表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
46/257

困惑の第三子 ―トー卿―

 肩を落としたままのアリスに、チェシャ猫が背伸びをしながら言った。


「てゆーか、伯爵サマの理論でいくとさぁ、アリスちゃん完全に詰んでるんじゃないかい? このまま何度か会いに行ったところで、絶望を分析するどころか、()()けられるオチは確定してるよ」

「まったくもってその通りだ。私の読みが甘かったせいで、アリス嬢を余計に悩ませてしまったね、すまない」

「それって、どういうことですか……?」


 予期せぬ伯爵の謝罪にアリスが困惑していると、ランスロットが溜息をついた。


「あわよくばで期待してたってことだろ。女が行けば簡単に馴染(なじ)むとか……世の中全員お前じゃねぇっつの」

「傷心に効く何よりの癒しは女性の可愛らしさじゃないか」

「だからソレが違ぇんだよ。世の中の男が全員お前と同じじゃねぇ」

「なるほど、今の僕たちに必要なのはリトル・ジョン捕縛に至る経緯、もとい彼に関する情報。そしてアーサー王の王宮にそれらの詳細がなかったということは……」

「シャーウッドの盗賊に関する資料や記録は、全てココの領主サマが握っているってワケか。にしても、隣国絡みの報告すら上げないだなんて、国王サマと『先代派』との溝は想像以上に深そうだ」


 どうしようと煮詰まっていたアリスの脳が、再び回転を(うなが)される。うまくいかなかった原因、必要なもの、打開策……それらが集まり背中を押す。自分一人だったら、こうはならなかっただろうと、確信した。


「……おい、何笑ってんだよ」

「えっ、あ……えっと、すごく嬉しくて」


 一人では解決できなかったであろう状況が、きちんと分析され、対策され、進展していく。その過程を目の当たりにしたことで、アリスにとって彼らの心強さはA評価となった。


「はあ? 能天気爆発させてんじゃねぇよ、甘ちゃんが」

「な、何ですぐそーやって!」

「ランスの暴言は親愛なる者にしか吐かれないよ、安心していい」

「伯爵てめぇ! 適当なこと抜かすな!」


 ベッドの上で胡坐をかいていたランスロットが、傍らの剣に手をかける。窓によりかかっていた伯爵は「そんなに怖い顔を向けてくれるな」と宥めながらも、逃げられるように窓を開けた。


「あの、もう夜だし、あんまり騒がない方が……」

「うるせぇ小娘!」


 ランスロットがあまりにも鋭い眼光を放ったため、アリスは抑制など無理だと悟った。次の瞬間には、窓から飛び立った伯爵を追いかけ、ランスロットも飛び出していってしまう。喧嘩っ早い騎士に呆れながら、アリスは気を取り直して尋ねた。


「マーチさん、さっき言ってましたよね? 無毒を証明する策はあるって」

「ああ。明日の朝から試してみようか」

「はい、是非!」


 大きく頷いたアリスに、今度はチェシャ猫が言う。


「だったらさぁ、リトル・ジョンとシャーウッドに関すること、早めに調べて頭に叩き込んどいた方がいいんじゃないかい?」

「そっか、朝食運びにいったときに話せた方がいいよね。でも、ここの書庫とか開放してもらえないような……」

「別にわざわざ本に頼ることないって。そうだろ? 軍司サマ」

「……そうだな、少し待っていてくれ」


 チェシャ猫がニヤリとした笑みをマーチ・ヘアに向けた後は、アリスが頭を抱える展開がやって来る。そんなジンクスは杞憂であって欲しかったが、どうやら今回も該当してしまったらしい。

 ほとんど音を立てずにランスロットの部屋を出たマーチ・ヘア。直後に「うわっ」という誰かの声が聞こえ、アリスは恐る恐る廊下の様子を(うかが)う。


「だ、誰ですか、その人……」


 廊下には、マーチ・ヘアともう一人、初めて見る人物がいた。ただし、その初対面の人物は現在進行形でマーチ・ヘアの短剣を首元に当てられており、降参状態となっている。アリスの後ろからひょっこり顔を覗かせたチェシャ猫が、愉しそうに言った。


「さっきから彼の息遣いがうるかさったんだよねぇ」

「えっ! この人、ずっと廊下に!?」

「安心しなよ、気付いてなかったのはこの場で最も頭が弱くて危機察知能力の低いアリスちゃんだけだったからさ」

「場所を変えようか。僕の部屋に移動する」

「は、はい……」


 謎の偵察者に短剣をピタリと当てたまま立ち上がり、マーチ・ヘアは自分に用意された客室へと足を進める。ほとんど状況が掴めていないアリスと、状況を面白がるチェシャ猫も、それに続いた。



「それで、この人は?」

「ペリノア王の第三子、トー卿だ」


 依然短剣を当てられたまま椅子に座らされている彼は、マーチ・ヘアより若い、恐らくチェシャ猫と同年齢ぐらいの男性だった。


「さぁて、愉しい時間の始まり始まり。こっちの話を全て聞いたんだろう? まさかタダで帰らせてもらえるだなんて虫のいい話は想定してないよねぇ」

「じ、自分は何も……たまたま通りかかっただけで」

息遣(いきづか)いは聞こえていた。この期に及んで随分と侮ってくれる」

「教えてくれないかなぁ? リトル・ジョン捕縛の経緯や、シャーウッドについて洗いざらい。頼むよ、こっちは世界がかかってるんだからさ」

「でなければ、少しばかり痛みを与えざるをえまい」

「ひっ……」

「ちょっと待って! 絶対ダメ!」


 いつもより低いチェシャ猫の声と、次第に冷たくなるマーチ・ヘアの瞳に、アリスは思わず叫ぶようにストップをかけた。短剣を持つマーチ・ヘアの手首を掴み、言いたいことは目で訴える。

 緊迫した空気の中、アリスの行動にチェシャ猫は笑った。


「やだなぁ、どこまでお人好し発揮するんだい? アリスちゃん」

「彼が僕たちの話を盗み聞いていたのは紛れもない事実だ」

「でもダメです。相手がズルをしたから自分もしていいなんて、それは幼稚園児です」


 向こうの世界ではよく、弟の恵太にズルを働かれた。おやつのじゃんけんでは幾度となく後出しをされたし、トランプの決着がつきそうな局面でだだをこねられて形勢逆転されるのもしょっちゅうだった。何度ムカついだろう、本当はその場で引っ叩きたかった。しかし、できなかった。


「こっちが正々堂々してるから、批判できるんです」


 卑怯な相手に真っ向から挑むから、勝った時に相手を何倍も悔しいと思わせられるのだ。卑怯な人間と同じフィールドに立つな……父から教わった考えである。


「だからマーチさん、チェシャ、私から頼ませて」

「君がそれでいいのなら、僕は構わないが」

「結果は知れてるけど、好きにしなよ」


 それぞれの反応を示した二人に感謝し、アリスはトー卿の正面から真直ぐな視線を向けた。彼は「わ、私は何も聞いていませんからね」と目を逸らしながらも未だに無実を主張する。


「ごめんなさい。今とっても大事な時期で、みんなピリピリしてるんです。リトル・ジョンが私たちと一緒に来てくれるかどうかで、これから立てるプランが大きく変わるから」

「プラン?」

「はい。それで、リトル・ジョンからきちんと情報をもらうためにはシャーウッドについて理解しなくちゃいけなくて……このお城、書庫ってあります?」

「それは、一応……」

「鍵はかかってますか? だとしたら誰が持ってますか? そこにある資料はお借りできるんですか?」

「あ、あの、待ってください!」

「緊急なんです! こうしてる間にも、ロビン・フッドやシャーウッドの盗賊の残党が、奇襲作戦を立てているかも知れない」

「しかし父上が……」

「私は今、貴方に頼んでるの」


 アリスの強い眼差しを前に、ついにトー卿は返す言葉を見失った。父であるペリノア王に、「来訪者の様子を探ってこい」とだけ言われた彼は、よもやこんな風に真っ向から話し合うことになるとは思っていなかったのだ。


「お願いです。力を貸して」


 再び頭を下げるアリスに、思わず尋ねる。


「どうして……そんなに必死なんですか…?」


 廊下で取り押さえられた時、マーチ・ヘアは寸分の狂いもなく「殺すためのポイント」に短剣を当ててきたし、チェシャ猫の笑みだって恐怖を与えていることを愉しんでいるものだと判断できた。

 しかし、アリスは違った。彼らと行動を共にしながら、目的を共有しながら、その手段は決して狡猾でなく、かといって無策でもない。トー卿の問いに対し、アリスはしばしの沈黙の後、答える。


「……別に、この世界を救いたいからとか、そんな伝説の勇者っぽい理由じゃないんです。私は、私が早く自分の世界に帰るために、今やらなきゃいけないことをやろうと思って。だから、貴方の立場を悪くするつもりなんてないし、ペリノア王と真っ向から喧嘩したいワケじゃない。……まぁ、なりゆきで喧嘩っぽくなっちゃってますけど」

「なりゆき? ふぅん……俺はてっきり、アリスちゃんがペリノア王の言い回しにムカついて喧嘩買ったんだと思ってたよ」

「チェシャ!」


 焦ったように顔を赤らめて「あの時はただ、悔しかっただけで……」とボソボソ言うアリス。やはり、トー卿にとっては不思議でならなった。父であるペリノア王からは、「アーサー王の後ろ盾を得て高慢を極めた伝説の勇者がやってくる」とだけ聞かされていたためである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ