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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
一夜限りの関係

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5

『お前など、桐嶋の者ではない。横浜に行くというなら、二度と家の敷居を跨ぐな』


 魔祓師を辞めると言った雄斗に、父は侮蔑の目を向けた。


 桐嶋家にとって、魔祓師を辞めたものは、たとえ血がつながっていようとも、簡単に切り捨てることができる存在だったのだ。 


『この疫病神!お前なんて消えてしまえ!!』


 銀杏堂を始めたばかりのころ、解決することばかりに気をとられ、傷つけてしまった顧客から罵倒され、石を投げつけられた。


 精神を犯し始めた魔霧は、雄斗の二度と思い出したくない辛い記憶を鮮明に蘇らせる。


 雨の中、蹲る自分が見える。自分の無力さを痛感し、打ちひしがれている。


 できうる限り力を尽くしても、全てを救い上げることはできないのに、反感や罵声は必要以上に纏わりついてくる。胸の傷が痛い。どうしようもなく。


 子供のように、やめろと泣き叫ぶ自分と、やれることはやったと達観した自分がいて、雄斗の心は引き裂かれそうだ。


「どうだ?思い出しただろ。所詮、誰かのために、力を尽くしても何も報われないんだ。ご都合主義なあいつらを、今度はお前が呪えばいい」


 魔霧がさも可笑しそうに、ケタケタと笑い声をたてる。


「さぁ、鬱憤をはらせ。復讐しろ!」


 煽る言葉は、全て魔霧を繁殖させるため。負の感情は、醜いらせん模様を描きながら、繋がってしまう。


 しかし、雄斗は魔祓師だ。強靭な精神力で、魔霧の戯言を打ち消す力を持っている。


「ああ、そうさ俺は、親から切り捨てられ、客からは罵倒されるろくでなしだ!」


 雄斗は、体内の魔霧に向かって声を張り上げる。


「それがどうした?すべて、自分が招いたことだ。今更、恨むわけないだろ!」


 逃げるように横浜へ移り住んだのは、自分の弱さだったことは認める。


 けれど、それだけじゃない。誰も知らない地で、魔祓師以外の力で自分を必要としている人を見つけたかったから。ここだと言える居場所を、自分の力で作りたかったから。


 そして今はまだ、その途中。絶望するには、早すぎる。


「報われなくて上等!ご都合主義が、どうしたっていうんだ。俺は、俺のやりたいようにやっているんだ。しみったれたマネしてんじゃねえっ」 


 術というより気合で、雄斗は魔霧を振り払った。しかし魔霧は強力で、再び取り込まれる。


「ねえ、見て蝶々だわ。充芭と同じ色ね」


 魔霧は別の角度から、雄斗の精神を責めてきた。


「充芭、ねぇ……こっちに来て」


 瑠華の無邪気な笑顔。寄り添いあう二人の姿に、雄斗の何かが豪快に切れた。


 青年の心はとても繊細なのだ。まして、絶賛傷心中の雄斗に、そんなものを見せては大変危険なのである。


()()に、触るんじゃねえ!!」


 雄斗は力任せに、魔霧を弾き出した。


「見てんじゃねえ!この覗き魔!てめぇ、絶対に許さねえからなっ」


 魔霧を掴めるなら、それこそ張り倒す勢いで、雄斗は力の限り叫んだ。


 最も繊細な部分に触れられた怒りと、叶わない想いが混じり、雄斗は地を踏み鳴らした。


「……気合で、魔霧を払う奴なんぞ、初めて見た」


 充芭の呟きが、遠くで聞こえたが、今はそれどころではない。


「ちくしょう、仕切り直しだ」 


 雄斗はほつれた髪を縛りなおすと、目の前にいる魔物に視線を移す。目が合わさったとき、魔物から一筋の涙が零れおちた。


「……心配するな。大丈夫だ」


 雄斗が魔物の頭を撫でながら笑みを向ける。すぐに魔物は、きゅぅんとその体躯からは想像できない弱々しい声で鳴き、雄斗の頬を舐めた。


「なぁーんて声だしてんだよ。子猫か、お前は。心配いらねえ。絶対に救ってやるからな」


 再び雄斗は、妖の額に手を当て、真言を唱えて魔霧を身の内へと取り込む。


 順調に進んでいるかのように見えたが、雄斗の身体は限界だった。大きく息を吸って天を仰いだかと思ったら、そのまま意識を失った。


 残されたのは、魔霧に取り込まれた妖と、銀髪の神族のみ。


「惜しいな。これが……お前の限界なのか」


 充芭は、憐憫の目を雄斗に向ける。雄斗の身体からは、魔霧があふれ出し、身体の全てを闇色に染めた。


「仕方がない。不本意だが、約束を果たさなければならないか」


 充芭は、片手を天に向け意識を集中させる。だが、最後の最後に何かを願うかのように、雄斗を見つめた。


「ほう……なるほど。さすが瑠華が選んだだけのことはあるな」


 先ほどの表情から一変して、充芭はにやりと笑みを浮かべた。


 魔霧に覆われた雄斗の身体から、一筋の光が刺す。それは奇しくも、雄斗の胸の傷痕から漏れる光だった。


「まだ、終わってはいないのか。ならば俺はここで待とう。目覚めるか、目覚めないか──その結果を見守ろう」

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