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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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伯爵の誓い ―カーミラに捧ぐ―

「大体負けるワケねぇだろ? アイツがカーミラの系譜だろーが……いや、カーミラの系譜だからか。何にせよ、一番必要なモン食わねーようなマヌケには、頼まれたって勝機なんざやんねぇ」


 ロビンの姿になる魔力を解除しながら、首を回してゴキゴキと鳴らすサーヴに対し、マーチ・ヘアとリトル・ジョンはそれぞれ武器を構え、アリスを庇うように立つ。2人とも既に負傷しているのに……アリスは何もできずに肩掛けポシェットの紐を握り、無力感に震えた。


「おっ、まとめて来るか? 俺はそれでもいーぜ、(たの)しめっからなあっ!」


 一体どんなバネをしているのだろうか。正面へ突っ込んできたかと思いきや、突如真横に2ステップ飛び、ブナの幹で反動をつけてアリスに飛びかかる。


「涙ゲットぉ!!」


 咄嗟に反応し、サーヴの爪からアリスを(かば)おうとしたマーチ・ヘアだったが、その身体は突き飛ばされる。そして突き飛ばした当人――つい先ほどまで深手を負っていたドラキュラ伯爵――は、その右腕をサーヴに切りつけられながらアリスを抱きしめて庇い、そのまま上空へと回避した。


「は、伯爵っ……!」

「遅れてすまない、アリス嬢」

「今の、その怪我……」

「問題ない。私は、他の者より丈夫に出来ているからね」


 言葉の通り、攻撃を受けた伯爵の右腕ではじっくりと皮膚が再生していく。だがアリスには、その全てが虚勢であるかのように見えて。サーヴが言っていたことも、頭の中に引っかかっていた。そもそも……合流するタイミングが遅れたのは、再生に時間がかかってしまったからではないのか。というより、力がきちんと解放できずにサーヴに押されていたからなのでは……。


「……もしかして、本当はもっと早く治るんですか?」

「さぁ、君が気にすることではないよ」


 漆黒の瞳を向ける伯爵は、確かにヴァンパイアの力を解放している。だがもしそれが、「不完全な解放」であるとするならば……アリスにできることが、1つだけある。リスティスで聞いた話が、本当であるならば。人狼サーヴに対抗する力として、ドラキュラ伯爵の「本能的な解放」が必要ならば。


「伯爵……吸って、ください」


 自らのワンピースの襟元(えりもと)を握りしめ、アリスは訴えていた。声は少し、震えてしまったように思う。瞬間、伯爵の視線は、再生しきっていない自分の右腕から、左腕で抱えるアリスの瞳へと移った。ざわつく心を抑えるような、ぎこちない微笑みを(まと)う彼。


「アリス嬢……君は、一体何を」

「私の気が、変わらないうちに……は、早く!」


 リスティス城の客室で、伯爵はアリスに告げた。自分の力を最大限に引き出そうとすれば、若い女性の血を欲することになる、と。カーミラの系譜にあるヴァンパイアの本能的趣向であり、変えることのできない性質である、と。


「約束の前倒し、です……だから、大丈夫」

「何故、そんな……」

「必要だと思うからっ……!」


 声の震えを抑えようとわざと荒げ、訴えるアリス。下方のブナ林から聞こえる戦闘音。一刻も早く引き受けなければならない、と、伯爵の中で焦りも生まれる。

 かつて爪を交えたからこそ、伯爵は知っていた。不死身の吸血鬼・カーミラを倒すため、後天的に「人狼」となったサーヴ・グレンドンという男の覚悟の強さと、強靭な肉体に宿った破壊的な強さを。止められるのは、かつての獲物(カーミラ)と同じく不死身の自分だけである、と。



―「男は嫌いだ」

―「また唐突に手厳しいな」

―「……ドラキュラ、お前は故郷を守るのだったな」

―「ああ。何度問われようと目的は変わらない」

―「ならばその地の女は、健やかな未来を約束されているのだな」


 そう投げかけるカーミラの横顔は、遠い空を見ているようで、遠い記憶を流れる雲に映しているようでもあった。

 出会い(がしら)には「男と話すことはない」と火花のような視線でドラキュラを圧倒したカーミラだが、窓辺で物思いに(ふけ)る様は、愛する者を(いた)む若き未亡人そのもので、しっとりと濡れる赤い瞳を袖でこする。


―「誓え、ドラキュラ。これから先関わる全ての女を笑顔にしろ。泣かせることなどあってはならない」

―「全てとは……なかなか大きな課題だな」

―「女を泣かせる男がいれば、私が授ける力の餌食(えじき)にしていい。迷うな」

―「君は迷ったことがあるのかい? カーミラ」


 一歩近づき尋ねたドラキュラに視線を向け、眉間に皺を寄せるカーミラ。彼女がもし「人間の女」であったならば、彼の寄り添い方は的確であり、それなりの効果をもたらしただろう。

 傷心した記憶に囚われている者は、核心を突くというより核心を緩衝材(かんしょうざい)で包み込むような心配りに飢える。そっと温められる方が、メスを入れられるよりも心地よく、治りやすい。


 意識的なのか無意識なのか、ドラキュラは(特に女性に対しての)そうした心のケアが(うま)かった。人間でないカーミラから見ても、彼の気品あるいでたちや珍しい褐色の肌に整って備わった目・鼻・口・眉、おおらかさを感じさせる優しい口調に文句はない。どことなく余裕のある接し方から、これまで多くの女性と友好的な関係(・・・・・・)を築いてきたのも想像に(かた)くない。


―「質問する権利は与えていない。誓うのか、誓えないのか」

―「誓うさ。君の力を受け継いだ私なら出来ると、君は信じてくれているのだろう?」

―「そういう言葉は人間の女に対して使え。お前が言えば大抵の女は喜ぶ」

―「私から見ればカーミラも女性だが」

―「何度も言わせるな。私は男が嫌いだ」


 言いながらドラキュラに歩み寄り、「(かが)め」とシャツを掴んで下に引くカーミラ。仕草だけ見ればキスをねだる恋人のようだが、実際はその細腕からは考えられない腕力が働き、ドラキュラは体勢を崩される。そしてすかさず首筋に与えられる激痛。じゅるじゅると気味の悪い音と、力の抜けていく感覚、自分の身体が熱を失っていくという微弱な恐怖に脳を支配されていく。軽い貧血状態にさせられたドラキュラが膝をつくと同時に、カーミラは牙を抜いた。


―「まぁ、嫌いであるから譲れるのだがな。女に同じことはしたくない」

―「はは……それは、私も……同感だ」


 座り込みながらも笑うドラキュラを前に、カーミラは言い放った。「そうも言ってられない瞬間は来る」と。ドラキュラにもその意味は容易に()み取れた。カーミラの力は女性の血をもって真価を発揮する。若い女性の血こそ、必要不可欠なエネルギー源……そういう身体に、これからなってゆく(・・・・・)のだ。


―「牝牛(めうし)で代わりはきく。物足りなさはあるがな」


 力の継承を行う中で、カーミラはそう告げた。長い生命を費やす中で見つけた、女性の血以外の食糧がソレだったらしい。

 女性を傷つけることを(こば)んだドラキュラ伯爵は、ヴァンパイアになったその日から、助言に基づき牝牛の血を摂取し続けていた。ご馳走が目の前に現れても、動じないように。(こころざし)だけは「人間」であり続けるために。



「……泣かせるな、か」


 再生しきった伯爵の右手が、アリスの後頭部にそっと触れる。手や声を震わせながらも、この世界では泣くまいと振る舞う彼女の不安を、取り除くように。


「伯爵……」

「少し痛むが、(ゆる)してくれ」


 アリスの首筋に、白い牙が突き立てられた。



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