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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
86/258

叩き込まれた拳 ―意思―

 ***



 ロビンの言った「惚れた女」というフレーズが、ジョンの頭の中で引っかかていた。

 予想通り、待ったなしの攻防。しかも開始から常に劣勢。ジョンがサーベルを振るったところで、ロビンの軽やかな動きがかすり傷を作ることすら許してくれない。

 一方でロビンの剣さばきは、ジョンが知っている頃より数段早く、かわすどころか急所でない箇所(もちろん防具装備済み)で受け止めるので精一杯だった。


「ここらで諦めて潔く通したらどーだ? ジョン」


 枝の上に立つロビンが問いかけた。


「わかんねーな、どうしてそこまであのガキに肩入れする? お前が俺に敵わねぇってことは、お前が一番よく知ってんだろ」

「そうだね、知ってるよ」


 誰がどう見ても、ジョンとロビンが受けているダメージの差は明らかだった。ロビンは短剣だけでなく、常備している爆竹や閃光弾も時折用いてジョンを翻弄(ほんろう)する。そのため、ジョンの衣服や髪の端には焦げている部分もあった。加えて短剣による切り傷。

 今のジョンの有様をアリスが見たら、間違いなく青ざめるだろう。肩をボウガンで射られた傷程度で慌てふためく彼女だから。


 自分でも、不思議だった。アリスに付いていけばロビンに会って文句を言える……それだけだった。けれど今、ジョンの中には「アリスの役に立ちたい」という感情が芽生えている。半人半熊である自分を受け入れてくれた、初めての人間の女に恩義を感じているからなのか、それとも。


 ただ、こうしてロビンと実際に対峙したことで、分かったこともあった。ジョンが今まで理解できなかった、というより理解しようともしなかった、ロビンの感情。義賊団と村の仲間を捨てて、魔女の所へ行ってしまった理由。「アイツを一人にしたくない」という言葉の意味。


 察するに、魔女モルガンはずっと一人で生きてきたのだろう。ロビンはそんな彼女に寄り添うことを望み、結果、その他の関係性を全て捨てる決断をした。今なら分かる、「力になりたい」という気持ち。

 だが皮肉なことに、自分が力になりたいと思った勇者(アリス)と、ロビンが寄り添い続ける魔女(モルガン)は敵対関係にある。ようやくロビンがあの時抱えていた葛藤の一部でも理解できる気がするのに、今ロビンを通してしまったら、自分に希望を与えてくれた彼女が傷つけられるかもしれない。

 ジョンは溜め息をついた。


「……ちょっと意味が分かったよ、ウサギ軍司」

「あ? 何言ってんだ?」

「ロビン、俺はとにかく、何がなんでも止める。まだ殴れてないし」

「……そーかよ」


 小さく舌打ちしたロビンは、不意に遠方へ視線を運ぶ。と、瞬く間にその目を見開き、短剣を握り直した。


「悪ぃなジョン、他に急用ができちまった。お前とのチャンバラごっこはこれまでだ」

「は? そう簡単に通さないって……ぐっ!」


 目の色を変えて枝の上から急襲をかけてきたロビンに、受け身をとる。が、さっきまでの攻防が本当に「お遊び」だったかのように、ロビンの猛攻は止まらない。防具でカバーしきれていない箇所を執拗(しつよう)に狙い、ジョンに攻撃へ転じる隙を与えない。

 一歩、また一歩と後退せざるを得なくなるジョン。その背が大木まで追い詰められた瞬間、ロビンは体を捻って回し蹴りをその(あご)に食らわせた。


「がふっ……!」

「数日で芽生えた意識なんざこんなもんだ。俺ん中にある気持ちはそんな甘っちょろくねぇんだよ」


 ()す術なくうつ伏せに倒れたジョンを前に、ロビンは吐き捨てるように言った。

 動こうとするが、顎から入った重い一発によるダメージで、身体の自由がきかないジョン。もはや行動不能になったと判断したロビンは、離れた場所に置いてきた馬の元へ戻る。


 彼の中にジョンへの罪悪感を抱く余裕はなかった。先ほど目に映った「憎むべき相手」の姿が、その胸中(きょうちゅう)に苛立ちと焦燥感を充満させる。


「モルガン、聞こえてるか? 見つけた。()は龍穴に向かってる。恐らく、勇者のガキと合流する算段だ」


 独り言のように零したのは、モルガンに対する一方的な「報告」だった。


―「ならばもう良い。じき()うだろう」

「待て! 俺がカタをつける。だからお前は城から……」

「だ……れと……話してんだあっ!!!」


 脳内に響いたモルガンからの「返答」にロビンが反論しようとしたその時。背後から強烈な拳が飛んできた。咄嗟に腕で受けたが、ロビンは数メートル吹っ飛ばされる。


「あれぐらいで、勝った気になんの……早すぎだよ、ロビン」


 呼吸は乱れており、蹴りを食らった顎の痛みは消えていなかったが、ジョンの意識はしっかりしていた。

 一方で、吹っ飛ばされたロビンも少量の血を吐きながら立ち上がる。殴られた腕を気にしながら、ジョンを睨みつけた。


「しばらく見ねぇうちに、死んだフリも覚えたんだな」

「そっちが相変わらず雑なだけ」

「ハッ」

「何そんな焦ってんの? 俺にはまだ、ぶつけたい不満が山ほどあんだけど」

「黙れ……退()けよ、ジョン」


 ロビンはかなり固く短剣を握っているようで、力が入り過ぎて血管が破裂してしまいそうに見える。それはまるで、彼の中にある何らかの感情が爆発寸前まで来ている表れであるかのようだった。退くように言うその表情にも、嘆願の類が混ざっているようで。

 ジョンは直感する。ロビンはモルガンを守るためだけ(・・)にこれまで(やいば)()いできたのではないのだ、と。彼が握った短剣の矛先は、とうの昔から特定の人物に向けられているのだ、と。


「退けないよ」


 真直ぐ宣言したジョンに対し、ロビンは眉間(みけん)(しわ)を濃くする。

 ジョンは、映し鏡を見せられているような気分になった。目の前にいるのは、数日前までの自分――シャーウッドのにいる仲間たちのためなら、ペリノアを殺すことなど(いと)わないと考えていた自分だ。

 けれど今は、少し変わった。否、変えさせられた。


―「私は誰の命も処分したくないの!!」


 変えなければならないと思った。アリスの強い意思を聞いた、あの時に。どこまで変われるのかは、わからない。それでもせめて、自分の手の届く範囲で間違いが起きそうならば、止めたいと思う。


「ロビンが誰かを傷つけようとしてんなら、絶対にさせない」



 ***



 アリスがモンス・ダイダロスを登り始めた頃、リスティス城の南棟に探りを入れようとチェシャ猫も本格的に動き出していた。

 ペリノア一族の個室も含め、大切な部屋が数多く存在する南棟は、ラモラック卿率いる精鋭が鉄壁の守備陣を形成し、固めていた。新隊員という設定のもと、リスティスの軍服は拝借(はいしゃく)できたとは言え、さすがにラモラック卿の部隊に今から新メンバーとして登用されるには無理がある。

 そこでチェシャ猫はリスティスの指示系統に目を付けた。


「報告します!」

「トー卿からか?」

「はいっ!」


 ラモラック卿の部隊に加われなくとも、伝達係として関われば、南棟への出入りも少々許される。チェシャ猫は、さも自分が「トー卿の使いで重要な情報や状況を伝達しにきた新米の一兵」であるかのように、ラモラック卿の部隊員に敬礼してみせた。

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