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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
64/258

ひそやかな変化(決断)

 ***


 ロゼが女王として下した決断は、「財務官失踪」という幕引きを招くこととなる。擬人化した黒の(ブラック)ナイトに跨り、キングポーン消滅地点へと向かったマッド・ハッターは、(マーチ・ヘアの姿をした)何者かに遭遇し、捕縛されたかあるいは敗北したようだった。

 城内に残ったマーチ・ヘアも耳をそばだたせていたが、キノコの森各所でしばらく鳴りやまなかった爆発音が、小規模とは言え音声を完全に捉えさせなかったらしい。ただ、マッド・ハッターが意識を失う直前、最後の最後に残した言葉は、マーチ・ヘアの耳にハッキリと届き、ロゼにも伝えられた。


―「ウサギ君……君でなくて、良かった……」


 マッド・ハッターが意識を失った(すなわち、マーチ・ヘアがキャッチできる彼の呼吸音が極端に小さくなった)のを境に、キノコの森の騒ぎは鎮静化した。新たなぼや騒ぎが起こらなくなったのである。

 ロゼの考えは楽観に過ぎなかった。ハートキングダムがキャメロットとアヴァロンの戦力均衡(きんこう)(はか)ったところで、アヴァロンは戦力増強を目論(もくろ)み、キャメロットも応戦せざるを得なくなる。更に、アヴァロンの戦力としてマッド・ハッターが動けば、当然キャメロットとハートキングダムの同盟関係も揺らぐ。実際はアーサーの聡明さが二国間の軋轢(あつれき)を回避させたが、それは奇跡に近い結果だった。


 マッド・ハッターが消息を絶ってから、マーチ・ヘアの淡白さに拍車がかかったように思う。心の内に粛々と巣食うあの日の後悔は、紅茶談義を交わした思い出と共に押し込められているのだろうか。マーチ・ヘアが軍人としての自身に磨きをかけるにつれ、彼の(まと)う危うさも増している気がした。

 願わくば、アリスとの旅が彼に「柔らかさ」を取り戻させてくれるよう……――


「ロゼ様、お体が冷えますゆえ」

白の(ホワイト)ビショップ、妾の楽観は……また苦痛を生むと思うか」


 月明かりに目を細めつつ、ロゼは寂しげに問う。

 石碑に姿が描かれていたとは言え、勇者は絶対的に世界の救いになり得るのか。アリスを勇者として送り出せば、万事(ばんじ)平和へと向かってくれるのか。その時、アリス自身が代償として何か失うことがないだろうか。胸中に渦巻く不安の種は育つばかりで、送り出したことが正しかったのかすら、ロゼには分からない。


「貴女様に見えぬことが、どうして私めに(はか)れましょう」

「妾には、いずれ見えると?」

「そのような『系統』の元にいらっしゃいます」


 ハッキリと告げる白の(ホワイト)ビショップに「ならば見たいものじゃ」と返し、ロゼはベッドに戻った。全面戦争だけは起こらないようにと、星空に祈りながら。



 ***



 身体が目覚めようとしているのに、思考がついていかない……そんな(うつ)ろな世界の中。長く眠ってしまった気がして、飛び起きる朝と同じように勢いよく瞼を開けた。


「学校……!」

「アリス、落ち着いて。分かる?」


 ピタリと頬に添えられた手は、人間の掌とは少し違う質感を持っていた。異常な大きさ、若干の毛深さ、加えて処理された音声情報から推察し、アリスは思い当たる名を口にする。


「ジョン、さん?」

「ん、大丈夫そうだよ。喋れてるし、判断できてる」


 まだところどころぼやけているアリスの視界で、熊の耳を生やした大柄の男性がそう言う。と、その横に立っている人物――固く拳を握り祈っていたトー卿が、緊張状態から解放され椅子に座り込んだ。


「良かった……」

「首、繋がったね。腐れ領主も息子を殺さず済んだ」

「その呼び方、やめてもらえますか」

性根(しょうね)が腐ってんのは事実だし」

「すまないが、口論をしたいのなら退室してもらおうか」


 ベッド脇で睨みを聞かせ言い合ったリトル・ジョンとトー卿は、マーチ・ヘアの一言で口を(つぐ)んだ。段々と意識と記憶が明瞭になってきたアリスは、自分の目を疑うように瞬きを繰り返す。


「てゆーか、この部屋……あれ? ジョンさん、牢屋から出てる……? それに、トー卿……? 私、宝物庫でロビン・フッドに会って、それから……」

「アリス殿、僕から説明しよう」

「マーチさん……」


 通常運転に近付いてきた頭で、マーチ・ヘアの話を処理し始める。

 ロビン・フッド侵入直前にアリスの部屋に矢の雨を降らせたシャーウッド義賊の残党は、マーチ・ヘアの説得により「打倒アヴァロン」を掲げることとなった。それを知ったロビン・フッドは、去り際アリスに筋肉の動きを徐々に低下させる毒矢を吹く。


「どうやらロビン・フッドは、アリス殿が見つけた経路と別のワープホールを使っていたらしい。森番と伯爵が捜索している。その抜け穴が使えなくなれば、今後シャーウッドからの侵入者が知らぬ間に金品を強奪することはなくなるだろう」

「アリスさん、それに関しては父上に代わって私からお礼を言わせてください。こちら側も、その、シャーウッド獣人村落への認識・対応を改めるべきだと……少なくとも私は、そう思いましたから……」


 視線を落としながらのトー卿の言葉に、リトル・ジョンはそれでも不満そうに「三男坊に出来ることなんてたかが知れてそうだけど」と小さくこぼす。

 アリスの記憶が正しければ、ややこちらに協力的だったとは言え、トー卿も父王の敷く(シャーウッドに対する)圧政については賛同していたはずだ。不思議そうにトー卿を見つめるアリスに、マーチ・ヘアが続けた。


「リトル・ジョンが解毒剤を所持していなければ、君の蘇生(そせい)は叶わなかったかも知れない」

「かも、じゃなくて万に一つも無理だよ。シャーウッドお手製の毒薬だし。ラッキーだったね、アリス」


 牢屋の鍵を持っていたトー卿が開錠に踏み切った理由はそこにあった。未だシャーウッド以外には知られていない毒薬……それを今までリスティス城侵入の際に使っていなかったことが分かり、獣人村落は自分たちにとっての「脅威」になり得ると察したのである。


「ジョンさん、あの……私、もう起きても大丈夫なんでしょうか」

「さぁ? 体の末端……あー、指先とか? そこら辺がちゃんと思い通りに動くんなら大丈夫だと思うけど」


 試しに手足の指先を動かしてみる。と、まぁおかしな感覚はなさそうだったので、半身を起こそうと腹筋に力を入れた。すかさずマーチ・ヘアが背中を支えてくれたので、「すみません」と呟く。起き上がったことで、ようやく時計が確認できた。午前6時前、ロビン・フッド襲撃から、5時間近くアリスは眠っていたらしい。

 まずはリトル・ジョンとトー卿に礼を言った。リトル・ジョンが解毒剤を持っていなければ当然助からなかったし、加えて、そのリトル・ジョンを幽閉している牢屋の鍵を(この城で唯一話の通じる)トー卿が持っていなければ、服用することができなかった。

 にしても、度重なる拷問を受ける中で、怪しい薬など持っていれば即座に没収されたはずなのに……その疑問を口にすると、リトル・ジョンは奥歯を指差した。シャーウッドではよくやる隠し方だそうだ。いざとなったらペリノアの息子いずれかに毒矢を撃ち、解放の交渉アイテムにしようと考えていたらしい。その恐ろしい策が実行されなくて本当に良かった、とアリスはこっそり思った。



 ***



「意思は変わらないのかな?」


 リスティスの城北部・馬屋付近にて。独特の音波である「音なき声」を発し、その反響音を解析していく伯爵。その斜め後ろを歩くチェシャ猫は両の耳を先までピンと張らせて「魔力の発動の有無」を察知していた。魔力の発動があれば、そこに「ロビン・フッドが使っていたワープホール」が存在する可能性が高い。

 リスティスの城内全域にわたって調査するのはいささか骨が折れる上に退屈でもある。襲撃のせいで結局浅い眠りしかとれていなかったチェシャ猫が欠伸をしたところに、先の伯爵の質問が投げかけられた。ただ、話題提示にしては唐突な上、修飾も足りない。伯爵の聞きたいことを(おおむ)ね察してはいたものの、チェシャ猫は尻尾をくるるんっと揺らしながら「随分いきなり、何のことだい?」と若干わざとらしく聞き返した。


「その返答は、私が見くびられているという解釈でいいのだろうか。奇襲前、城内を詮索していた時、少し気になったんだが」

「……あーあ、やっぱり伯爵サマは違うなぁ。敵が苦し紛れに吹いた毒矢食らって眠りこけてるようなどこかの鈍感勇者とは雲泥の差だ」


 背伸びをしながら皮肉たっぷりにそう返したチェシャ猫に、伯爵は苦笑しながら「アリス嬢は気付くまいよ」と再び「音なき声」を放つ。チェシャ猫も気を取り直して耳に意識を集中させながら、答えた。


「あまりに鵜呑みするから、危なっかしいんだよね」

「彼女なりの信頼なのだと思うが?」

「ははっ、伯爵サマも結構面白いこと言うんだねぇ。この世界がひっくり返ったってそれはあり得ないよ。俺は『惑わせる者(チェシャ猫)』なんだから」


 半笑いで言うチェシャ猫に伯爵が何か返そうとしたその直後、「ストップ!」とチェシャ猫が上空を見上げ立ち止まる。見れば、その左耳は幽かな痙攣(けいれん)のような反応を示していて。


「多分近いよ、もう1つのワープホール……。騎士サマの読みも当たるもんだね」

「そうだな。『円卓の騎士随一の悪ガキ』という異名を持つだけのことはある」

「へぇー、使ったら怒るかな? その異名」

「使うのは自由だが、命の保証はしかねるよ。斬り殺される覚悟があるというなら別だが」


 伯爵の返した物騒な冗談に、チェシャ猫は溜息をついた。「あだ名使うだけで命落とす覚悟するワケないだろ」と。

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