緊張の朝 ―宣戦布告―
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木漏れ日が踊る森の中、白い日傘の下で、臙脂の髪がなびく。その日傘を奪って、突き飛ばす。幼い頃から時折夢に見る彼女の姿は、彼自身が抱く罪の意識の表れであるかのようで。
―「返して! 返してよアーサー!」
―「姉さん、姉さんの魔力は大きすぎる。争いを生み、キャメロットに害をもたらす存在だ」
―「いや! いやよ、どうして……どうしてそんなこと言うの!?」
―「……キャメロットを守るためだ」
―「私も一緒に守る! 私の力はそのために、そのためだけに使うから……!」
涙ながらに訴える彼女に、彼は剣を向けた。父王にすら扱えない、聖剣・エクスカリバー。魔力の影響を一切受けないゆえに「聖剣」と呼ばれるソレが鞘から抜かれ、彼女は愕然とし、悟る。彼の決意は本物なのだと。自分は、彼にとって不必要なものに成り下がってしまったのだと。
―「血の繋がった者を斬りたくはない。どうかこのまま去ってくれ。そしてどうか、二度とキャメロットの地を踏まないよう」
彼女は何も答えなかった。涙も流さずゆらりと立ち上がり、彼に背を向けた。彼は見送った。剣を握りしめたまま。一歩一歩、森の奥深くへと消えていく、姉の姿を。
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日の出から数時間後、キャメロット王宮内にて。それは、何の前触れもなく訪れた。
「申し上げます! アーサー王陛下!」
「どうした?」
扉が跳ね返るほどの勢いで入室した円卓の騎士・トリスタンに、外出準備をしていたアーサー王は手を止めて振り向く。
「そう取り乱すなど、お前らしくな……」
「姉君が動かれました!!」
トリスタンを宥めようとした穏やかな語りかけは、瞬く間に遮られた。緊迫したトリスタンの雰囲気が、アーサー王にも伝播し、表情を硬くさせてゆく。
「……状況は」
「明確な宣戦布告でございます。城門にこちらが」
朝9時、番兵の交代時間に発見されたのは、茨によって城門に括りつけられた手紙だった。内容はいたってシンプルで、『本日11時より、アヴァロン並びに同盟諸国は、キャメロット王政をただしに行く』とだけ記されていた。
時計を見なくても分かる、あと2時間もない。しかしアーサーには、この時間設定に込められたモルガンの意図が手に取るように分かった。自分が号令を出せば、臨戦態勢は調うだろう。円卓の騎士たちを中心に固められたキャメロットの指揮系統は、それほど優秀だ。だからこそ、準備をさせた上で打ち破る必要がある。アヴァロンがキャメロットより優れた国家であるという「事実」を、周辺諸国にも明示するために。
「陛下、いかがされましょう」
「……準備だ」
「はっ、では直ちに迎撃の……」
「違う」
罪の意識は消えない。あの日あの時、モルガンを国外追放したのは他でもないアーサー自身であり、幾度悔やんでもその事実は覆らない。
「和議を申し出る。俺が敵国の大将と直接話そう」
「な、何をおっしゃいますか! もはや姉君にはそのような……」
「トリスタン、俺はあの日のことを一日たりとも忘れたことはない。情けないことに、毎夜悔やむばかりだ。もっといい方法があったはずだ、と。どうして父上に抗議しなかったのだろうか、と」
「それは……恐れながら、当時の御年では、先代に聞き入れてもらえなかったと」
「ああ、昔の俺もそう考えた。だが最近特に思うんだ、もっと無鉄砲になるべきだった、何事もやってみなければ分からないものだった……と」
「……勇者殿ですか」
「剣も弓も知らず体術も劣るというのに、アリスは仲間を守るためランスロットを引きつけた。『見込み』という言葉を知らないのかと目を疑った。しかし同時に……胸を打たれた」
懐かしむように瞼を閉じるアーサーに、トリスタンはついに返す言葉を失う。こうなった主の考えを変えさせることはできまいと、彼の長年の経験が諦めさせていた。
「民には王宮および教会地下または病院への避難を呼びかけろ。一人もこぼすな」
「はっ!」
「兵士は三名一組で各教会と病院の守備、ほか二百名を王宮に残し、あとはリスティスへ向かわせる。あの場所を落とすワケにはいかない。国境守備隊も急ぎ合流させろ」
「リスティスへ……しかし、11時にはとても」
「間に合うさ。ペリノアが密かに収集している兵器がある、それを使えばいい」
不敵な笑みを見せ、洋紙にサラサラとペンを走らせるアーサー王。見れば、それは「リスティスに蓄えている財産・物資をこの戦いに献上せよ」との勅命だった。もちろん、戦いに勝てば使用した物資に加え謝礼として倍増させた量を王宮および王都から譲渡するという旨も添えてある。
「兵と馬だけ向かわせればいい。俺は一足先に行く」
「お、お待ちください陛下! お一人でなど決して」
「大丈夫だ。リスティスには既に、腕の立つ奴らがいるからな」
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同様の知らせは、リスティス城内にも駆け巡っていた。モルガンによるアヴァロン軍侵攻の予告が、リスティスの城壁にも貼られていたのである。
当然と言えば当然なのだが、ペリノア王はピリピリしていた。リスティスはキャメロット王国の最北拠点、落とされれば王国の劣勢は必至であり、そればかりか領主としての立場も危うくなる。リトル・ジョン解放を巡りチェシャ猫に言い負かされたこともあってか、彼の苛立ちは使用人にも汲み取れるほど明らかだった。
その状況を踏まえ、アリスはマーチ・ヘアの意見を採用した。このタイミングでリスティス城を出立することにしたのである。
キャメロットとアヴァロンとの戦争開始が気にならないわけではない。ただ、自分の目的を忘れてはいけないとアリスは考えた。争いの種になるマレフィセントの涙は、一刻も早くモンス・ダイダロスで(うまくいくかも分からないが)捨てなければならない。そしてその任務は、アヴァロン軍の人員がキャメロット侵攻に割かれ、アヴァロンの国防そのものが緩まる今だからこそ、成功の可能性が上がるのだ。
アヴァロンの進軍開始予告時間が11時だと聞いたアリスは、10時半には城を出ると決定し、集合場所はユフィが預けられているリスティス城北側の馬屋前とした。
そして集合時間20分前、最初に馬屋前へとやって来たのは、アリスとリトル・ジョンだった。様々な手助けをしてくれたトー卿に礼を言いに行き(ちなみにペリノア王のところへはマーチ・ヘアと伯爵が挨拶に行ってくれた)、荷造りをして、ちょうど1時間弱かかったのである。
「アリス、緊張してんの?」
不意に投げかけられた質問に、アリスは肩を震わせた。リトル・ジョンとは知り合って間もないが、それでも今のあからさまな動揺は気付かれてしまっただろう。
「あ、当たり前だよ……そもそも私、初めてだし……」
平和ボケ産出国とすら思われても仕方ないほど平和な日本で生まれた自分が、こんな風に戦争の始まる前の言い知れぬ焦燥や静寂を肌で感じるなど、どうして予想できよう。アリスの脳内ではすでに、教科書でしか見たことのない兵器や重戦車がドンパチ繰り広げる地獄絵図の予告編が放映されていた。
「てゆーか俺、モンス・ダイダロスまで付いてく気はないよ。あんたと行くのは……」
「ロビン・フッドに遭遇するまで、だよね? 大丈夫、充分心強いよ」
見上げて微笑むアリスに、リトル・ジョンは目を丸くする。シャーウッドの仲間以外で、自分に対し、今までこんな風に笑いかける存在があったろうか、と。大きな図体に半人半熊という稀有な見た目、更に短剣や弓を装備している姿を前にすれば、誰だって臆し、逃げ惑う。人間の女は総じてその反応だった。悲鳴をあげられることなど、慣れていた。
だからこそ今、戸惑う。隣に立つ勇者アリスは、自分が牢から出されてからというもの、一切恐怖を向けてこない。
「ジョンさんは、ジョンさんの信念に沿えばいいと思う。ロビン・フッドを止めたい、シャーウッドに平和をもたらしたい……そう願ってココに立ってるんだろうな、って、何となく。想像だけど」
「あんたの期待通りに機能しないかもよ、俺。ロビンは強いし、止めらんないかも」
「そっか……じゃあ、困ったら呼んで」
「……は?」
どうしてアリスは、自分を見ても恐怖せず、冷たくあしらっても明るく返答するのだろう。どのように生きて、何を見て、どんな人間と語らえば、彼女の持つような「芯」が作られるのか。




