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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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重なる異常事態 ―ハートキングダム実記―

「女王様、一体……?」

「単刀直入に聞く。そち、昨日リデルに出向いたか」

「いいえ。昨日はまだ山脈を超えておりませんでした。山頂付近の山小屋にて風雨を凌いだのが、昨晩です」

 女王が何故そのような質問をしたのかを問わないあたり、マーチ・ヘアの忠誠は確かなものだった。となると、2日続けてハートキングダム各所で見られた「マーチ・ヘア」は一体何者なのか。奇妙な事態に全員が思案を巡らせ沈黙していた、その時。


「大変だ!」

「大変だよ!」


 勢いよく扉を開けて駆け込んできたのは、魔力で擬人化され、キノコの森を巡回していた黒と白のキングポーンだった。聞けば、キノコの森の数か所で煙が上がっているという。チェシャ猫は「何でこんな時に面倒なことが起きるかなぁ」と溜息をついてから、2人のキングポーンと共に城を飛び出した。



「で? どの駒の管轄(かんかつ)でぼや騒ぎが起きてるんだい?」

「ちょっと待って!」

「ちょっと待ってね!」


 キノコの森に入る手前、女王のバラの園にて。2人のキングポーンは向かい合って立ち、両手を握り合って目を閉じる。どうやら他の駒と思念を共有しているらしい。彼らは10歳前後の見た目だが、内に秘める魔力はポーンの中でも群を抜く存在。

 チェシャ猫の知る限り、先代の女王も魔力を持つチェスの駒を使役していた。普段はチェス盤上の駒として置かれながら魔力を蓄えており、人手が必要になった際には「擬人化」した状態で、トランプ兵と共に巡回や戦闘を行う、いわばハートキングダムの「隠し戦力」である。


「分かった!」

「分かったよ!」

「煙が上がってる場所の担当は、ビショップポーンの白、白の(ホワイト)ルークと黒の(ブラック)ルーク、ルークポーンの黒、黒の(ブラック)ビショップ、クイーンポーンの……」

「ちょっとストップ、それ本当? 何箇所か盛ってない?」

「盛ってない!」

「盛ってないよ!」


 そんなに多くの管轄で火災が起きているとなると、下手すればあっという間にキノコの森全域に燃え広がってしまう。最悪の事態を想定したチェシャ猫は、白のキングポーンに指示する。


白の(ホワイト)ナイト、ここに召還して欲しいんだよね。できるかい?」

「ロゼの許可要る!」

「ロゼの許可要るよ!」


 口を尖らせながら主張した白のキングポーンに続き、黒のキングポーンも重ねて訴える。対してチェシャ猫は頭をかきながら()えて苛立ちをアピールした。


「分からないかなぁ? 非常事態ってこと」

「……しょうがない」

「……しょうがないね」


 次の瞬間、白のキングポーンの額にチェスのナイトを(かたど)った文様が浮かび上がり、青白く光った。瞳を閉じた白のキングポーンが「(きた)れ、白の(ホワイト)ナイト」と詠唱すれば、城の方から青白い光を帯びたものが飛んできた。


「参上つかまつった」


 2人のキングポーンとチェシャ猫との間に、純白の体を持つ馬と、銀の甲冑(かっちゅう)に身を包んだ騎士が現れる。これこそが、女王ロゼの部屋にあった白の(ホワイト)ナイトの駒が「擬人化」した姿であった。


「じゃあ大まかに伝えるよ。キングポーンのペアは時計回り、俺と白の(ホワイト)ナイトのペアは反時計周りにぼや騒ぎが起きてる箇所を潰してく。君たちなら大抵の鎮火は出来るはずだ」

「出来る!」

「出来るよ!」

「手に負えない事態が起きたら白の(ホワイト)ナイトに思念リンクさせて俺に伝達。オッケー?」

「了解した!」

「了解したよ!」


 キングポーンたちの返事を聞いたチェシャ猫は、さっと白の(ホワイト)ナイトに(またが)り、まず黒のクイーンポーンが見回っている地点へ向かった。


 ***


 回ってみればなんてことはない、全てが全て、小さなぼや騒ぎだった。ここ数日の乾燥した空気と本日の強い風が森に与えた影響であり、人為的な工作ではないのでは……そんな仮説すら浮かんでくる。

 やはり少し気を張り過ぎていたのだ。カトゥタカに出向いていたマーチ・ヘアの姿が各所で見られたのには何者かの作為を感じるが、それと今回のぼや騒ぎとは無関係であろう。第一、アヴァロンに動きがあったところで、わざわざ国境の接していないハートキングダムにちょっかいを出すことなど……


「……妙だ」

「どうしたんだい?」


 思考するに連れ緊張感を緩ませていたチェシャ猫の耳に、白の(ホワイト)ナイトの声。馬の脚こそ止まらないものの、銀の甲冑から響く声には、戸惑いが含まれていた。


「キングポーンらの魔力が急激に尽きた。既に女王様の盤上へ(かえ)っている」

「何だって? 白も黒も?」

「違いない」

「そこまでの大火(たいか)があった……?」

「鎮火による魔力消費にしては減り方が異常だった。恐らく、攻撃を受けて消耗したと考えられる」


 チェシャ猫は本能的に危機を察知した。白の(ホワイト)ナイトの言う通りならば、キングポーン達を退(しりぞ)けたのは、立て続けに目撃された「マーチ・ヘアの姿をした何者か」であるに違いない。

 大至急この状況を他の駒および女王に報告するようにと指示を出し、チェシャ猫は取り急ぎ全てのぼや騒ぎを鎮火しに行った。


 キングポーンに起きた異常事態は、白の(ホワイト)ナイトから白の(ホワイト)ビショップを通じ、ロゼに伝えられた。同時に、その場にいたマーリンやマーチ・ヘアもその状況を把握する。


「よもやキングポーンが2体同時など……単独の所業(しょぎょう)であるならば、並の術者ではございませぬぞ」

「……そうであろうな」


 マーリンに対し静かな同意をしたロゼは、どうしたものか、と考える。キングポーンを凌駕(りょうが)する魔力の持ち主となると、トランプ兵をいくら向かわせたとして意味をなさない。より強力な駒――有事に備え盤上に封じてある黒と白のキングやクイーン――を擬人化させて向かわせるか……そう考えて玉座から腰を上げようとしたロゼの前に、マーチ・ヘアが(ひざま)いた。


「女王様、ここは僕が」

「待ちたまえ」


 言葉と共に入室してきたのは、紺の帽子を目深にかぶり、チェーン付きの片眼鏡をした男――ハートキングダム財務官を務めるイカれ帽子屋(マッド・ハッター)だった。エナメルの革靴をコツコツと言わせながら、マーチ・ヘアの横に跪いて進言する。


「女王様、今回はぜひ、私に出向かせてもらいたい」

理由(わけ)を申せ」

「キングポーンが討たれた以上、相手魔力の上限は未知数であり、女王様が起こそうとしている駒で対処が可能かも測りかねる状況であるのが一点。また、相手はこちらの軍司の姿を借りているとか」

「待てハッター、だからこそ僕が直接、」

「御覧の通り、表情とは裏腹にだいぶ頭に血が上っているようだ。考えてもみたまえ、ウサギ君。君がこの場を離れたとして、次に城の扉を叩いた『マーチ・ヘア』が『本物』であると一体誰が証明できる? 今の君が『本物』であると確信をもって言えるのは、『君がマーリン殿によって強制帰還してきた瞬間』を皆の目が捉えていたからだ。よって君はこの場を離れるべきではない……というよりむしろ、離れてはいけない。『マーチ()ヘア()』が城内から姿を消した瞬間、場内に『マーチ()ヘア()』を見抜ける者はいなくなる。それは(すなわ)ち、『マーチ()ヘア()』を城内に招く隙を作ってしまうことと同義なのだよ」


 学者さながらの論理立った仮説は、マーチ・ヘアの異議を全て棄却(ききゃく)させた。女王は玉座に座り直し、扇を開く。口元を隠しながら数秒思案し、パタッと扇を閉じた。


「ハッター、そちの希望を通そう。黒の(ブラック)ナイトで向かえ」

「御意」


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