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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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交渉(対立関係)成立

 少し離れた木陰で休んでいた伯爵が、ランスロットに歩み寄る。アリスとの話が終わってから、呆然と自分の右手を見つめていたランスロットは、伯爵の近付く気配を感じ、静かに問いかけた。


「何なんだろうな」

「アヴァロンで敵を薙ぎ払っていた君には迷いがなかった。言うなれば『曇りのない強さ』の象徴であっただろう。しかしアリス嬢はそれを、判断の怠慢とした」

「あの小娘……ニミュエと同じこと……」

「確かに今更姿勢を変えて、敵に対し情のある判断をし始めたところで、君が昔非情のままに斬った命は(かえ)らない。変わるのは、君への評価ぐらいだろう。しかし彼女にとっては、それこそ大切にしたいもの」

「ああ……」


 周りからの評価など、ランスロットにはどうでもよかった。昔から、ひたすら強い者との手合わせをし続け、己の剣の腕を証明してきた。そんな彼に、育ての親である湖の精霊・ニミュエは言ったのだ。「恐れられる剣士ではなく、称えられる騎士になってほしい」と。


「……パーシヴァルを斬ったら、色々マズいよな」

「答えるまでもないことだ」


 微笑する伯爵に、ランスロットも溜息混じりに口元を緩ませた。



  ***



 休憩を終えたアリスたちは、それから2日ほど歩を進めた後、いよいよキャメロット北西部の主要都市・リスティスに到着する。その際、ランスロットが「主役が馬乗ってなくてどーすんだ」と指摘したため、アリスは街の手前から再びユフィに乗り、その街に足を踏み入れた。

 ところが、その街の中心にある要塞(ようさい)のような城に招かれ、領主であるペリノア王への謁見(えっけん)が認められた直後、話し合いの場において誰も予想だにしなかった展開が訪れる。



「えっと……すみません、どういうことですか?」


 緊張こそしていたものの、きちんと脳内で情報整理をしつつペリノア王と会話をしていたアリスだが、この瞬間だけは聞き返してしまった。上座にふんぞり返るように座る(恐らく40代前半と予想される、ぽっちゃり気味な風貌(ふうぼう)の)ペリノア王は、まるで乞食(こじき)でも見るかのような憐みと侮蔑の視線を送り、繰り返す。


「二度も言わせるな。いくらアーサー殿の書状によって来訪が予告されていたとは言え、得体の知れぬ者どもに全面的な協力をする義理はない」

「そんな……!」

「貴殿が引き渡しを望む人物は我らと敵対する盗賊の一味、しかも幹部だ。情報を洗いざらい吐くまでは幽閉と決まっている」


 まさかここまで性格のねじ曲がった中年男性が出てくるとは思っていなかった。やや期待していた昨日の自分を反省しつつ、アリスは考える。

 アーサー王が薦めてくれた人物をすぐには連れていけない。なぜならその人物は長いことこの城を襲撃し続けている盗賊の一味で、(多分俗にいう「拷問」に近い)取り調べを受けているから。そして、そうまでしてペリノア王が欲しているのは、時折このリスティスの街(というよりむしろこの城)を襲撃してくる盗賊に関する情報……。


「でしたら、提案があります」

「ほう、申せ」

「私に手伝わせてください。彼から情報を引き出します」

「……何だと?」


 今度はペリノア王が眉間に皺を寄せ、聞き返す。と、次の瞬間、ここぞとばかりにチェシャ猫がアリスと並ぶように前に出て、返した。


「やだなぁ、我らが世界の勇者サマに同じことを二度も言わせないで下さいよ。こちらの求める人物を手放せないのは、捕まえてから数日経っても盗賊に関する情報を何一つ吐かせられてないからなんだろ? まぁ、見るからに貴方の部下たちは拷問も交渉も得意分野ではなさそうだ。そこで、こちらにおわします勇者アリスがなんと寛大なことに無償で協力し、使えない面々の代わりに欲しい情報を引き出して御覧に入れようって話さ」


 アリスやマーチ・ヘアにしてみれば最早聞き慣れた部類の物言いだが、ペリノア王には(「やはり」としか言いようがないが)相当腹立たしい進言だったようだ。肘掛けに乗る彼の拳がワナワナと震えているのが見え、アリスは堪えきれずに「お願いします」と頭を下げた。背後からは「もっとトゲのねぇ言い回しできねぇのかよ」という、ランスロットの大変ごもっともな呟き。

 全員纏めて打ち首宣告されたらどうしよう……そんな不安は、ペリノア王の一言によって払拭された。


「良かろう。やってみるがいい」

「ほ、ホントですか!? ありがとうござい……」

「ただし、貴殿が聞き出すのはシャーウッドの賊に関する『確実な情報』でなくては困る。適当にでっち上げられては(たま)らぬからな」


 いくら急いでいるからってそんなすぐバレそうな工作はしません、と反論してやりたかったが、グッと口を(つぐ)む。ペリノア王のような自覚のない頑固者に対しては、どんなに丁寧に伝えようとしたって「反発」だと判断された瞬間に突っぱねられるのがオチだ。


「つまりどうやって証明しろって言うんだい? リスティスの領主サマ」


 チェシャ猫が聞き返したのとほぼ同時に、とてつもなく嫌な予感がアリスの脳天から爪先までを駆け抜けた。気のせいではない証拠に、ペリノア王の意地悪そうな笑み。


「賊の侵入には何かしら日数的な周期があると考えられる。そして近いうち、次の襲撃があることは確かだ。よって勇者殿、『正しい情報』を引き出した証明として、貴殿らがその襲撃を防いでみせよ」

「防ぐって?」

「無論、襲撃および窃盗を未然に防ぐのだ。我が城が、物理的にも金銭的にも一切の損害を被らぬよう尽力せよ」

「恐れながらペリノア王、この広い敷地内で万全の警備態勢を整えるには人手が要ります。貴方の部下を何名かお借りすることは?」


 マーチ・ヘアが咄嗟に投げた質問に、ペリノア王は再び憎たらしい笑みを見せて答えた。


「偉大なる伝説の勇者が正確に情報を聞き出せるとおっしゃるならば、城全体に警備を張り巡らさずとも良いはずだが? よもや…偉大なる勇者のお連れの者達は、コソコソと忍び込むことしかできぬ軟弱な賊にすら手こずってしまう寄せ集め戦闘員なのかね」


 ぷちん。

 自分でもそんな音がどこからか聞こえてきたような気がした。


 落ち着け、落ち着け、この人だって仮にもリスティスという広大な地域を任されている領主なんだ、アーサー王にその采配を認められているんだ……とアリスは必死に言い聞かせていた。しかし、チェシャ猫を上回る底意地の悪い応対と返答に、とうとう我慢の限界を迎える。


「いいえ、彼らは()りすぐりの精鋭です。まだ土地勘がないため少々戸惑うこともありますが……ご安心ください。必ずその賊からこの城の金品・食料・その他物資をお守りします」


 ひゅう、とチェシャ猫がアメコミさながらの口笛を吹く。意図的な挑発こそしたが、予想以上に乗ってきたアリスに対し、ペリノア王も「ほう」と半笑い。


「ただし、こちらにも条件があります」


 ざわつく兵士たちの中、アリスは一呼吸おいて続けた。


「情報を取り出した後、私はその人を早く連れていきたいんです。栄養失調で歩けなかったら困ります。なので、食事を用意してください。私が毎食運びに行きがてら、直接話をして探ります」

「何を申すか。そのような条件……我があの者に食糧を提供する理由などない」

「でしたら私にだって、この城を守る理由はないです。このままその人が幽閉されてる所に行って、爆破してでも強制的に連れ出しますけど」

「貴様……ここの領主である我に歯向かうと申すか」

「だって私、この世界の人間じゃないですから。国籍も住民票も日本にあるので、関係ありません。ここにいる私の仲間はみんなそうです。全員、貴方の配下に置かれてないし、従う義理もない」


 言い切ったアリスの後ろで、ランスロットが剣の柄に手をかける。


「強行突破か。腕がなるぜ」

「いやはや、君は本当に血の気が多いな」

「人のこと言えねぇぞ伯爵。歯、伸びてんぜ」

「おや、これは無意識だった」


 伯爵とランスロットがどんな表情でどの程度の圧力をかけているのか、ペリノア王の表情を見れば大方察しはついた。更には、(アリスがカチンときたのを汲み取ったのだろう)チェシャ猫とマーチ・ヘアも畳みかけるように進言する。


「俺たちの目的はあくまで『マレフィセントの涙を捨てること』だからねぇ、正直あまり寄り道はしたくないってのが本音なんですよ。そちらが『どうしても聞き出してからにして欲しい』とごねなさる(・・・・・)から、寛大な我らが勇者は力づくでの引き渡しを要求していないんだ。お分かりかな?」

「とは言え決定権はまだ(・・)そちらにあります。どうか、ご理解ある判断を」


 アーサー王があらかじめ送っていた書状の内容開示を求めれば、もっと簡単に話が進んだのかも知れない。しかしアリスをはじめ「御一行」の面々は、ペリノア王の態度が気に食わないという一点において、完全に心を一つにしていた。よって、ペリノア王が苦虫を噛み潰したように「しくじったらただではおかんぞ」と捨て台詞を口にした瞬間、思わず互いに歓喜や愉悦のこもった目配せをし合った。


 かくしてアリスたちは、しばらくリスティスの城に滞在することとなる。モルガンに最も忠実な側近――ロビン・フッド――の旧知の仲である、リトル・ジョンを牢獄から解放し、仲間として連れていくために。

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