衝撃のシナリオ(企て)
「出来は良いようだな、ラモラック」
「そうですね。時間をかけた甲斐がありました」
ペリノア王が乗る馬のすぐ横に立っていたのは、次男のラモラック卿だった。気味の悪い笑みに、強い自信が表れている。父の目配せを受け、彼は鞘から剣を抜き、悶え苦しむモルガンへ近づいていく。
折角話し合えそうだったのに、モルガンが何か言いかけていたのに……。訴えようにも、得体の知れない恐怖が体の奥で渦巻き、アリスの口はうまく動かない。
だが、その時だった。
「こ、んの……腐れ、領主どもがぁっ……!」
捕獲用ネットを破ったロビンが、通常の短剣とは異なるサバイバルナイフを握り、ラモラック卿を目掛けて突進する。モルガンを討つことは許さない、その意志だけが、彼を動かしていた。
「汚い口を閉じろ、蛮族が」
ロビンの気迫になど全く動じず、ラモラック卿は言い放つ。と、その言葉を合図にしたかのように、四方八方からロビンに無数の矢が放たれた。
「ぐああっ!!」
ラモラック卿にしか意識が向いていなかったロビン・フッドが、それらの矢に対応できるはずもなく。頭部は免れたものの四肢や腹部に数本喰らい、再び地に伏せる。悔しがりながらも地を這って進もうとするロビンの姿に、思わず息を呑むアリス。
「くっ、そが……」
「慎みなさい。私の方が目上だ」
モルガンに向いていたラモラック卿の足が、ロビン・フッドに向けられる。次の瞬間、アリスに寄りかかるように座り込んでいたアーサー王が、不意に腕に力をこめてアリスを抱きしめた。
「えっ?」
「見るな」
彼の胸元に視界を覆われたが、それでも、ラモラック卿が暴行を加える音と、ロビン・フッドの「がはっ、ごふっ」という痛みのこもった悲鳴は聞こえてくる。状況を想像して震えるアリスの頭をそっと押さえたまま、アーサー王は口を開く。
「ラモラック、それ以上は」
「止めるんですか? 国王陛下、貴方というお方は本当に寛大でいらっしゃる」
蹴りをやめたラモラック卿。呆れたように言いながら、サバイバルナイフを持つロビンの手首をぐりぐりと踏みつける。
「がっ……!」
抵抗力を無くし虫の息となったロビンがナイフを放す。それをスッと拾い上げ、「蛮族に相応しい、物騒な武器だ」とぼやくラモラック卿。
未だアーサー王によって視界を覆われたままのアリスには、足音でラモラック卿の接近が分かった。それでも、震えは収まらない。この場で一番発言力があるのはアーサー王だと分かっているのに、それだけは明確なのに、何故。自分の中に渦巻く不安の正体は、次の瞬間、ハッキリした。
「……陛下が過ぎるほどに寛大だから、滅びるんですよ」
耳を疑った時には、もう遅かった。
「うっ、」
アリスを抱きしめていたアーサー王の身体が突然離れる。何が起こったのか理解するのに時間はかからなかったが、どうしてその状況になったのかは、何秒経っても理解できなかった。
「何を、してるんですか……!?」
体力の落ちているアーサー王の襟首を後ろから掴み、ラモラック卿はロビンのナイフを彼の首筋にぴたりと当てたのだ。
目の前2、3メートルの距離で、文字通り「下剋上」の光景が出来上がっていた。少しでも動いてはいけない――困惑の中、アリスは一瞬で悟る。
「陛下、どうかそのまま動かずに」
「あ、アーサー様は……怪我を、」
「見れば分かります」
鼻で笑いながら答えるラモラック卿。それじゃあどうして、と問おうとしたアリスに、ペリノア王が馬上から要求した。
「勇者殿、その首にある魔法石、我に渡してもらおうか」
「な、何言って……」
「まだ分かりませんか? 僕らに従えと言っているんです。でなければ国王陛下は、余計な痛みを与えられてから死ぬことになります。勿論この、賊の狐が持っていた獲物で」
ロビン・フッドの持っていたサバイバルナイフが、少し強めにアーサー王の首筋に当たる。つうっと現れる赤い筋に、アリスの呼吸が一瞬止まった。
「や、やめてっ!」
青ざめるアリス、ラモラック卿に取り押さえられたアーサー王、血まみれで地に伏すロビン・フッド、そして、半永久的に続く痛みに身をよじらせるモルガンを前に、ペリノア王は高らかに笑った。
「くっははは! よく出来た筋書きであろう? 陛下は姉君を弓矢にて討伐なさる。が、魔女を慕う賊の敵討ちに遭い命を落とされる。そしてその賊を討ったのが我らとなり……ペンドラゴン王家は断絶! キャメロットを統べるは我となるのだ!!」
意味が分からなかった。返す言葉を見つけられなかった。
ペリノア王がアーサー王から「キャメロット国王」の座を奪おうとしている――でも何故? 一体、アーサー王のどこがいけないのか。あんなに国民のことを考えて、街を慈しんで、たかが客人のことだって自ら守るような温かい人が国王で、ダメなことなんてあるのか。数々の疑問が浮かぶのに、何一つ口から出てこない。呼吸をするだけで精一杯だった。
「さあ! 魔法石を寄越せ! その力があればあらゆる魔力保持者は我に歯向かえまい!! 我は魔力を持たずして、魔力保持者をも超える統率者になろう!!」
彼らの指示には従えない。アリスの意思とは関係なく、そもそもマレフィセントの涙は、アリスの首から外せないのだ。しかし今のアリスにはそれを説明することも、まして対抗策を考えることもできなかった。そんなアリスに憐れみの視線を向けつつ、ラモラック卿が続ける。
「僕らは正気ですし、本気ですよ。貴女への要求は命令です。早くしないと、陛下の美しい瞳……片方抉ってしまいますよ?」
ラモラック卿は右手で軽くナイフを弄んでから、ゆっくりと、抵抗力を失ったアーサー王の顔に近付けていく。鋭利な刃先からは、先ほど首に当てていた時の血が滴り……――
「だ、ダメっ……」
「貴女に交渉権はありませんから。……早くしろ」
ひどく重く響いた声色に、呼吸が乱れる。悪魔のようなペリノア王の笑みと、石像のように無慈悲なラモラック卿の視線。
アーサー王が殺されてしまう。もうあんなに出血してる。早く、早く手当てしなくちゃいけない。このままじゃダメ。でもどうするの? 何も浮かばないのに。魔法石を外して助けられるなら、すぐにでも外したい。逃げたい。でもどうやって? 相手は二人だけじゃない、矢を放つ人も隠れてる。
……帰りたい、帰りたい。今すぐに帰りたい。全部悪い夢だって言ってよ。お父さん、お母さん、恵太でもいいから、今すぐ起こして。
「モ……ル、ガ……」
頭が真っ白になっていく行程にストップをかけたのは、傷だらけのボロボロになりながら、血反吐を吐きながら、本能的に主を呼ぶロビン・フッドの声だった。僅かに残った力をしぼるように手を伸ばし、這おうとする。
いけない、そうして動いたら、また……!
アリスの予感は正しく、ラモラック卿は溜め息まじりに呟く。
「……まだ生きてたか」
とどめを刺すつもりなのか、彼は持っていたロビンのナイフではなく、自らの剣を抜く。当然ナイフは左手に持ち替え、剣は右手に。
アリスは静かに目を見開く。ラモラック卿が、掴んでいたアーサー王の襟首を放したのだ。力無く倒れこむ国王に、最早彼らは見向きもしない。
「蛮族だけあって、しぶとさは一級品だな」
一歩、二歩、三歩。恐ろしい脅迫者が、アーサー王から離れる。
ここしかない……――そう、直感した。
「アーサー様っ!」
その瞬間だけ、身体の震えが消えた。たった2、3メートルの距離。前方に思い切りダイブして、庇うように覆いかぶさった。
「この女っ!」
即座に反応し振り向くラモラック卿だったが、振るったその剣は、アリスにも、アーサー王にも届くことはなく。
キィンッ……!
「な、何だコレは!?」
困惑は必然。彼とアリスの間には、虹色の光沢を持つ盾が形成されていた。しかもそれは、中で動くアリスに合わせるかのように大きさを変化させたのだ。
「アーサー様っ、アーサー様しっかりして!!」
弾く音を聞いた瞬間に、クラウ・ソラスが作用したとわかり、アリスは起き上がる。アーサー王の上半身を抱き起こし、必死に呼びかけた。出血がひどい。自分のせいだ、自分がもっと早く「龍穴」を見つけられていたら、モルガンに足止めをされなかったら……もっと、戦えるようになっていれば……
「……アリス、」
「あっ!」
「また……助けられた、な……」
「ご、ごめんなさいっ……私、何も、」
目を開けてくれた。こんなに傷だらけでも、まだ息がある。それだけで、アリスの胸に安堵が込み上げてきた。何一つ悪い状況は改善できていないのに、まだ終わっていないのに……限界だった。ぽたぽたと、熱い雫が頬を伝って落ち、アーサー王の服に滲んでいく。
「泣かせて、すまない……」
アーサー王の左手が、アリスの目元をそっと撫でる。その指の温度もこれまでより少し冷たく感じて、尚更アリスの涙は止まらない。
「謝らなきゃ、いけないのっ……私ですっ……こんな、に、」
「別に、いいんだ……俺は」
こんな状態になってもまだ、アーサー王は微笑む。アリスに向ける視線は、温かいまま。ラモラック卿の言った「過ぎるほどに寛大」というのも、分かった気がした。
でもやはり、アリスは強く思う。この人が国王であることに、間違いなんてないのだと。この温かさが、キャメロットの繁栄を作っているのだと。




