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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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疾走(緊迫+圧倒)

「マーチさんっ!」

「アリス殿、怪我はないな。リトル・ジョン、その腕は……」

「何ともないよ。伯爵の手当てが大げさなだけ」

「てゆーか今、一番重傷なのマーチさんです! すみません、ホントは私が見抜ければ良かったのに……」


 反省するアリスに「正しい判断だった」とフォローするマーチ・ヘア。

 一方、伯爵とサーヴは(すで)に戦闘を開始していた。先ほどまでマーチ・ヘアを標的にしていたサーヴは、目の色を変えてドラキュラ伯爵という獲物を追い回す。伯爵の方も、これまでの穏やかな雰囲気からは想像もつかない荒々しさを見せ、応戦していた。洗脳されていたランスロットに噛みついていた時のおぞましさを思い出し、アリスは身震いする。


「急ぐべきなんじゃないの、アリス」

「あ、うんっ。マーチさん、怪我ひどいからユフィに……」

「俺降りるから、乗りなよ」


 アリスが制止する前にリトル・ジョンは降り、代わりにマーチ・ヘアが乗る。不安げなアリスの瞳に対し、「大したことないって言ってるじゃん」と気だるげに言うリトル・ジョン。

 マーチ・ヘアに手綱を引かれてユフィが進みだす中、アリスは少しだけ後ろを向いた。


「あの、私……間違ってなかったでしょうか。前、キャメロット王宮でマーチさんに『離れるな』って言われたのに……」

「判断は任せる、先ほど僕はそう言った」


 その返答に、アリスは「良かった……」と呟く。2人のマーチ・ヘアに異なった訴えをされた時、迷ってしまった。けれど1つの確信もあった。マーチ・ヘアは軍司の立場からアリスに意見や提案を述べることはあっても、指示(・・)命令(・・)はしない、と。この人のすごいところは「的確な指示を出せるところ」ではなく、「意思を尊重したプランを捻出(ねんしゅつ)し、実行するところ」なのだ。


「アリス、ストップ!」

「えっ?」

「そこ直進したらまたトラップが作動する。あっちの岩の向こうから回りこんで」

「あ、ありがとう、ジョンさん」

「よく気付いたな。かなり巧みに隠されているようだが」

「まぁ何てゆーか、分かっちゃう感じ。ロビンがトラップしかけるの、小さい頃からずっと見てたし」


 リトル・ジョンの言う通り岩を回り込んで罠を回避したところで、マーチ・ヘアがピクッと耳を動かした。


「ユフィ、駆けろ!」


 突然の疾走にアリスは慌てて手綱をギュッと握り、リトル・ジョンも駆け足で付いてゆく。もはや聞かなくても加速させる意味は分かってしまった。


「ねぇ、多分だけど……縮まってるよ」

「ああ分かってる」

「そっ、な……」


 サーヴが迫っているということなのか、だとしたら足止めに残った伯爵はどうなったのか、アリスの胸中に不安と疑問が渦巻くが、馬上の揺れが激しくまともに言葉を発せない。

 障害物の少なくないブナ林の中、ユフィが全力で走っているにも関わらず、無情にも「その声」はアリスの耳にも聞こえてきた。


()っけたぜぇ! 魔法石のガキ!」


 ブナの木から木へ飛び移りながら迫る音。下手に後ろを向くこともできず、追いつかれないことを祈るばかり。


「チッ、なかなか早ぇじゃねーかぁ」


 一旦枝の上で止まったサーヴは胸ポケットにしまっていた小袋から1本の髪を取り出し、半分ほどかじって呑みこんだ。すると、みるみるうちに狼の尻尾と耳が狐のものに変化し、髪色もダークシルバーから金色の混ざる小麦色に変化していった。


「あー……服はもういっか。めんどくせぇ」


 遠方からでもモルガンに呼びかけ、声をキャッチしてもらえれば、服も「ロビン・フッド」のものに変えられるのだが、サーヴがこの瞬間「ロビン・フッド」に変化したのは攪乱(かくらん)目的ではない。


「確かこの辺に……あったあった。さすが『ロビン仕様』の林なだけあるぜ」


 付近に生えている幹の曲がったブナの根元に、サーヴはロビンが隠していた弓矢を見つけた。それを(たずさ)えて再びアリス御一行を追う。


 本来この日、サーヴに与えられた役割は、リスティスへの侵攻軍を率いることだった。だがリスティスと言えば退役(たいえき)軍人であるペリノアが領主を務める拠点であり、その長男アグロヴァルも未だ「円卓の騎士」の称号は貰っていない。その程度の対戦相手しかいないということが、彼のモチベーションを大きく低下させていた。

 そんな彼の耳に、アリス御一行がアヴァロンの奥地にあるモンス・ダイダロスを目指して歩を進めているという情報が入る。しかもロビンの話によれば、その御一行はなかなかの強者揃いだというではないか。

 リスティス侵攻の指揮を部下に丸投げし、サーヴは魔法石奪取へと向かった。そしてこの独断は彼の退屈を一掃し、血が沸騰するほどの興奮を得ることができている。憎たらしいカーミラの力を受け継いだドラキュラ伯爵は思ったより手応えがなく残念だったが、まだ2人いる。目一杯楽しんでやる、と心躍らせ、じゅるりと舌なめずりをした。



 ***



 情けないな、と血の中で眠る「彼女」が(わら)っている――……。

 平常時よりも随分と小さく弱いが、自らの呼吸が細く続いているのを感じていた。人狼サーヴの強靭(きょうじん)な爪と牙にあれだけの攻撃を受けて、傷をつけられて、なお、生きている――その事実に、彼自身が一番うんざりした。

 どれだけ痛みを与えられようと、死なない……。8年前、死ねない体になったのだ。「彼女」と出会い、誓いを交わしたあの日に。


―「お前は、なぜ力を欲している」

―「私の故郷を終わらせたくないからだ」

―「断言しよう。私の力は、お前の想像を絶するものだ」


 本当に必要なのか、後悔はしないか、などど、散々念を押された。思えば「化け物」らしくない、お節介な人柄であった。

 ただし数々の忠告もルゥ・ドラキュラの決意を揺るがすには至らなかった。故郷ワラキアのために、長い間その地を治めてきたドラキュラ家のために、彼は自らの運命を差し出し……「彼女」も首を縦に振った。厳密に言えば、ドラキュラの男くさい熱意に負けたのではなく、もとより彼に備わっていたフェミニズムに共感したのだが。


 キッカケはさておき、本来ならば一ヶ月ほどかけるべきヴァンパイアの力の継承を、二人はたったの5日で終わらせた。故郷ワラキアに一日でも早く戻らねばならなかったドラキュラにとっては、短期間の方がむしろ好都合だった。ただ、「人間」という生物として生きてきた彼がヴァンパイアの力を得るというのは(すなわ)ち、体質と身体構造に変化がもたらされるということ。大きな変化をかいつまんで挙げるのなら、主食が血液になること、夜行性になること、そして……著しく高い治癒力を有する肉体になることであった。


 細い呼吸を繰り返すうち、傷はゆっくりとだが着実に塞がっていく。どうやら再生能力も衰えこそすれ潰えてはいないようだ。


「カーミラ……私がもし、アリス嬢を守れなければ、君は私を呪い殺すのだろうな……」


 当然だ、と記憶の中の彼女がツンとそっぽを向いた。



 ***



 遥か後方から放たれた矢は、恐ろしいほど正確にユフィの後ろ脚を(とら)えた。悲鳴をあげたユフィは体勢を崩し、アリスとマーチ・ヘアは空中に放り出される。


「わっ……!」

「アリス!」


 リトル・ジョンがキャッチしてくれたおかげでアリスは地面に打ち付けられずに済んだ。マーチ・ヘアも上手く着地し、ユフィの状態を()る。歩行は出来そうだが、2人を乗せて移動するのは難しい様子。

 ふと、リトル・ジョンがユフィの足を射た矢を見て、目を見開く。


「その羽の形……ロビンのだ」

「ご名答! さっすが同郷ってか?」

「人狼サーヴ……! 伯爵は……」

「俺だけてめぇらを追っかけて来たんだぜ? 察しろよ」


 未だ立ち込める白い霧の中、ロビン・フッドの姿と弓矢の能力を借り、ユフィという移動手段を(つぶ)してから追いついてきたサーヴは、アリスの問いかけにニヤリと笑って答えた。


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