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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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想定外の変更(別離)

「シャーウッドっていうか、この世界が平和になるまでは、チームメイトみたいなものだし。と言っても、私が一番戦闘力とか低いんだけど……」

「違ぇねぇな。呼ばれたって何もできねぇだろ」

「なっ……ランスロット!」


 アリスをバカにするように会話に入ってきたのは、髪と同じ白銀のマントを靡かせるランスロットだった。ユフィの手綱を引きながらやって来た彼の斜め後ろから、伯爵もやって来る。


「となると、我が眷属(けんぞく)は引き続きジョン君にも付けておいた方がいいかな?」

「ああ付けとけよ。寝返って狐の味方し始めたらすぐ分かるようにな」

「ちょっと! 失礼でしょ!」

「うるせぇよ。解毒剤もらったからって油断すんな、能天気小娘」


 ランスロットの挑発に、ムッと口を尖らせるアリス。と、伯爵が宥めるように彼女の頭を撫でた。


「アリス嬢、大丈夫さ。『あの場』であったことを把握している者達は、ジョン君を信頼に足る人物だと認めている」

「あの場?」

「ああ。少なくとも私は、女性のため領主ペリノアに拳を振るった彼に、敬意すら抱くよ」


 拳というキーワードから、アリスは伯爵が「あの場」と言った瞬間のことを思い出した。ペリノア王にアリスが暴言を吐かれた時のことだ。思考が停止したアリスの代わりを務めるように、リトル・ジョンが怒って(一発ぶん殴って)くれた。


「この熊、ペリノア殴ったのか? へぇ……」


 一目(いちもく)置いたのか、ランスロットが悪態をつかなくなったところで、アリスはきょろきょろと周りを見回す。その胸中を察した伯爵が、再びアリスの頭を撫でた。


「もうすぐ来るさ」

「あ、はい」


 返事はしたものの、(わず)かに心がざわつく。チェシャ猫はともかく、あの勤勉実直なマーチ・ヘアが集合時間5分前になっても来ないなんて。何かあったのではないかと勘ぐってしまう。



 ***



 集合時間2分前、アリスの嫌な予感は的中した。


「アリス殿、準備は整った。行こう」


 時間ぎりぎりにやって来たマーチ・ヘアは、単独だった。状況が掴めないアリスは、冗談であることを確認しようと尋ねる。


「あの、マーチさん、またチェシャと喧嘩したんですか?」

「質問の意味が分からないが」

「だって、いくらなんでも置いて行こうとするなんて……その、マーチさんらしくないっていうか」

「これは僕個人の感情的理由から下した判断ではない。森番たっての希望、提案だ」


 その瞬間のアリスは、小さく声を(こぼ)すことすらできなかった。特別でもない伝達事項のように告げたマーチ・ヘアの方を見ながら、湧き起こる数々の疑問を頭の中で必死に集約していく。


「なっ……どーゆーことですか!? チェシャが? 何で急にそんなっ……意味わかりません!」

「森番の言い分はこうだ。『魔法石を捨てる上で脅威となり得る4人の側近に対し、4人の戦闘員が確保できた。よって自分はここから別行動をとる』と」


 モルガンに仕える4人の側近に対応すべく4人の連れが必要だという訴えは、他ならぬアリスが、キャメロット王都にてアーサー王に進言した内容だ。そして今、リトル・ジョンが牢獄から解放されたことで、予定していたメンバーは揃った。


「でも仮に皆がバラけちゃったら、私一人じゃモルガンの魔法に対処なんて……」

「それについては問題ないそうだ。昨夜の襲撃でロビン・フッドがモルガンに頼んで魔法石を光らせた、と森番は言っていたが」

「あ、はい……それが、一体?」

「モルガンには『光らせることしかできなかった』ということだ。森番(いわ)く、モルガンの魔力系統はマレフィセントの涙に影響できない系統にある、と。よって魔法石をつけている限り、君がモルガンの魔法によって危害を加えられることはない」


 魔力に「系統」なんてあったのか、とアリスの頭はますます混乱する。が、そうじゃない、と自分で思考すべき点を修正した。今最も()に落ちないのは、今一番文句を言いたいのは……


「マーチさん、それで納得したんですか!? チェシャが勝手にワケわかんない理由づけして、単独行動しようとしてるのに……」

「森番が居ようと居まいと関係ない。僕には女王様からの命がある。全身全霊をかけ君を守るだけだ」


 だから、こんな時にそんな台詞をサラッと決めてくるのは反則だ。身構えていなかったアリスは恥ずかしさのあまり俯く。だが、今はマーチ・ヘアの真直ぐな意思伝達に照れている場合ではない。心臓を落ち着けるための呼吸を一つして、再び二色の双眸(そうぼう)に視線を向ける。


「わ、私は……納得できません」

「アリス殿、君の主張も正当だが、もう抗議している時間はない」

「いいえ、時間なんて関係ないです。モヤモヤしたまま進むくらいなら、ちょっと予定狂わせてでも戻るべきです」


 バッと振り向き、アリスは伯爵に訴える。


「伯爵、チェシャの居場所、特定してもらえませんか」


 アリスの真剣な表情に少し眉を上げてから、伯爵は柔らかな微笑みを見せ、マーチ・ヘアに言った。


「どうやら私も、自らの性分(しょうぶん)には逆らえないらしい」

「何を……」

「チェシャ猫君の考えと君の判断を否定したいのではないが……私は、やはりアリス嬢の意思を最優先に尊重したい」


 言い終わると同時に、彼はアリスをふわりと抱え上げる。わっ、と声を漏らしたアリスに「掴まっていてくれ」と囁き、その背に黒い翼を出現させた。他の者が止める間も与えず、伯爵は地を蹴りアリスを連れてゆく。音波で察知したチェシャ猫の居場所――東棟の一階へ。



「あ、あの、伯爵」

「大丈夫さ、もうすぐ着く」

「じゃなくて、どうして……」


 北棟の上空。不思議そうに、申し訳なさそうに見上げながら尋ねるアリスに、伯爵は再び微笑む。


「先も言ったように、私は自らの性分には逆らえないようだからね。チェシャ猫君やマーチ・ヘア君より、愛らしい女性(きみ)に味方したくなったのさ」


 その返答にアリスが頬を染めて俯いた時、ちょうど伯爵は東棟の入り口に降り立った。抱えていたアリスを降ろし、頭を撫でる。


「行っておいで、アリス嬢。君が納得できるように」

「はいっ!」


 大きく頷いたアリスはチェシャ猫を呼びながら東棟一階の廊下を駆け抜けていく。


「チェシャーっ!」


 勝手に部屋のドアを開けていくのはさすがに失礼だ(し、着替え中の場面に遭遇するなどのハプニング極力は避けたい)と思ったため、ひたすら呼んだ。そろそろ二階への階段が見えてくるかと思った、その時。

 左斜め後ろから腕を引かれて、同時に右手側から伸びてきた手に、アリスの口は(ふさ)がれた。引きずり込まれるように近くの部屋へ導かれ、ドアがパタンと閉まる音。

 自らの危機を悟ったアリスは、せめてもの抵抗として「んんー!」と言語にならない音声を発する。が、次の瞬間彼女は思いがけず解放された。


「えっ、あ、あれ……チェシャ!?」

「まったく……あんまり大きな声で呼ばないでくれるかなぁ? 一応俺、名目(めいもく)上はアリスちゃんと同時にこの城からいなくなることになってるんだから」

「だってそんな、私聞いてないしっ……てゆーか! どうしたの、その服……」


 ぶつけようと思っていた不満は、いざチェシャ猫本人を目の前にしたところで頭からほぼ飛んでしまった。アリスが得た視覚情報――すなわち、チェシャ猫がリスティスの衛兵と同じ衣装を身に(まと)っている光景――は、それほど衝撃的だったのである。


「コレ? さっき調達したのさ。こっから必要になると思ってね」


 問いかけに対して、最小限しか答えないチェシャ猫。アリスの知りたがっている彼の真意は、(少なくともこの城内において)口にできるものではないらしい。

 けれど、とアリスは考える。今まで一緒に来てくれたのに、皮肉や嫌がらせばかりではあったが、ちゃんと導いて助けてくれていたのに……どうして今になって別行動をとるなどと言い出したのか。……そうじゃない。それを聞いてもマーチ・ヘアが口にしていた「諸々(もろもろ)の理由」を再び突きつけられるだけだ。はぐらかされるのは御免だし、かといって納得できないのも嫌だ。

 真正面から(若干睨むぐらいの勢いで)チェシャ猫に視線をぶつける。


「マーチさんに聞いたけど、納得できなかった」

「そりゃあ残念。ただ悪いけど、論理的思考力に(とぼ)しいアリスちゃんの納得を待っている猶予(ゆうよ)はないんだ。アヴァロンの侵攻はじき始まる。知ってるよね?」

「何で……どうして先に相談してくれなかったの?」


 泣かないように、作っていた拳を握り直す。アリスの瞳には、半ば呆れるように目を閉じるチェシャ猫の表情が映った。


「リトル・ジョンが解放されて、『進むべき(ルート)』は見えただろ。俺は役目を果たしてるじゃないか」

「そんなの答えになってないっ……! 私は確かに……勇者として足りない部分ばっかりだけど、それでもっ……こんなのヒドイよ……せめて、もうちょっと早く言って欲しかった……」

「……あのさぁ、自分で設定した出発時刻破ってまで、文句並べるためだけにわざわざ俺のトコ来たのかい? (あらかじ)め言えって思うのは分かるけど、こっちだって想定外、『御一行』から離脱する計画を綿密に立ててきたワケじゃないんだ。頭弱いなりに、少しは察してくれないかなぁ?」

「なっ、そんな言い方っ……!」


 アリスの反発はそこで途切れる。同様に、思考もふっと途切れてしまった。

 体の内側から湧き起こる怒りやら悔しさやらを溶かすように、ハッキリとした温もりがアリスを包み込んでいく。まるで自分の表情を見せまいとするように、強く強くアリスを抱きしめるチェシャ猫。腕力の差は歴然で、混乱しながらアリスが押し返したところでびくともしなかった。


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