短すぎるワルツ
少し時は戻り――
城の入口、大きな扉を殴って破壊し、侵入したセロット。
破壊した扉の残骸と埃が宙に舞う。
エントランスの左右には大きくカーブしている階段があり、片方は途中で崩れていた。
落ちたシャンデリアの残骸が端に転がり、あちこちが傷ついている。
残骸の隙間から見える、中央2階部分の扉の前に立っている教団の男。
その男が放ったであろう、こちらへ飛んで来る人間の頭部程の大きさの鉄の球。
それを視認した瞬間、舞う瓦礫の間をかき分けて左側から何者かの手が伸びてきた。
セロットは床に着地と同時に身体を左側へひねり、流れるような動作で対処する。
何者かの右手首を先に左手で掴み、掴むと同時に引き寄せる。
引き寄せた瞬間、何者かの顎を下から右拳で殴った。
セロットの右拳の感触は、人を殴った時のものではなかった。
破壊されたかに思えた頭部と身体全体が茶色く変色。
内部から破裂するように身体全体はその場で飛散。
セロットは、それがくっついたなら1秒と経たないうちに固形化し、壁と自分をくっつけて身動きを封じるものだと認識した。
セロットの身体に付着しそうになった粘液は、セロットの手前で全て弾かれる。
同時に――
床を突き破り、土の中から伸びて来た木々がセロットを囲んで覆い尽くす。
それだけでなく、エントランスのあちこちから木々が伸び、天井まで伸び突き刺さる。
ぶつかった鉄の球は、生えた木々に阻まれ僅かに抉り取ることしか出来なかった。
「迎え撃つ準備があるなら――」
「僕も準備出来るってことだよねぇ」
セロットは、城に向かいながら地面を蹴る度に魔力を放出。
樹木の魔法をいくつも設置し、自分の移動速度と同じ速さで根を伸ばしていた。
生えた木々達が動き出す前に、教団側は動いていた。
伸びた木々で完全に隠れたセロットを狙い、右側の階段に現れた別の男が左手のひらを向ける。
手のひらに僅かに出現した印のようなものから、鉄の棘が何本も現れ一気にセロットまで伸びていく。
木の防壁を容易く貫いた鉄の棘。
男の横、階段と壁を貫いていた大木からすり抜けるように現れたセロット。
「っ!」
気付くと同時に、玄関の方向へ咄嗟に跳んだ男。
それよりも早く跳んできたセロットに追い付かれることを予測し、振り返った男。
セロットの拳は、鉄の棘を出していた男の前に突如現れた赤と白の幾何学模様の服を着た男の腹に直撃した。
「おっ」
男はニヤリと笑う。
殴られた腹部は、ジグソーパズルが砕け散るかのようにボロボロに飛散。
周りを見渡すと、鉄の棘を使っていた男も扉の前に立っていた男も、鉄の球も見当たらない。
赤と白の幾何学模様の男があちこちに、壁の中や床の中、天井の中に映りこみ動いていた。
「「「もうお前は俺の術にハマったんだよ」」」
四方八方から聞こえてくる声。
辺りに霧のようなものが立ち込めようとした瞬間、セロットが喋り出す。
「君は術の発動条件を変えるべきだね」
セロットの視界の奥、左側に生えていた木から伸びた太い枝がムチのようにしなり虚空を殴りつけた。
その瞬間、幻覚は消える。
枝に殴られ吹っ飛ばされ、壁に激突した幾何学模様の服を着た男。
「がはっ!」
(な……なんで俺の本当の場所が……)
セロットの周囲を咄嗟に囲んだいくつもの木の枝。
天井斜め上から飛んできた鉄球は木の枝を何本か抉り取るも、セロットには届かない。
「見えなくなる前に対処は済んでたって話さ」
セロットは、幾何学模様の服を着た男を殴った瞬間にそれが幻術発動のトリガーだと認識。
殴り終わると同時に、吹っ飛んだ男の着地点を攻撃するよう木の枝に情報をインプット。
木の枝には当てた者を昏睡させる魔法を付与。
それがたった0.1秒程で行われていたことなど、セロット以外に知る由も無い。
木の枝がセロットの周りから離れる。
目の前に迫っていたのは、やや茶色く変色した顔と髪の無い人型の何かが2体。
セロットは僅かに先にやってきた人型の頭部を左手で掴み――
掴んだ瞬間、右人差し指を右の階段の裏側へ向けた。
「"傷の塔"」
そう呟いた次の瞬間。
「ああぁぁぁぁっ!!」
階段の裏側から金切り声に近い叫び声が聞こえ、目の前の人型2体は崩れ落ちて砂と化した。
「さて、と」
ムチのようにしなる木の枝がいくつも鉄球を操る男へ迫った。
だが、その全てが扉の裏から滲み出た鉄の棘を喰らい動かなくなる。
すぐに鉄の棘は木の中に入り込み、増殖。
木の枝は全て内側から粉砕される。
「あとは君らだけだ」
セロットの呟いた言葉に疑問を抱いた鉄球の男は、周囲の仲間の魔力を探知し――
「っ!」
城の外に身を隠した、物体を移動させる印を使う仲間が戦闘不能になっていることに気付いた。
「精密さを優先した結果位置がバレバレな土人形使いくん。
印を使った後大きく移動したりせず魔力のデコイも使わなかった印使いくん。
術の発動条件を間違えた赤白くん。
それで――」
「君らは"呑気過ぎたオモチャ使い"、ってところかな?」
「違うな」
浮遊している3つの鉄球に込められた魔力はさっきの比では無かった。
そして、左右の壁をぶち破り追加で8個の鉄球が部屋の中へ入って来た。
「準備が整ったんだ、これで」
「物は言いようだね!」
合計11個の鉄球がめまぐるしく高速で飛び回る。
生えていた木々は伸び続けるも、約5秒で鉄球にそのほとんどを削り取られた。
その間、セロットは空中に剣を生成し鉄球使いへ何本も飛ばすが、彼を守る3つの鉄球が1本さえも通さず弾く。
それ以外の8つの鉄球は木々を削り取りながら、回転の力によってその破片や壁の破片をセロットへ無数に飛ばし続けていた。
弾き飛ばす破片全てに、鉄球から伝達した魔力が込められており威力は桁違いに伸びている。
そしてそれを全て素手で弾き、消滅させているセロット。
(ようやくまともなのが来たって感じかな)
セロットは魔力で作り出した弓と矢を構える。
これまでとはレベルの違う魔力をセロットから感じた鉄球の男が身構えた。
セロットが矢の根元を手放す。
数多の鉄球をかいくぐって到達したかに思えた矢。
本体を守る鉄球のうち1つに当たり、消滅。
鉄球を5cm程削り取るも、鉄球を破壊するには至らなかった。
「いい精度してるじゃん」
襲い来る鉄球をかわし続けるセロット。
対して、鉄球の男は内心焦りを感じ始めていた。
(魔力を確実に込めた鉄球に傷をつけた……
回転エネルギーも加わった俺の鉄球を破壊しうる威力。
しかもまだ奴は本気を出していない)
(そもそもあの速度は避けるのも至難の業。
鉄球で防御する以外考えられない!)
フェイントをかけて途中で軌道を変える鉄球。
本命の鉄球が別方向から迫るも、それを更にかわすセロット。
かわして着地する地点に鉄球が迫るも、空中を蹴って着地地点をずらす。
「努力が伺えるね、この操作!」
(鉄球の速度は限界だ。これ以上速くすれば全鉄球の操作に影響が出る。
これを維持するのがこいつと戦う最低条件……)
(だが)
左側階段裏に倒れていた、幾何学模様の服を着た男が目を見開いた。
(今!)
彼は木の枝による攻撃を受ける瞬間、自身の身体に幻術をまとわせた。
攻撃を喰らい、完全に意識を失ったものだとセロットに錯覚させるため。
そして彼は、脳や精神に干渉する力に対する耐性が教団内で最も強い。
(いつもの勝ち筋なんだよこれが!)
(お前は再び俺達の姿が見えなくなり、感知出来なくなる!)
地面についている手から発せられた魔力。
凝縮された魔力の線が地を一瞬で這い――
丁度着地したセロットの足に触れた。
((触れてから完全に視界を狂わせるまで0.2秒!))
鉄球の男は、0.2秒が経つまでその場を動かない。
セロットは再び弓矢を構えた。
鉄球の男は、0.2秒後に床を蹴り右へ跳んだ。
セロットが矢を放つ。
(まずは一撃入れる!)
鉄球のうち5個がセロットへ別々の方向から迫る。
鉄球の男は、セロットの姿を凝視していた。
そのおかげで、免れることが出来た。
(なっ)
セロットは、矢を手放した手を横に小さく振った。
振った手が何を意味するのか、即座に理解し男は左を向く。
矢は曲がり、鉄球の男めがけて飛んできた。
鉄球による防御はもう間に合わない。
矢によって破壊された壁。
ギリギリのところで両ひざを曲げ、身をひねりかわした鉄球の男。
恐るべき速度で飛んできた矢を避けることが出来たのは、矢に警戒し、尚且ついつでも全力で避けられるよう心構えを崩さなかったおかげだった。
次の瞬間、身体が黒くなり身長の伸びたセロットが鉄球の男の目の前に居た。
「!!」
もうセロットは左拳を引き終え、構えている。
(何故?
それほど速く移動を――)
考える暇は、無い。
弓矢を構えている時よりも更に増幅した魔力を込めた相手が目の前に居る。
培った戦闘経験が、その身体に今何をすべきか告げた。
鉄球全てに込めている魔力を解放し、自身に収束。
腰を落とし、階段に張り付くように体幹を固定。
男は、セロットの左拳を右手のみで受け止めきった。
瞬間、起きた風圧で男のフードが脱げかける。
修羅の形相でセロットを見つめながら、男は左拳を握り終えていた。
(これを止めるかぁ、やるね)
セロットの左拳を受け止められたのは、男の最も得意とするのが素手による近接戦闘だからに他ならない。
鉄球は自身の本領を隠すための道具に過ぎなかった。
(体勢を崩す!)
(狙うは顎っ!)
セロットの左拳を掴んでいる右手を引き、セロットを引き寄せようとした。
鉄球の男は目を見開いた。
右手で引いた力で、後ろへよろける。
何故なら、男が引き寄せる前にセロットは左肘から下を内側から切り離していたからだった。
男の放った左拳は虚空を切り裂き――
「裂孔」
セロットの右拳が、男の胸に直撃した。
重い一撃にしては、男が吹っ飛ぶことは無かった。
だが――
直後、男は全身の至る所がひび割れ血を噴き出した。
「がぁっ……」
「殺してはいないよ。
でもそのヒビは広がるから、頑張って再生を続けないと心臓に到達するかもね。
君ならまぁ10分あれば動けるようになるんじゃない?」
階段に倒れ込み、必死に魔力を循環させ再生を続ける。
(こ……こんな……っ)
「幻術使いはわざと戦闘不能にしなかったんだ。
耐性ありそうな魔力の波長してたから、無効化出来る程度の魔法しか与えてない」
「っ!」
「案の定、君はそれを信用しきって僕の視界から全て消えてから動いた。
実際には消えてないんだけどね、2回目は術が脳に達する前に内側で守ってるから」
「なんとか矢を避けたけど、回避に全力を注いだからその間に護身用の鉄球を自分の周りに集められなかった。
そんで僕は、さっきから弾いてた木の破片だの壁の破片だのを媒介に場所を交換。
近接に切り替えざるを得ない状態に持っていったってワケ」
「そこ……まで……」
「勝ち筋決まってたんでしょ?
幻術使い君が打たれる前に全身を魔力でコーティングした時に確信したよ。
元々後から奇襲させるためにと思ったけど、奇襲する予定があるんなら僕がやることは完全に決まった」
階段を上り切り、扉を開けたセロット。
扉の奥には、先程放った矢を受け膨大な魔力で床に拘束されている鉄使いの男。
「いい連携だったよ。
じゃ、また後でね」




