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きんっと、金属特有の音が異空間で木霊している。あとは雄斗の荒い息と、魔物の唸り声だけ。
魔物は、雄斗を敵だと認識しているらしく、容赦ない動きで襲い掛かってくる。
一方雄斗は、その爪や牙を太刀で受け止め、間合いを作るのを繰り返し、防戦に徹している。
魔祓の術と共に体術、剣術も身につけた雄斗の腕は、かなりのものなので、何度も魔物を仕留める瞬間はあった。しかし、どうしてもその一歩が踏み出せない。
こんな状況になっても、雄斗は魔物を祓うことを躊躇っていた。
人の不の感情が生み出したものが”魔”と呼ばれ、魔霧はその集合体。ただただ人に害を成そうという意思だけを持ち、妖に取り憑くのだ。
雄斗は、いつもそのことに疑問を感じる。魔霧に取り憑かれてしまった妖は、いわば被害者だ。人の世界があるように、妖には妖の世界がある。
斬るべきなのは、その領土を侵した人間の方ではないのか。しかし、人を斬るわけにはいかない。雄斗はかつての侍でもなければ、狂人でもなく、魔祓師なのだから。
そんな戸惑いが、魔物に伝わったのだろうか。より勢いが増した魔物は、地を蹴り上げ、雄斗に向かって爪を振り上げた。
「うっ!……痛っ」
魔物の爪が喉元に食い込む直前、雄斗は何とか太刀で防いだ。そのまま、ぎりぎりと鍔迫り合う。
間近で見る魔物の瞳は、燃えるような紅なのに、泣いているようにも見える。苦しい、助けてくれと言いたげに。
「……すまねえ」
この魔物には何の罪もない。それがわかっている雄斗は、つい謝罪の言葉を吐いてしまう。
八つ裂きにしたいほど憎むのも当然だ。最も多く災いをもたらしているのは、人間なのだから。
魔物に共感するなどもってのほかなのに、雄斗は間近にいる魔物にそんな想いを抱いてしまった。それは、この場でもっともやってはいけないことだった。
雄斗の弱さが太刀に伝り、ぎんっと鈍い音を立てて太刀は真っ二つに折れた。折れた刃が弧を描き、雄斗の足元に突き刺さる。
突然の出来事に、思わず太刀に視線を移した途端、肩に激痛を覚えた。
「痛っ!……うっ」
魔物の爪が雄斗の肩に深々と埋まり、力任せに抉られた。あまりの痛みに、視界が真っ赤に染まる。それでも、魔物の瞳は炎のように鮮明だ。
(くそっ……これまでか)
冥鈴斬は鈴の音が鳴るどころか刃が折れ、肩は洒落にならないくらい負傷してしまった。こんな状態では、もう戦うことは難しい。
万事休す。雄斗が痛みに耐え切れず意識を失いかけたその時──状況が一変した。
「そうはいかねえ」
凍てつくような口調が空から降ってきたと思ったら、充芭が雄斗を護るように立ちはだかる。
「ちょいと、オイタが過ぎるんじゃねえか?」
ぞわりと泡立つ殺気を孕んだ充芭の声は、禍々しくはないのに背筋が凍りつく。
(こいつ……間違いなく神族だ)
雄斗が確信した瞬間、充芭は片手を振り上げ、一気にそれを振り下ろした。
銀と藍が混ざった粒子が、魔物に降りかかる。しゅうしゅうという音と共に、魔物を取り巻いていた魔霧が激減した。
「雄斗、迷うな。祓え」
振り返った充芭は、ぞっとするような冷たい双眸を雄斗に向けた。
操られるように雄斗はふらりと立ち上がり、ゆっくりと魔物へと歩を進める。
痺れる左肩を無理矢理動かし、印を結ぶ。退魔刀が折れてしまったのなら、この魔物を術で消し去ることしかできない。
雄斗は息を整え、詠唱を始める。魔物は弱々しい息を繰り返しながらも、雄斗から目を逸らさない。
(これが、俺の望んだやり方なのか……?)
迷ったとき、いつでもどんなときでもあなた自身でいなさいという、師匠の言葉を思い出し、雄斗は詠唱を途中で止めて片膝をつく。
死を悟ったのか、魔物は雄斗の顔がすぐ傍に近づいても、唸り声すら上げなかった。
「おい、一か八か。恨みっこなしだぜ」
魔物を抱きかかえるようにして、雄斗はその背に手を当てる。反対側の手は印を作り、詠唱を始めた。
それは、先ほどとは違うもの。詠唱を続けるうちに、魔霧は魔物から離れ、雄斗の掌を伝い、体内へと吸い込まれていった。
この術は、禁術といわれるものの一つ。己の体内に魔霧を取り込み、それを浄化するという危険なもの。
無論、成功率は極めて低く、雄斗にとって初めての試みだ。
「といっても、こりゃ……かなり辛れぇな」
雄斗は、額の汗を拭う。軽口を叩いているが、魔霧を体内に取り込むのは、想像を絶する苦痛だ。
なにより、胸の内で魔物がぞっとするような優しい口調で囁くのが、不快極まりない。
「辛いだろう、苦しいだろう?心のまま、人を呪えばよい。そうすれば、楽になる」
魔霧は憎しみや恨み、悲しみといった人の負の感情そのもの。それらが精神を蝕んでいく痛みは、血を流すより苦しい。
「抗うな、身を任せて、全て吐き出せば楽になる」
不快なはずの魔霧の囁きが、次第に甘言に変わっていく。魔霧が体内を犯している何よりの証だ。
(誰が落ちるかよ、一昨日きやがれってんだ!)
虚勢を張って拒む雄斗だが、魔霧は確実に雄斗の体内を浸食し、精神を蝕み始めていた。




