親の心、火は消えず
教団の追手、待ち伏せが更に2回。
どちらも10分以内には決着がつき、セロットとタノスは目的地へ近づく。
3回目の待ち伏せから、戦闘。
(なるほど……な)
スーツを着た、黒いスキンヘッドの40代程の男はため息をつきかけた。
男が操作した横に伸びる雷は、3方向からセロットを狙い撃ちし、命中。
だが、セロットは無傷。
雷を受ける直前、セロットの身体から浮き上がった魔力の形と流れ方を男はハッキリと認識していた。
(俺の雷は魔力に依存してる。だからあんな分厚い魔力の通り道を作られたら受け流されちまう。
だが俺の雷の性質をわかるはずが無い。今初めて見せたんだぞ?)
中距離を維持してサポートに回っている男は、セロットと教団の者達の戦いを注視する。
(おっと)
"パチン"
タノスの銃弾が来る位置を読み切り、衝撃波もしっかり避ける。
(あー違うな。
初見なのは間違いないはずだけど……大体そうだろうっていう"アタリ"をつけるのが上手すぎる)
教団の者達は一人ずつ戦闘不能にされていく。
(……少なくとも俺の倍以上は生きてるってことだろうな)
スーツの男以外の、教団の者達4名がセロットによって捕らえられ、眠らされた。
あちこちに飛び散った瓦礫の跡、抉られた地面、半壊している石で出来た塀。
「残り1人~」
呑気に言いながらスーツの男に近付くセロット。
「ところで君、教団側の人じゃないでしょ?」
「そうだ。
俺達は今でもまだ交渉したいところなんだがな」
「あんなぶっとい雷お見舞いしといてそれ言う~?」
「本音ぐらい言わせろよ」
「あっはは!いいね君!」
既にセロットは戦闘態勢を解いている。
タノスは銃を仕舞わず、右手に持って下ろしたままだった。
「どうせ協力しろって教団側から脅されたんでしょ?
君ぐらいのが1人混じって来るなんて変だし」
「察しが良くて助かる。
……なぁお前、なんで怒ってるフリなんてしたんだ?」
セロットは、この戦闘が始まる前からスーツの男が組織側であることを理解していた。
理解した上で、怒るフリをせずにいつも通り戦っていた。
「まだ話せないかなー、君以外には。
君ちょっと組織の中でも偉いでしょ?多分」
「……ナンバー2だ」
「結構偉かった!ひゅう!」
「早く話してくれ。
お互い時間が無いだろ?」
「はいはーい」
セロットは、スーツの男の目の前で話を続ける。
「まず、僕らは教団を潰す。
んで、解体された後は教団の防衛組織としての側面を君らに引き継いで欲しいんだよね」
「……あーそういう」
「教団に在籍してる人もいくつか面倒見て貰わないといけない気がするから、まぁまぁ重荷ではあるんだけどさ。
でもそういうの得意でしょ?君達」
「また随分と投げやりじゃないか」
「他にとって代われる団体でも居ればいいんだんけどねー、戦力って思うとなかなかね!
なんかこの世界も他の異世界からのアクセスがぼちぼちあるみたいだし?後釜無しで潰したら国も滅びそうだからさ!」
「教団を潰さない手もあるだろ」
「ところがね、潰さないと教団による侵略が始まっちゃうんだなこれが。
記憶見たから間違いないよ」
「!
チッ……時間の問題かよやっぱり」
スーツの男は苦い顔をしながらも苛立ちを見せた。
「ってなわけでさ!
ナリスのことは悪いけど成り行きを見守っててよ、城からちょっと離れたとこに居てくれれば後で僕が見つけるから」
「仕方ない……な。
俺に選択肢が用意されてるわけでもねぇ」
「いやぁごめんねぇ。
でも話が通じるタイプで良かったよ!ありがとう!」
セロットは両手を広げ、男に感謝する。
(やけにあっさり引き下がるなこいつ。
……ナリスの確保に元々否定的なのか?)
男はため息をついた後、セロットの顔をじっと見つめながら口を開く。
「……個人的に1つだけ聞いてもいいか?」
「んー?何?」
「お前……何年生きてる?」
「あ~!人に年齢聞くなんて酷いね、僕がおじいちゃんだったらどうすんのさ!」
セロットはニヤつきながら言う。
タノスは僅かに聞き耳を立てた。
スーツの男は返ってくる答えが何なのか、内心緊張していた。
「僕の年齢は……ズバリ!」
「もう覚えてないや」
あっけらかんと言ったセロット。
「おい……」
思わず小言を言いかけるタノス。
「タノスも気になる!?
あぁ~、やっぱ頑張って思い出してみようかなぁ!
ん~でも思い出すだけで1年経っちゃいそう!」
「もういい、いいから早く行ってくれ」
深いため息をついたスーツの男は、手を軽く振って城のある方へ行くように促した。
「んふふふ!
じゃ、また後でね!」
セロットは言い終わると同時に地面を蹴り、移動を再開。
やや遅れてタノスもセロットを追って消えて行った。
スーツの男は2人を見送りながら思案する。
(上手くいけば問題がまとめて解決する。
新しく出来る問題の方がずっとマシだ)
(トニフ共は城に精鋭を集めてるはずだが……あいつならいけるか?)
――――――――――――――――
ダクルは息を切らしながら床の上に3つのマジックアイテムを置いた。
「はぁっ……はぁっ……」
「ぬあっ!」
両腕の震えを、床を思い切り叩くことで無理矢理止める。
(どうにか厳選出来た……!
"店"に俺と一緒に持って行ける量は限られている!
もうこの組み合わせしか考えられない!)
木の蓋がされた薄っすら蒼く輝く黒い壺。
ガラスのようなもので出来た頭部が無い鳥の像。
10ページ程の厚みしか無い、何らかの生き物の鱗で装丁された本。
(奴らはトニフ教団に追われていた!
あの残酷集団から追われていながらどこかを目指している……
単に殺傷力に紐づくようなアイテムは逆効果!
恐らく……恐らく正義を心に置きながらも楽しさを求めているはずだ!今時珍しいが居ないわけじゃない)
(魔力の性質が判定不可能だった。
複数の能力を意図的に作り出して混在させている可能性が高い!
となれば、特殊な性質のマジックアイテムに興味を示すはず!)
ダクルは焦りながらも、セロットという人物に対する推測を考察し続けていた。
(……俺は全部お前に話したわけじゃない!
死んでもあのネタだけは明かすわけにはいかない。いいや!ネタを明かせば俺は死ぬ!)
両腕の震えが収まり始め、深呼吸を3度する。
目を再び開いたダクルは、冷や汗こそかいているものの覚悟を決めた。
「さぁ……いつでも来い」
ダクルの言葉に呼応するかのように、偶然にも次の瞬間ダクルの身体から魔力が勝手に湧き出した。
「……全てお見通しということか?
見張られていようともどうだっていい!」
(お前はこのマジックアイテムを前にして素通り出来るようなヤツじゃない!)
ダクルと3つのアイテムは、姿を消した。
――――――――――――――――
ダクルの目の前に広がった景色は、月の出ている夜。
荒れ果てた大地、城か何かの破壊された壁の一部が点在。
奥に見える大きな古城、そして――
体長20m程はある薄緑色のゴーレムがあちこちに居た。
「は……はぁっ……!」
声にならない声を上げるダクル。
瞬時に店に入ってきたセロットとタノス。
「ようやく大詰めだ。
おまたせダクル!」
直後、店を真上から何か大きなものが叩く音がした。
「ヒィッ!?」
「ん?
見えないかもだけど、後ろにもいっぱい居たよ」
「ゴーレム達に包囲されてるんだ、今」
店を後ろから両手で叩くゴーレム。
周囲のゴーレム達も大きな足音を立てながら、ゆっくりと店に集まり始めた。
ダクルは右手で左手の甲の皮を思いっきりつまみ、痛みで恐怖を無理矢理抑え込んだ。
「お」
「話などしてる暇は無い!
さぁ持ってきたぞ!お前の目が逃すことの出来ない逸品を!」
既に出現した商品とは別に、自身の横に並べた3つのアイテムを見せたダクル。
「ダクルはさ、もしこのまま同じことを続けてたら……ハンカチを見つけても能力を使い続けたんじゃないかな」
セロットは懐から金を出し、5つの商品に対する対価をテーブルの上に置いた。
「……!?」
「『上手くいってるから次も上手くいく』……わかるよ、そんなの皆思うもん。
だって失敗するイメージ湧かないでしょ?失敗したこと無いんだからさ」
セロットは更に金を取り出す。その貨幣は――
残り2つの、通貨の違う商品を買える額だった。
「君のこの能力の中で、1つだけリスクの釣り合ってない効果がある。
"指定した場所に戻れる"。
僕は4回目の時、確信したんだよ」
セロットが1つだけ残し、他の全ての商品を両手に抱えた。
「通過の違う商品を出現させてるのは、君なりに考えた保険。
もし全て買われてしまったなら――」
「"指定した場所には戻れず、能力は解ける"。
……違うかい?」
既に集まっていたゴーレム達が店を真上から叩き続ける。
セロットは、ダクルの目を真っすぐ前から見つめる。
ダクルの背筋が凍り付いた。
「や、や……やめろ……っ」
「あとはもう1つを僕が手に取れば、店は消える」
「やめてくれぇーーっ!!」
叫ぶダクル。
目を閉じ、セロットを待つタノス。
「ダクル、取引しよっか」
「……!?」
セロットは、両手に持った商品を地面に置く。
そして、懐からハンカチを取り出した。
「僕らはあの城に用がある。
店が消えたあと君がどうなろうと知ったこっちゃない」
恐怖で顔が引きつったダクルは、弱々しく両手でテーブルを掴みなんとか立ち続けている。
「けどまぁ……
君がもし、この後逃げずに僕のお願いを聞いてくれるなら――」
「助けてあげてもいいけど、どうする?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(無い、無い無い無い……無いっ!)
森の中を駆け回るダクル。
上空を空中船団の船に乗って移動している最中、賊に襲われた際にハンカチが落下した辺りだった。
(あれだけは……あれだけはっ)
ダクルと妻の間に生まれた男の子は、8歳の時に病死した。
先天性の体質で、病気にかかりやすかったとはいえ最初は軽い症状だった。
看病をしていればそのうち治ると2人は信じていた。
異世界において、病に対する研究が進んでいる国は稀である。
7歳の時に息子が使い始めたハンカチ。
破れても気に入っていたハンカチを、息子はずっと使い続けた。
母が刺繍で破れた個所を直すと、尚更喜んでいた。
両親は何故そのハンカチが気に入っているのか聞くと、意外な答えが返ってきた。
『僕ね、なんか覚えてるの。
まだ僕がもっともっと小さい時、大きな布で僕を包んでくれたでしょ?』
『あったかくてね、すっごくあったかいの!
ベージュの、大きな布。それでね……』
『その時、お母さんとお父さんがすっごく笑ってるの』
『だから、あの布の赤ちゃんなんだ、これ!』
『布の赤ちゃん?』
『そうだよ、布の赤ちゃん!』
『面白いことを言うなぁお前は』
『だからね!ね!
布の赤ちゃん、僕も守るんだ!』
『お母さんとお父さんがしてくれたみたいに!』
そのハンカチは、息子の死後……ダクルがずっと持っていた。
賊に襲われた際、落下するハンカチが目に入ったところで気を失ったダクル。
最も大切な思い出を、永遠に失くすわけにはいかなかった。
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「あなた……もう、もういいから……」
半泣きになりながらダクルを説得しようとする妻。
「ダメだ」
ダクルは再び家を出て行こうとする。
「危険よ!その能力はいつか……恐ろしい相手を引くかも……!
私が悪かったから……だから……あなたが死んだら私……」
「絶対にハンカチを見つける!
俺は……俺は諦めない!!」
「あの子のくれた俺達の一番の思い出なんだ……っ」
涙ぐみながらも、鬼気迫る表情で言ったダクル。
妻に、能力で回収したアイテムを売って作った金を置いて……家を再び出ていく。
(必ず取り戻す。
俺の能力はマジックアイテムだけを見つけるわけじゃないんだ!)
息子への想いは、ダクルの中で業火のごとく燃えていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ダクルは、声を振り絞った。
「わ……わかったっ……」
「何でも、何でもする……だから!だから――」
「俺を助けてくれぇっ!!」
生きているなら、チャンスは必ずある。
生きられなければ、妻は独りになる。
その取引に縋る以外、ダクルに選択肢は無かった。
セロットは、ダクルの目の奥から光が消えていないことを理解した。
「……わかった。
じゃあ取引成立だね!」
ニコリと笑ったセロット。
「そうしたらタノス、最初はなんとかするから後はよろしく」
「ああ」
「ゴーレム使いは左側に居る。
接近する場合は気を付けてね」
そう言ったセロットは、最後の商品を手に取った。
同時に、周囲を囲むゴーレム4体が組んだ両拳を振り下ろそうとしていた。
店は消滅し、その場に残ったダクルと商品。
銃を構えたタノス。
両拳を振り下ろすゴーレム達。
魔力を身体から放出させたセロット。
その魔力を全て集中させた左手を振る。
4体のゴーレムは、両腕ごと胴体を見えない何かに大きく抉り取られていた。
タノスが、背後に銃口を構え胴体の吹っ飛んだゴーレムの奥に居るゴーレムを狙う。
セロットが城へ向かって飛ぶ。
飛びながら、軌道上周辺に居るゴーレム達を見えない攻撃で削り続ける。
"パチン"
タノスが引き金を引き終わり、後ろに居た3体のゴーレムの胴体が吹っ飛んだ。
衝撃波によって起きた風がタノスとダクルを吹き飛ばそうとする。
「うおおっ!」
「そこを動くなよ。
地面と足を魔力でくっつけておけ」
「わ、わかったっ」
(あ、あのセロットって奴は信じられない化物だが……)
(こっちもただ者じゃない!)
タノスは集まってくるゴーレム達を見回す。
(ほとんどは見掛け倒し。
簡単に壊れる代わりに量産して本体に近付けさせない気か?)
よく、目を凝らす。
ゴーレム達に宿る魔力を見分け――
あることに気付く。
(本命のゴーレムが数体混じってるな)
銃口を構え――
撃つ。
"パチン"
着弾点から増幅した衝撃波。
再び巨大なゴーレムを吹っ飛ばす。
"パチン"
更にその横。
"パチン"
後ろに迫っていたゴーレム。
(……ただ爆風を起こす能力にしては性能が良すぎないか!?こいつ!)
次々にゴーレムの身体を吹き飛ばし続けるタノスを見て、ダクルは驚く。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「能力はねぇ、元々の強さにもバラつきがあるんだ。
使い所がしょーもない能力もあれば、なんか使うだけでめっちゃ強い能力もある」
自慢げに解説するセロット。
「タノスのはね、単純だけど」
「それ、魔力効率めちゃくちゃ良いよ」
「……本当はもっと魔力が必要になるのか、これは」
「うん!3倍は魔力を消費するはずだし、回数の制限も無い。
感謝すべきだね~」
感謝、という言葉に眉がピクリと動いたタノス。
「感謝……
"親"に、ってことか?」
「んーん?」
「"自分自身"、でしょ!」
喉の奥で燻りかけていた暗闇が、その言葉で奥へ引っ込んだようだった。
「……そうか」
自分の開いた左手をじっと見つめ――
ゆっくりと、閉じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
後ろに迫っていたゴーレムが他と違う事を見抜いたタノス。
後ろを振り向くと同時に弾丸を撃ち込み、指を鳴らす。
"パチン"
今まで起こしていたものの3倍の威力で衝撃波を増幅させる。
ゴーレムの首に命中した弾丸の周囲が大きく吹っ飛び、両肩まで抉り取られた。
(ほとんどは自動的に俺達を狙っている……
だが"操作"してるゴーレムは違う)
(精度が高くなる代わりに、どこに魔力が集中してるかわかりやすい。
ゴーレムが攻撃に移る瞬間、両手以外は他のゴーレムと同じ強度だ)
タノスの眼には、戦い方が視えていた。
「……長々とお前のお守なんてしてられるか」
「すぐに片付ける」
タノスは目と耳に魔力を集中させた。