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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅰ.春の午後の日差し
13/39

13.冷たい風


墓の前に男が長い時間、腰を下ろしていた。


葉だけの紫陽花が足元を暗くしていた。

枯れ草で覆われた地面。


男は墓に顔を向けながら、違うものを見ていた。


一つの鍋からよそった二つの器のスープ、

隣から聞こえる安らかな寝息、

ドアを開けた時の聞き慣れたお帰りの声……。


全て消え失せてしまった。

夜が、彼女を向こう側へ連れ去ってしまった。


昨日も墓を詣でた。

一昨日も、その前の日も……。


墓は何も語らなかった。


男は何も考えられないまま、音のない家に帰った。 


ひんやりした室内。椅子に座っていると、ノックの音が響いた。


ドアが開いて、赤錆色の帽子を被った醜い顔が現れた。

背が低く、老人のような皺のある顔。

一目で妖精とわかった。


「……迎えに来たのか?」


男は椅子から立たなかった。


「お前さん、毎日墓参りに来ているな……。白い髪のレッドキャップ。やつだろう?憎くないか?」


男は俯いた。


「……あのレッドキャップを殺そうとした人は沢山いる。だが、昼は絶対見つからない。夜は返り討ちにされちまう。どうにもできない」


諦め切った様子で首を振る。


妖精は、家の中に入って来た。男の隣に立った。


「俺は知っている……」


しわがれた声が近くで囁いた。


「やつにはな、大事なものがある」


声が次第に低くなっていった。


「大事なもの?」


妖精は、口の端を引き上げた。


「復讐したいなら、奪う方法もある……」


ドアの間から、冷たい風が部屋に吹き込んだ。


✴︎


妖精は野原を歩いた。


男は黙ったまま、妖精について行く。


野原はいつもより静かだった。


「奴の住処は、知らなければ辿り着けない」


妖精が囁く。


木立の影を縫うように、二人は無言で進んだ。


風が流れている。


だが、葉ずれの音はしなかった。


地面を踏みしめる足音だけが、静かに聞こえる。


木立の影が途切れた先に、丸太小屋が見えてきた。


「あそこだ。見てみるがいい」


二人は木の影から、じっと丸太小屋を見つめた。

ベランダに二人の人影があった。


一人は白い髪の男。その向かいに少女が座っている。


「……あいつが、朱か」


男は目を細めた。


朱と少女はお茶を飲みながら、話していた。

少女の笑い声が、男の元まで聞こえて来た。

朱が少女を見て微笑んでいる。


妖精がふと、呟いた。


「……昔は」


妖精は言いかけて黙った。

口の端が歪む。


「笑ってる……」


男の握っていた枯れ枝が、乾いた音を立てて折れた。


「娘か……」


男が低く、静かに呟いた。


妖精は、何も答えなかった。

ただ、口元だけが、笑った。





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