ!?)
思わず隣を見ると、瀬戸君は前を向いたまま、ニヤニヤしながら横目でチラッとこちらを見ていた。
(絶対、私がテンパってるの面白がってるでしょ……!)
「授業集中しなよ!」って書き返したいのに、瀬戸君の描いた可愛い文字を見つめていると、なんだかさっきまでのガチガチだった緊張が、ふっと抜けていくのが分かった。(瀨戸君ずるいなぁ~)
私は先生の目を盗みながら、小さな文字で『ごりら』と書き足し、そっと瀬戸君の机へと押し戻した。
第6話どうでしたか次回もお楽しみに~




