けじめ ―師弟の騎士―
狂ったように叫びながら槍を振るうパーシヴァルだったが、その攻撃はむしろ次第にキレのあるものになっていた。いよいよ理性の介入がゼロになり、目の前の敵を倒すことにのみ意識が集中し、こちらの攻撃に対する反射も野生動物に匹敵し出す。
間違いなく、これまでランスロットが手合わせした中で最強の相手だった。
しかし、終わりは突然訪れる。
ピキピキッ……
「なっ……!」
ランスロットの剣が、その身にヒビを走らせたのだ。彼は直感する。先ほど大群を追い払うため、地面に思いきり突き刺したのが原因だと。そして、次の一撃を受け止めた途端にこの剣は砕けるだろう……と。
「終わりだあっ!!!」
喜々として槍を振るうパーシヴァルを前に、ランスロットの思考は古い記憶に引っ張られた。
いつも、(自称)弟子の底知れないセンスを感じ取っていた。どんなに突っぱねても、幼い子供のように「もう一回、もう一回」と挑んできた。もしニミュエの加護が双方にあったとしたら、「最強」の称号はランスロット個人のものではなかったかも知れない。
いつだったか、アーサー王ともそんな話をしたことがあった。
―「パーシヴァルはどうだ? なかなか才ある者だろう」
―「悪くねぇ。が……俺はまだ許してねーからな、面倒見させやがって」
―「過ぎたことをくどくど言うな。お小言の担当はヴァンだけで充分だ」
小さな溜息の後、アーサーは続ける。
―「俺が自分で関係を築ければベストなんだが……どうにも、ペリノアとはそりが合わなくてな……。アイツには、架け橋となってもらいたいんだ」
―「だったらお前の付き人に任命しろよ。俺に投げんな」
―「アイツの師はお前がいい。兄弟のため、故郷のために振るう、一途な剣だ。磨いてやってくれ」
「……そうか」
防御の構えを取ったランスロットに対し、剣ごと槍で突き刺そうとするパーシヴァル。予備動作からその意図を察したランスロットは、槍に貫かれる直前に構えを崩し、僅かに身体を横に傾ける。
粉砕寸前である自らの剣を捨て、空いた右手で槍を掴んで引き寄せる。思わぬ力がかけられたことで前のめりになったパーシヴァルの襟首を、真直ぐ伸ばした左手で捕らえた。
「なっ、にして……」
「よく聞けパーシヴァル。てめぇがココで俺を殺して、それは『正しい土産』になんのか?」
ランスロットを殴ろうとしたパーシヴァルの左手が、動きを止めた。
「う、うる、さい……」
「てめぇが理想としたのはモルガンの統治じゃねーだろ」
「うるさいうるさいうるさいっ!!」
ぶんぶんっと首を横に振るパーシヴァルの手から、槍が離れる。辿った記憶から得た確信は、それほど強いものではなかったが、洗脳を解く心の琴線に触れることができたようだった。十数秒前の興奮状態から一変、泣き出しそうな表情を隠せないまま、パーシヴァルは言葉を零していく。
「お、俺は……俺が、強く、ならないと……」
「リスティスの統治体制は変えられねぇ」
「だからっ……出て行ったんだ……! 兄さんなら、分かって、くれる……」
「ああ、伝わってたぜ。アグロヴァルには」
「知りた、かった……それだけ、で……俺は、」
「斬る必要ねーもんまで斬った。俺と同じだ」
真直ぐな視線をもって、ランスロットはパーシヴァルに突きつける。以前、洗脳されていた自分がアーサー王にされた時と同じく。
「う、うう……うああああああ!!!」
悲痛な慟哭が響く。
ランスロットを殴らんとしていたパーシヴァルの左手は、自身の目元を覆った。だが溢れる涙は、受け止めきれなかった。
自分と同じく、モルガンの洗脳により思考力を奪われていたのだろう。パーシヴァルもまた、アヴァロンのために何十、何百と「敵」を斬ってきたに違いなかった。そしてその事実が、取り返しのつかない事象が今、彼を苦しめている……。
自分の中に渦巻くモヤモヤを「同情」と呼ぶべきか思案するランスロットの前で、パーシヴァルの膝から力が抜けた。
「……ランスさん、俺、もう……帰れないです……」
洗脳は解けたらしく、明らかな戦意喪失状態だった。襟首を掴まれたまま目元を覆うパーシヴァルに、ランスロットは返す。
「じゃ、破門ってことだな。好きにしろ。アグロヴァルには伝えといてやる」
ランスロットが手を放すと、パーシヴァルは重力に従い座り込んだ。これまで一度も見たことのない、情けなく弱々しい姿。
「……お前がモルガンの術にかかっちまったのは、一緒に偵察に行った俺の監督責任だ。悪かった」
立膝をついて頭を下げるランスロットに、パーシヴァルの目が見開かれる。
「そんな……俺が、弱かっただけ、なのに……ランスさん、何で、」
「けじめだ。お前との師弟ごっこはこれで終いにする。こっから俺は、俺の守りたいモン守りに行かなきゃならねぇ」
「守りたい、もの……」
「間違いは消せねぇ。けど、悔やんで立ち止まってるワケにもいかねーんだ」
ヒビの入った剣を拾い、鞘に収めたランスロットは、アヴァロン兵の落としていった別の剣を一振り手にする。
パーシヴァルの洗脳が解け、次にすべきことは決まっていた。モンス・ダイダロスの方面へ足を進めなくてはならない。
「ま……待ってください! ランスさん!」
絞り出されたような、しかし、力強さを含む声だった。振り向くランスロットの目に入ったのは、双頭刃式の槍を装備するパーシヴァルの姿。涙を拭って立ち上がり、彼は指笛で馬を呼ぶ。
「俺も……同行します! させてください! 師匠が進むなら、弟子も進むべきっすから」
「だからさっき破門だっつったろーが」
「そこをなんとかお願いします! 俺、まだまだランスさんと国王陛下に教わることだらけなんすよ!」
やって来た馬の手綱を掴み、「ランスさんが乗ってください」と譲るパーシヴァル。馬に跨ったランスロットは、答え合わせをするように尋ねた。
「じゃあ教えろ。リスティスを出て、王都に来た理由」
「勿論、リスティスの改革のためっす! 父上みたいに周辺を威嚇するやり方より、俺は国王陛下のお考えに賛成です。でもその理想を実現するには、ランスさんやトリスタン卿みたいな強い側近が必要で……って、俺言いませんでしたっけ?」
小首を傾げるパーシヴァルに、ふっと笑うランスロット。ようやく、アーサー王が彼を「一途な剣」と称した理由がわかった気がしたのだ。
「……パーシヴァル、後ろ乗れ」
「えっ、でも……」
「いーから早くしろ。置いてかれてーのか?」
「あざっす!」




