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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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二度目のチャレンジ(情報収集)

 確かに、勇者アリスが連れてきた者達はその言動でアリスを担ぎ上げ、協力を(あお)ごうとする。だが当のアリスは……


「と、とにかく! お願いします! 何でもいい、シャーウッドの情報をください!」


 ダメでもともとと分かっていながら、なおも頭を下げる。


「もし発言するのがダメなら、筆談でも!」

「アリスちゃん、それじゃ筆跡でバレるじゃないか」

「じゃあ、口パクとか?」

「構わない。読み取ることは可能だ」

「ですからその、私は協力することは……」

「でしたら、ダメな理由を教えてください! 直します!」


 拒否しているのは立場上の理由であって、直す・直さないの問題ではない。どこまでアリスの理解が及んでいるのか、トー卿には分からなかった。たった一つ分かったのは、勇者としてやって来た彼女の言動は、父から(あらかじ)め聞かされていた人物像とは異なる、ということ。


「……これは独り言なので、気にしないでください。相槌(あいづち)も要りませんし、質問も受け付けません」

「えっ?」

「シャーウッドなんて獣人(じゅうじん)村落は、野蛮極まりない。滅びて(しか)るべきです。元来リスティスの一部だった森に勝手に集落を築き、地租などの納税にも応じない。挙句、こちらの正当な徴税(ちょうぜい)行為に歯向かい、義賊を名乗ってこの城から金品を奪っていく始末です。弾圧されても文句は言えませんね。仲間意識は強いと聞きますが、その希薄さも知れています。仲間の身代わりに自ら捕虜となったリトル・ジョンを、誰も助けに来ない」


 ほぼ一呼吸で言い終えたトー卿の前で、アリスは目をぱちくりとさせた。アリスだけではない。短剣をつきつけていたマーチ・ヘアも、どんな痛みをもって聞き出そうか思案していたチェシャ猫も、トー卿の饒舌(じょうぜつ)な「独り言」に何も返せなかった。


「い、今の……」

「ですから、申し上げましたように……独り言です。……何か問題でもありましたか?」

「問題なんて、そんな……あの、どうして急に……」

「し、質問は受け付けません! あくまで独り言です」


 次の瞬間、トー卿の瞳には、(つぼみ)が花開いたかのようなアリスの笑顔が映った。緊張の糸が(ほころ)んだような、喜びに満ち溢れた笑顔。


「ありがとうございます! とっても助かりました」

「ちょっと待ってよアリスちゃん、今の情報のどこで助けられたんだい? 少なくとも俺には、」

「いいの、だって今のはトー卿の独り言だよ? 私たちはたまたま聞いちゃっただけ。マーチさん、解放してあげてくれませんか、彼のこと」

「……これを逃せば次はないと思うが」

「大丈夫です。あとは私が、リトル・ジョンから聞ければいいだけなので」


 真直ぐそう言ったアリスは、トー卿に向かって頭を下げた。


「失礼なことして、混乱させてしまって、本当にごめんなさい。ペリノア王には、明日はちゃんと聞き出しますって意気込んでた、と伝えてください」

「あ、はい……」


 マーチ・ヘアが短剣を(さや)におさめ、トー卿は立ち上がる。見送ろうとドアを開けるアリスに、彼は思わず問いかけた。


「あの、本当にアレだけで……」

「充分です。貴方が親切な人だって分かりましたし……ご迷惑かけました。えっと、おやすみなさい」

「……貴女も、良い夢を」


 まともな挨拶を返されたことが、アリスにとっては意外だった。ペリノア王の息子というだけで何かしらの偏見を抱いていたのだと気付く。トー卿の退室後、ぱたんとドアを閉めてから、一息。


「本っ当に良かったのかねぇ、大丈夫なのかい?」

「多分……今晩みたいにはならないと思う。てゆーか、しない」

「アリス殿がそう言うなら任せる」

「あっ、そうだ! マーチさん、例の毒見の対策、早速私、明日の朝からやってみたいです」

「ああ、伝えよう」


 マーチ・ヘアから作戦を授かったアリスは、チェシャ猫と共にそれぞれの部屋に戻った。


「チェシャも、心配してくれてありがとね」

「何がだい? 確かに君の能天気かつお人好しな対応に驚かされっ放しで、正直これから先いらぬ損害ばかり(こうむ)る君の将来すら見えかかってるけど、別にこのミッションが終わればそれまでだしね。俺が心配してるワケないだろ」

「そう?」

「そうだよ。自意識過剰さ」

「……そりゃあ私だって、もうちょっと聞きたかったけど……一晩でそんなに詳しくなったら逆に不信感与えちゃうかなって」

「ペリノア王にかい?」

「ううん、リトル・ジョンに」


 自分の客室前に着いたチェシャ猫は、ぐっと背伸びしながら「なーんだ、弱い頭なりに考えてたんだね」と答え、ニヤリと笑った。いらない修飾語にムッとしてから、アリスは向かいの部屋のドアのぶに手をかけた。


「明日は絶対、彼としっかり話してみせるから」

「結果報告を楽しみにしてるよ」


 そして二人は、同時に扉を閉めた。



  ***



 長くて暗い廊下を進みながら、アリスは何度か深呼吸をした。大丈夫だ、昨日とは明らかに違うのだから。策もあるし、覚悟もある。


「おはようございます。ジョンさん」


 返事はない。が、昨晩と同じように膳をランプの傍に置いて、鉄格子の向こうの暗闇に話しかけた。


「こんな暗いと時間も分かりませんよね。今は大体朝の8時です。今日からはちゃんと3食用意するので、安心してください。もちろん、毒見もバッチリしますからね!」

「……懲りないね、あんた」

「起きてたんですね、良かった。えっと…今から毒見するんですけど、見えますか? あんまり私が食べ過ぎると、貴方の分なくなっちゃうので」


 アリスの方からリトル・ジョンの姿が確認できず、問いかけてみる。と、ジャラララ……という重たい鎖の音が、昨晩よりも多めに聞こえた。


「帰れよ……ペリノアの雌犬」

「貴方にこれを食べてもらうまで、帰りません」

「だったら俺と、心中する? ……そんな覚悟、ないくせに」

「心中する覚悟なんてしません。私は、貴方を連れてこの国を早く出たいから」


 リトル・ジョンの応答が詰まり、アリスは畳みかけるように続ける。


「貴方をここから出したいって、昨日も言ったんですけど……やっぱり聞こえてなかったんですね。私、旅をしてるんです。見えますか? 私が首から提げてるこの魔法石、『マレフィセントの涙』って言って、この世界に争いを引き起こさせてしまうんです。だから、処分するためにアヴァロンへ行くんです」


 話しながら、涙をランプに近付ける。変わらぬ青い輝きに、アリスも目を細めた。


「アヴァロンは危険だから、仲間が必要で……貴方の力を借りたいんです。モルガンの側近であるロビン・フッドをよく知る…」

「アイツの名前を出すなあああ!!!」


 ジャラジャラという大きな音は、リトル・ジョンを繋いでいる鎖が激しく動いたことを物語っていた。突然の叫びに息を呑み、アリスは口を(つぐ)む。


「帰れ……帰れよ、雌犬……」


 姿が見えないからこそ、アリスの耳は平常時より細かく音を聞き分けられたのかも知れない。先ほどまでの「帰れ」とは種類が違うと、すぐに判断できた。アリスを拒絶していることに変わりはないのだが、そこに混ざるのは「怯え」「痛み」「悲しみ」そして……「困惑」だった。


「……帰りません」

「あ、あまりしつこいと……その腕、食いちぎるよ……!」

「私のこと、見えてるんですね。じゃあ今から、ここに持ってきた食事を毒見します。ちなみに私からは、貴方がどれだけ鋭い牙を持っているか全然見えないので、何言われても脅されてる感じしないですよ」


 言いながらスプーンを持つ。そして、何の躊躇いもなくスープを飲んだ。同じく、パンを少しちぎって口にする。アリスには、絶対に毒など入っていないという確信があった。なぜなら、マーチ・ヘアに伝授された作戦通りにその食事を調達してきたからである。


「量があんまりなくてごめんなさい。でも、貴方には安全なものを食べて欲しくて、皆にも協力してもらったんです」

「協力……?」

「一緒に旅をしている皆に。貴方を待っているのは、私だけじゃないんですよ。だから……はい、釈放されたときにフラフラだったら困るので、食べてください」


 鉄格子の隙間から、手を伸ばすアリス。その掌には、一口サイズにちぎられたパン。しかし、牢の中にいるリトル・ジョンの動く気配はなく、鎖の音も聞こえない。

 アリスは内心ほんの少し焦り始めていた。というのは、別に、ペリノア王に歯向かっておきながら成果が出せないことを恥じたのではない。昨日はそうだったので、もう彼にどう思われようが気にならなくなった。ただ何より、協力してくれたマーチ・ヘアや伯爵やトー卿、バカにしてきたチェシャ猫に顔向けできなくなってしまう……それが嫌だった。食べてもらわないと、話ができないと、始まらない。


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