表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
29/257

収穫祭 ―昼の部―

  ***


 中心街に()り出して約二時間半。一体誰が予測できただろう、こんなに早く両手いっぱい荷物を持たされる羽目になるなんて。

 正確には、アリスの両手がいっぱいになり始めたのはつい三十分ほど前のことだった。街に繰り出した直後、チェシャ猫は「お腹空いたよね」とバターポテトのチリソースがけを食べ、それでは足りなかったのか屋台ではなく平常通り開店していたバーガーショップに入り、そこでゆったりとがっつりと昼食を済ませ、更にポップコーンを買った。そこまでは良かった。荷物持ちで来たはずが、実質ただの付き添いになっており、むしろアリスも祭の雰囲気に乗せられ徐々に気分が高揚(こうよう)し始めていた。

 それなのに妙だ、絶対におかしい。どうしてポップコーンを食べ終えた直後からこんなにサクサクというかガツガツした買い物が始まるんだ。衝動買いにしたってもうちょっと吟味(ぎんみ)するものだ。となると辿り着く結論はただ一つ、チェシャ猫の十八番(おはこ)・嫌がらせである。


「ちょっとチェシャ、」

「何だい?」

「こんなに買って……しかもやたらかさばる物ばっかり……どーゆーつもり? 嫌がらせ?」

「ああ、やっと気付いた? 結構遅かったね」

「……は?」


 次に買う物を探すように左右の店を見回しながら、「5軒目あたりで指摘してくるかなって予想してたんだけど」などと、申し訳なさの欠片もない口振り。

 人の良心と罪悪感に付け込んで……! 両手の荷物――数種類に及ぶもふもふのぬいぐるみやクッション、大量の綿菓子と麩菓子(ふがし)、無駄にデカい団扇(うちわ)や風船など――をまとめてチェシャ猫に向けてぶん投げようとした、その時。


「アリスちゃん怒るのストップ、コレ付けて」

「はぁっ!?」


 突如チェシャに頭上からギュッと何か(感触からして恐らくカチューシャのような物)を装着され、数メートル先にあった飲み物の屋台前まで腕を引かれる。


「な、何なの一体」

「おじさーん、サイダー2つ! 割引で」

「はいよ。……ん? 何だよお嬢ちゃん、じゃんけんで彼氏に連敗中か?」

「え?」

「そーそー、じゃんけん激弱で。はいお代、ありがとね」

「まいど。彼女の機嫌損ねる前に代わってやれよ、あんちゃん」

「ご忠告どうもー」


 店のおじちゃんにひらひらと手を振りながらチェシャ猫はアリスをおいてまた歩き出す。人混みは歩きにくさに拍車をかけるばかりで、アリスは身体を斜めにしながらやっとのことで人波を縫い、チェシャ猫のペースについていく。


「ちょっと待ってよチェシャ! てゆーかさっきの一体…」

「はい、アリスちゃんの分」


 差し出されるサイダーの瓶に、苛立ちがぶり返す。


「あのねぇ! 今私の両手ふさがってるの! チェシャのせい! 瓶なんて持てるワケないでしょ!」

「それもそうだね、そこ座ろっか。おいで」


 キャメロット中心街と垂直に交わる大通りとの交差点に、大きな噴水の広場がある。その噴水の周りには石のベンチが円周を辿るように設置されており、休憩所のようになっていた。

 すかさず空き場所を確保したチェシャ猫に「早く早く」と()かされ、アリスはやっと大量の荷物をおろすことができた。そして、彼がこの収穫祭に繰り出して最初に手に入れた射的の景品である大きな猫のぬいぐるみを見て、絶対に必要ないものだろうと改めて思い、溜め息。


「どーすんのよ、コレ」

「そうだなぁ……まだ眠ってるランスロットの枕元に置いとく? お見舞いです、とかカード添えといてさ」

「起きた時に邪魔だと思われるだけでしょ。てゆーかそもそも、起きた時にモルガンの洗脳が解けてるかどうか……」

「そんなことより、はい。いい加減受け取ってくれないと困るんだよね。折角の(おご)りなのに」

「あ、うん、ごめん。いただきます」


 フタなしの瓶を受け取り、コクリと一口。爽やかな炭酸が、人混みの熱気にあてられていた体を内側から冷やしてくれる。

 ようやく一息つけたと少し膝を伸ばしたアリスは、ふと疑問に思った。そうだ、さっき付けられたのって……


「な、何コレ……!」


 頭の上、カチューシャのような物を装着された辺りに手を伸ばし、アリスは驚愕(きょうがく)した。自分でもみるみるうちに顔の熱が上がっていくのが分かる。冷たいサイダーの効果は一瞬にして相殺(そうさい)された。


「ああ、仕方ないだろ? アリスちゃんに猫耳がないとカップル割きかないっぽかったからさぁ。猫耳カチューシャだけで(だま)せて良かったじゃないか、サイダー半額になったんだし」

「そ、そんなことのっ……」

「そんなこと? 半額って結構デカいと思うんだけどなぁ…2本買って1本の料金だよ?」

「だからってどーして」

「まぁ半額にしたいからって俺がサイダーのために耳切り落とすワケにいかないしね。そのカチューシャと違って、こっちは正真正銘生えてるんだから。お医者サマもビックリの大手術だよ、ソレ」


 呆れた。だったら自分のだけ買えば良かったものを…わざわざ猫耳カチューシャ買って、付けさせて、店のおじさんの前では彼女扱いして…! いや、それよりもアリスにとっての問題は、猫耳カチューシャを付けながら普通にキャメロット中心街を歩いてしまったことだった。恥ずかしい。今からコレを外したってもう手遅れ、人前に出られなくなってしまった……。


「もうイヤ……もうダメ私……」


 隣でアリスが落胆する理由を知ってか知らずか、チェシャ猫はサイダーを一気に飲み終わりぐーっと背伸びをする。そして、ふと何かを思い出し立ち上がった。


「アリスちゃん、ちょっとココにいて」

「へ?」

「向こうに買いたい物あったの忘れててさ。荷物見て待っててよ。あーそれと、猫だという点では本職とも言える俺がわざわざフィットするヤツ選んであげたんだから大丈夫。その耳かなり自然にくっついてる。今のアリスちゃんはどこからどう見ても、祭のテンションのままにお菓子とぬいぐるみ買い込んじゃった計画性のないミーハー雌猫(めすねこ)だよ」

「なっ…何その言い方!!」


 怒鳴って立ち上がるアリスだったが、チェシャ猫は構わず行ってしまい、アリスだけが周りの目を引く形になる。大量の荷物を見ていないといけないのは確かだったため、大人しく元のように座るしかなかった。

 猫耳カチューシャも取って捨ててしまいたかったが、(たとえどれだけ嫌味ったらしい台詞が付け加えられていたとしても)「わざわざ選んで買った」などと言われては、できない。捨てることができないならば、手荷物にするより付けていた(というよりこの場合生やしていた、の方が適切な気もする)方がマシだ。その結論に至り、アリスはもう一度膝を伸ばして正面をぼうっと見つめた。


「平和だなぁ……」


 綺麗な刺繍(ししゅう)が施された弾幕から、音楽から、甘く漂う香りから、人々の笑い声から、青空から、遠くに見える木々の緑から、太陽から、アリスは何らかのエネルギーを貰えている気がした。この景色は失われるべきではない。アヴァロンとの戦争なんて、しないで欲しい。そのまま目を閉じて、深呼吸をした。

 ああ、平和だ。このまま元の世界に帰ってしまえばいいのに。学校に行きたい。家族に、友達に会いたい。久しぶりに英単語の確認がしたい。戻れるのかな、帰れるのかな。全部終わったら、マレフィセントの涙を捨てられたら……私は、行きたい高校に行けるのかな。あと三ヶ月しかないのに。


「あれ…?」


 目を開けて、辺りを見回す。今、確かに懐かしい香り……桜の香りがした。この世界では収穫祭をやるような季節、つまり秋頃のはずなのに。もしかして桜味の何かが売っているのではないか、そう思って見渡すが、それらしき店も、メニュー表もない。せめて、どちらの方向から漂ってくるのか分かれば、チェシャ猫が戻ってから寄れるかも知れない……そう思って、もう一度目を閉じた。


「もっと……もっとですよ……」


 背筋が凍る感覚に、アリスはバッと目を開けた。

 先ほどと同じく辺りをぐるりと見回すが、「その人物」はいない。


「今の声、まさか……」


 冗談抜きでチェシャ猫が戻って来るのを待ち遠しく思ったのは、初めてだった。つい数分前まで平和を実感していたのが嘘みたいに、不安に侵食されていく。

 チェシャ猫は何処まで何をしに行っているのだろう…もしかして嫌がらせは続いていて、このまま戻ってこないなんてオチじゃないだろうか。胸元の涙を隠すように握りしめたアリスは、ふと、周囲の人の動きが変わっているのに気付いた。

 それぞれに通りを横切っていた子供たちや家族連れが噴水の周辺を避けるように歩き始め、また、それとは逆に男女のペアがぞろぞろと集い始める。何かの(もよお)し物だろうか。だとしたら大量の荷物を持って退かなければ……どの荷物から持とうか若干混乱しながら中腰になった、その時。


「一人かな? 猫のお嬢さん」

「えっ?」


 呼びかけられたのが自分でなければ…と僅かながら希望を抱きつつ振り向く。と、黒いマントを纏い、黒地に金の文様(もんよう)が入った仮面で目元を隠した長身の男性が立っていた。どうやらアリスの(ささ)やかな希望は叶わなかったらしい。


「えっと……あ、こちら座りますか?」

「いいや、荷物の移動が大変なご様子だったのでね。もし良ければそのまま置いて、お嬢さんも参加していかないかい?」

「参加?」

「ここで今から催される、ダンスパーティーさ」



  ***



 一体、何がどうなるとこんな展開になるのだろう。


「もう少し軽快に」

「あ、はいっ」


 始まったダンスパーティーは、アリスが咄嗟に想像した(「アン・ドゥ・トロワ」的なスローテンポの)ものとかけ離れていた。クラリネットのような縦笛と、カスタネットにウッドペッカー、ハーモニカにアコーディオン……考えてみれば当然だ。なぜなら今日は収穫祭、秋の実りを祝う祭りでスローテンポのワルツなど上品に踊るわけがなかった。

 正直体育のダンスよりつらい。しんどい。レベルが高い。ペアで向かい合って踊るもののようで、ステップや腕の振りなどは見様見真似(みようみまね)で(それでもコンマ数テンポ後発だが)何とかなる。

 しかし……男性陣が動きを止める8小節があり、そこの動きは周囲の女性陣を見るしかない。フラメンコの動きにも近く、やたら複雑なステップで見るだけでの完コピがなかなかできない。

 どうして猫耳つけて踊ってるんだろう…というかチェシャ猫はまだ戻ってこないのか。余計なことを考えた途端、ステップが分からなくなってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ