迷いと助っ人 ―合流―
「アヴァロンの民は、私のすべてだ……。私の魔力は、彼らの幸せのために使う」
強い覚悟のこもったその視線と言葉に、アリスはどこか納得していた。絶対的な悪ではない、モルガンの主張に。
だとすれば、やはり対話は有効なはず……イチかバチか、アリスが話を持ち掛けようとした、その時。
「アーサー・ペンドラゴンっ!!!」
地の底から噴き出すマグマを思わせる、怒号。その声は、アリスにも聞き覚えがあるもので。ガサガサッと枝葉をかき分けて接近してくる音に、3人とも目線をやる。数秒しないうちに、木の上から飛びかかる形で、声の主は姿を現した。
「ロビン・フッド……!」
目を見開くアリスのことなど意に介さない。彼の持つナイフは、寸分の狂いもなく負傷したアーサー王に追撃する軌道を描く。
「ここでくたばれ!!」
「やめろ……待てロビン!!」
モルガンの呼びかけにロビンは狐の耳をピクッと反応させるが、憎悪一色の視線は真直ぐ獲物を捉えたまま。そんな彼の持つナイフが容赦なく致命傷を与えにかかっているのは、戦闘素人であるアリスにも容易に察知できた。
「ダメっ!」
キィィイン……!
「な、何だこいつは……」
ロビン・フッドの戸惑う声を聞いて、アリスはギュッと瞑っていた目を開ける。どうやら、この世界に来てからようやく、思い描いた通りに攻撃を防げたようだ。アリスとアーサー王を守るように出現した半透明のドーム――盾として機能したクラウ・ソラスに、はぁ、と大きく一息吐く。
しかしまだ微塵も安心などできる状況ではない。負傷したアーサー王を支えながら、アリスは未だ困惑するロビンに尋ねる。
「どうして貴方が……ジョンさんは、」
「ハッ、察しろよ。俺がアイツに負けるワケねーだろ、今も昔も俺の方が上だ」
「そんな……」
「それよりどういうことだ、モルガン。何故止める? アヴァロンが狙う二つの首のうち、一つはコイツの首だろーが」
先ほど制止をかけられたのが、不満だったのだろう。ロビンは問いかけるが、モルガンは答えない。彼女の中に迷いが生じていることは、ロビンだけでなくアリスにさえ明確に伝わってきた。しかしロビンは、その迷いを払拭させようと訴える。
「たとえお前が許したって、俺は許さねぇ。お前の心を長くて深い孤独に追い込んだのは、コイツに違いねーんだ」
クラウ・ソラスのドーム越しに、視線に込められたロビンの憎しみが刺さってくる。言うまでもなく、リスティスの宝物庫にてアリスが感じ取った「ペリノア王への嫌悪」とは比べ物にならない。
防御壁を破壊しようと、渾身の力でナイフを突き立てるロビン。その音に体を震わせながらも、アリスはアーサー王の身体を支える手に力をこめる。
「迷う理由なんざ何処にもねぇ! コイツは迎えに来なかった。先代が死んだ日も、戴冠の日もだ。挙句、ハートキングダムとの同盟に調印しやがった。お前を敵として潰す算段が見え見えじゃねーか」
ロビンの主張も筋は通っている。彼の思いにブレがないことは、モルガンが一番良く分かっていた。追放されてシャーウッドの奥深くに隠れていた自分を見つけた日から、洞窟から引っ張り出してくれた日から、傍に居てくれた。一度は突き放そうとしたものの、彼は屈せず、故郷をも捨て付いて来た。分かっている。そんなロビンだから、アーサーを敵視した解釈をしていることも。
モルガンは目を閉じ、考えた。弟が本当に争わないつもりであるならば、先代が亡くなった際に話をしに来ることはできたはずだ。何か、そうさせない要素があったのか……。
幼い頃、「国を治める」教育を等しく受けてきた自分たち。一体いつ、道は違ったのか。何故、ここまで違ってしまったのか。自分の魔力さえ覚醒しなければ、あるいは。
記憶の中の父王は、魔力保持者に対して迫害を行うような人物ではない。魔力はギフトであり、知恵と同様、日々の生活に役立てられるものだ、そう語っていた。けれどもし、父王の意識と方針を変えたきっかけが、「あの日」に披露した自分の魔力だとしたら……――
「…………アーサー、私は……」
常に堂々とした語り口調だったモルガンが、躊躇いがちに口を開く。が、その言葉が終わりまで発せられることは、なかった。
ドシュッ、
「なっ……これ、は……?」
妨げたのは、一本の矢。自分の身体の真ん中を射とめた矢を見て、茫然とするモルガン。そのまま引き抜こうとはせず、風化させようとその矢を握る。と、次の瞬間。
「ぐっ、あああああ!!」
「モルガンっ!?」
天を仰ぐようにのけぞり叫声を上げるモルガンに、ロビンが駆け寄ろうとする。しかしそんな彼の援護よりワンテンポ早く、「追撃命令」が、森の奥から下された。
「撃て」
黒いドレスに包まれた細い身体に、更に数本の矢が刺さる。悲痛な声を響かせながら、体力を奪われたようにその場に倒れるモルガン。
同時に、彼女を助けようとしたロビン・フッドにもまた、ある「特殊な砲弾」が放たれていた。
「何だ!? くそっ、このっ……」
目の細かい捕獲用のネットに身を覆われ、ロビンも地に倒れる。ただしそれは普通の縄ではなく、太めのワイヤーで編まれているようだった。
射られてから十数秒、未だに痛みが続くのか、悶え苦しむモルガン。傍に行こうにも身動きの取れないロビン。予想だにしなかった光景にアリスは混乱し、その反動なのか、クラウ・ソラスのドームが光の粒として霧散し、アリスの胸元にアクセサリーの形となって戻ってきた。
モルガンを仕留め、ロビンを拘束したのは誰なのか。矢の飛んできた方へ目を向けようとしたアリスを、アーサー王がほんの少し強く抱き寄せた。
「アーサー様?」
「……まだ、離れるな」
「えっ」
状況から言って味方の到来に違いないのに、彼はそう思っていないようだった。朽葉色の瞳には、依然、緊張感が宿る。ガサッガサッと木々の奥から数人の兵が現れ、その後ろから、馬に乗った人物。
「間に合いましたな。ご無事でいらっしゃいますか、国王陛下」
口元にたくわえた髭と、裕福の象徴とでも言いたげな(正直見苦しい)体型。馬を無駄に疲れさせていそうだ、と一瞬余計な考えがよぎった。
「アヴァロンの奥地まで、ご苦労だな……ペリノア」
「いえいえ。おや、勇者殿もご一緒だったとは、息災で何より」
全く心にもない社交辞令であることは、容易に汲み取れた。リスティスではあまり上手に友好関係を築けなかったアリスは、やや警戒する。もしかすると、「勇者」の自分がついていながら、アーサー王にひどい怪我を負わせてしまったことを、あれこれ言われるんじゃないか……そう思ったのである。
「どうして、貴方がここに」
「決まっておろう。キャメロットの一兵として、幻影の魔女を討伐するため。どこの馬の骨とも知れぬ小娘に、戦の大手柄を奪われるのも面白くないのでな」
「じゃあ、あの矢って……」
「この日のため、我らが独自で開発した『破魔の矢』だ。射られた魔力保持者は、己の魔力によって縛られる。逃れようと魔力を使えば使うほど、痛みは増すであろう……あのようにな」
ペリノア王は、小馬鹿にした視線をモルガンに向ける。ようやくアリスの中で納得がいった。モルガンが射られてから時間をおいても苦しみ続けているのは、「破魔の矢」の効果によるものらしい。
「あっ……うう、」
自分では矢を抜くことができず、しかし抜かない限り痛みは終わらない。しかもそれが数本刺さっているのだ。強大な魔力を持つモルガンにとっては、まさに生き地獄そのもの。
彼女が小さな声をあげながら苦しむ様子を見て、ペリノア王は満足げに口角を上げた。




