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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅱ.冬の夜の風
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26.火の粉


窓から見える景色は真っ暗だった。


四人分の寝息が聞こえる。

起こさないように、つま先でそうっと部屋を歩く。


アキトは片手にランプを、もう片方の手にカゴを持って外へ出た。


川辺につくと、荷物を石の上に下ろし、薪を組む。


寝かせた一本の薪を土台にして、三角の屋根を組むように、ほかの薪を並べていく。


細い枝や木の皮を手前において、火をつける。

太い薪に少しずつ、火をうつしていく。


今日は妖精がお茶を準備してくれるはずだった。

だが念の為、水の入った鍋を火にかける。


静かに火がゆらめく。

やわらかい熱が頬を撫でる。


アキトは火を見つめながら、夜明けを待った。

川の音が、アキトにそっと寄り添った。


やがて、朝日とともに、赤錆色の帽子が現れた。

今日は袋を背負っている。


「おはよう」


アキトが嬉しそうに口元を綻ばせた。


「ああ、おはよう」


妖精も口の端を引き上げた。


妖精は袋から瓶を取り出した。

鍋にお湯が沸いているのを確認すると、鍋に瓶ごと放り込み、あたためてから、中身をカップに注いだ。


アキトの前にカップが差し出される。

アキトはそれをまじまじと見る。


ひしゃげたカップ。

真っ青な液体が湯気をたてている。


目を閉じて、カップに鼻を寄せてみた。

すると、花の香りが抜けていった。


「いい香りだね」


妖精は満足そうな笑みを浮かべた。


「俺は自分でお茶を淹れられない。だから人間の好みそうなものを用意してきた」


「ありがとう。いただきます」


見たことのない見た目。

飲むのに少し勇気が必要だったが、アキトは思い切って口をつけてみた。


甘い。

花の香り。

爽やかな苦味と酸味。


「美味しい」


アキトはほっとしたようにつぶやいた。

妖精の顔を見て、にっこり笑う。


「こんな味、初めてだよ。とっても美味しいね」


妖精は満足そうに目を細めた。


アキトは思い出して、カゴに手を入れた。


「忘れていた。昨日みんなと摘んだベリーでクッキーを焼いたんだよ。一緒にどうぞ」


アキトはクッキーを取り出して皿に乗せた。


黒いジャムが宝石のように、クッキーの上で丸く光っている。

妖精はクッキーをつまみあげ、それをまぶしそうに見た。


「お前さんは丁寧でいい仕事をする。焚き火も、このクッキーも」


妖精は目を細めてクッキーを食べた。


「ベリーか。……木の実なら、沢山とれる場所を知っている。今度案内してやろう」


アキトは目を輝かせた。


「本当?ありがとう。みんなも喜ぶだろうな」


嬉しそうに笑うと、カップに口をつけた。


妖精は少しの間、アキトを黙って見ながら、カップを傾けた。

カップを持つ指に、少し力が入った。


二人の頭の上を、ヒバリが囀りながら飛んでいく。

空を真っ白い雲が覆っている。


「お前さんは、本当に焚き火が好きだな。火を見ると分かる」


妖精が焚き火を見ながらつぶやいた。


アキトは頷いた。


「焚き火をすると、とっても静かな気持ちになれるんだ。焚き火もお茶も、どっちも大好きな時間なんだ」


近くで何かの鳥が鳴き交わしている。

焚き火が小さく爆ぜた。


「そうだ、今日は少し早く帰るね。みんなとも外でお茶をする約束なんだ。昨夜、クッキーを沢山焼いたから」


妖精は目を少し細めた。


「妖精さんと外でお茶をすると、とても気持ちが落ち着くんだ。僕の家族にも同じ気持ちになってほしくて」


「……お前さんは、家族が大事なんだな」


妖精は言いながら、カップの縁を撫でた。


「うん。この焚き火みたいにね、一緒にいると、あったかくてほっとする」


アキトは焚き火を見ながら微笑んだ。


「そうだ、来週もみんなとお茶会をしようかな。まだ川辺でしたことがないんだ。マイとか、喜びそうだな」


妖精はしばらくアキトの横顔を眺めていた。


カップの縁を撫でる指がとまる。


そして、静かに目を伏せた。


「そういえば、家族が記憶を無くしたと言っていたな」


「うん。ユキ姉っていってね、とても優しい人だった。いなくなって……寂しいんだ……」


妖精は焚き火を見つめた。

静かに揺れる様が、赤い生きもののようだった。


「……一つ、いい方法がある」


妖精は懐から、手のひら程の小さな瓶を取り出した。

瓶の中身をカップの底に注ぐ。


「これを飲むといい。まだ誰にも飲ませたことがない。大事なものだ」


アキトはカップを見つめた。

カップの底は赤かった。


「ええと……?」


「これを飲めば、俺たちは家族だ」


アキトは少し困惑した。


「……妖精さんと、家族になれるの?」


「ああそうだ」


「……分かった」


アキトは少しためらった後、思い切って口をつけた。


苦い。

香りは、よくわからなかった。


一息に飲み込んだ。


「……これでいいの?」


口の中にまだ苦味が残っていた。


「ああ。これでお前さんは俺の仲間だ。お前さんはこの後……」


妖精が何か話している。


アキトは返事をしようとした。

何故か声にならなかった。


焚き火が、ひときわ大きく爆ぜた。

空に火の粉が立ち上っていくのが見えた。


その後のことは、覚えていない。






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