邂逅(事前確認あり)
無事支援内容が決定した後、アーサー王はヴァンと共に広間を退室した。マーチ・ヘアが「まずは成功だ」と紅茶を口にし、アリスも「そうみたいですね」と胸をなでおろす。
「ところでさぁ、アリスちゃん」
「何?」
「キャメロットから二人借りたとして、その戦闘員って俺も含まれてたりする? 正直専門外だし、本来の役目じゃないんだけどさぁ」
「そ、そんなこと私に今言われたって知らないよ! なんかこう……一対一だったら組手できるとかないの!? チェシャだって猫は猫でもオス猫でしょ!」
「そこで性差別するのはどうかと思うけどなぁ。オスが戦ってメスは守られるって意味かい?」
「私はこれまでそーゆー武術っぽい習い事したことないし、武器使うのも無理だもん! 仕方ないでしょ! そ、それに差別って言うけどこの世界にだって女剣士とかいないじゃない! 魔法使えるような設定があるならともかく、戦うのはポジション的にも能力的にも……私、無理だし……」
「アリス殿、問題ない。この森番は極端に怠惰だが戦闘ができないわけではない。女王様もおっしゃっていただろう、君を庇って攻撃を受けることぐらいはできる」
「何か今の発言悪意しかなかったよねぇ? 言っとくけど男が誰しも軍司サマみたいに戦場こそ住み処で拠り所って思ってるワケじゃないんだ、分かるかな? 平和主義者の俺としてはどうして戦うことで存在意義を示そうとするのか理解に苦しむよ。腕っぷしの強い弱いで己の優位性を認識して証明して浸るなんて、ああいやだね。これだから軍人なんて野蛮な種族は」
「どうやら森番は平和主義者の定義を誤認しているようだな。あからさまに相手を挑発するような物言いに走る人間はむしろ平和主義の対極にいる。本当に平和主義者だと言うのならいっそ両国の間に立って戦争の無意味さを語るがいい。その減らず口で人の心を変えられる場合の話だが」
自分と言い合いをしていたチェシャ猫が、いつの間にか対マーチ・ヘアのモードに切り替わっている。そのことに気付き、アリスはふっと笑った。
もはや止めるのも面倒になってきたし、それ以前に慣れてきた自分がいる。
「どうかしたのか、アリス殿」
「いえ、何でもないです。平和だなぁって思って」
「平和? この状況が? 冗談じゃない」
「そうやってチェシャが皮肉言ってるうちは、結構平和なんじゃないかって思うよ。それと、一応戦闘員で数えておくから、道案内兼戦闘員ってことで」
アリスがさらりと付け加えれば、チェシャ猫は「だからそれは専門外だって言ってるだろ、聞こえてなかったのかな」と不満げに返す。
「じゃあ私が代わりに戦うとして、チェシャは戦い方とか教えてくれるの? 自慢じゃないけど私、ど素人だからね」
「また卑怯極まりない提案してきたね、アリスちゃん」
「チェシャと話してたら身に付くよ、このくらい」
「それって褒めてんのかな」
「まさか」
笑いながら、やはりこんな空間が平和なのだとアリスは感じていた。
自分は受験生だ。本当は、今この瞬間だって(学校に行っている時間なのかもわからないが)授業を受けているべきであり、勉強しなくてはならないことだってまだたくさんある。思えばそれが、アリスにとっての元の世界での戦闘状態なのだろう。
そう考えると、こうしてチェシャ猫やマーチ・ヘアと談笑している空間は、友達と図書館で勉強会をするときの、お菓子を食べながらのちょっとした休憩時間に似ている気がした。
「……アリスちゃん?」
「あ、ううん、何でもない」
ふと元の世界に思いを馳せると、その瞬間ぼうっとして不安に駆られそうになる。大丈夫だ、数日過ごしたとして、次の模試までにはまだ時間がある。数日休んでしまったとして、テストで点数が取れれば内申にも影響はさほど出ない。
そう、今はこの世界のことを考えなくては。元の世界に帰るためにも、この世界で出来ることをして、解決に導く「勇者」にならなければ。しかし、そう簡単な問題ではないかも知れない。
「マーチさん、今回の支援はオッケー出ましたけど……仮にもし、涙をちゃんと捨てられたとして、それでもモルガンが戦いをやめようとしなかったら……その時はどうすればいいんでしょうか……」
「確かに、有り得る話ではあるが……そうなっては僕たちの関与するとこではないな」
「え?」
「いいんだよ、涙を捨てればアリスちゃんは任務完了、ご帰還可能なんだからさ。キャメロットとアヴァロンの戦争については、その国家間の問題だしね」
「君は君の役割を最優先に考えるべきだ。その後の事態については、成功させてから考えても遅くはない。そもそも成功するか失敗するかで状況は大きく異なる。予想もできないような未来についてシミュレーションする必要はない」
「そっか、そうですね」
やはりこの冒険譚は、受験に似ている。涙を捨てた後のことを考えるなんて、受かるかどうか分からないうちから受かった後の高校生活について具体的に決めようとしているようなものだ。もちろん志望校に行くイメージは大事だが、それは自分を奮い立たせるためのイメージであって、予測ではない。
「まぁそれでもしアリスちゃんが迷うような状況になってたら、俺が選択肢を示してあげるよ。それが俺の本来の役割だからね」
「チェシャ……うん、わかった」
***
ヴァンがガヴェインと共にアリスたち三人を森の奥深く、とある空き地に連れてきたのは、その話し合いがあった翌日のことだった。
なんでも、その者を起こすために必要な薬の準備に一日必要だったらしい。リハビリの甲斐あってアリスの足もだいぶ「歩き方」を思い出し、森のような凹凸の激しい地面でも自力で歩ける程度には回復していた。
「にしても、こんな森の奥深くに眠ってるとはねぇ。相当いい趣味してる御人らしい」
「ちょっとチェシャ」
相変わらず失礼な言い方をするチェシャ猫を諌めてから、アリスはチラッとヴァンを見る。
普段は「構いませんよ」と微笑むであろうヴァンが、その瞬間だけ何かを悔やむように視線を落としていた。これは地雷を踏んでしまっただろうかとチェシャ猫の命運を案じるアリスだったが、彼はふっといつもの柔和な笑みを取り戻す。
「そうですね……まぁとりあえず、森の奥で眠っている状況は彼自身の意思によるところではない、ということだけ伝えておきましょう」
事情はきっとすぐにお分かりになるでしょうから、と付け足したヴァンは、続いてガヴェインに「準備をお願いします」と頼み、最後にアリスの方に向き直る。
「一つ、確認をしておかなければなりません」
「確認、ですか?」
大きく頷くヴァンの表情は、真剣そのもの。
「これから起こす者を同行させると陛下はおっしゃった。ですが……私としてはアリスさんご自身で決めてもらいたいんです。彼は私の信ずる旧友であり、先輩であり、患者でもある。ただ、私が胸を張って保障できるのは彼の人格であって、彼の理性ではないんで」
仲間として同行するアリスたちにも危険が及ぶ可能性がある……ヴァンの言葉にはそんなメッセージが隠れているようだった。チェシャ猫は「そんな危険なの起こしてまで連れてくのは躊躇うけど、俺としては仕事量が増える羽目になるなら……」などと自分勝手な独り言を展開している。
恐怖が芽生えなかったワケではない。しかしアリスは、いつものヴァンと同じように微笑んで答えた。
「ありがとうございます。私、大丈夫です。こうして忠告をしてくれるヴァンさんは、私にとって信じていい人だから……ヴァンさんが信じてる人のことは信じていいって思います」
僅かながら驚きを見せたヴァンに、ガヴェインが「ヘルシング卿、準備できたぜー」と呼びかける。
「上げてください」
ヴァンがそう指示すると、ガヴェインはその手元にあるハンドルレバーを思い切り回した。刹那、アリスたちが立っている空き地の中央から四方へと地面に亀裂が入る。否、よく見ればそれは地中に埋まっていた四本の鎖がレバーの働きによって引っ張られて出てきたという物理現象だった。
ガヴェインが回せば回すほど鎖は巻き取られ、辺りには砂埃が立ち込めていく。同時にアリスの背に悪寒が走った。振り向いても何もいなかったが、空は先ほどより雲に覆われていた。
「コレは……」
砂埃で目を閉じざるを得なかった状況から、一番早く前方を確認したのはマーチ・ヘアだった。チェシャ猫とアリスも続いて現れた物を視界に入れる。
その瞬間、アリスは気付いた。終わらないBGMのようだった鳥のさえずりが聞こえなくなっている。宝箱、タイムカプセル、などといった煌びやかなものでもなく、年季も入っていない……まるで真空パックのように時の流れを感じさせない、状態を保つための……棺。
「先程の答え、とっても嬉しいです。なので、もう一つだけ質問を追加してもいいでしょうか」
「もう一つ?」
棺に巻き付けられているのは、棺を地面から引き上げた太いものとは違い、一つ一つが細く小さな鎖だった。それを解きながら、ヴァンはアリスに言う。
「私の信ずるこの旧友が、人でなかったとしても、あなたは信じて同行させますか?」
「人じゃ、ない……?」
巻き付けられていた鎖が全て解かれ、ヴァンは持ってきていた鍵を錠に差し込んだ。
ガチャリ。
古く錆びた金属音が響く。ここで、太い鎖のハンドルレバーを固定し終わったガヴェインが、「変わるぜ、ヘルシング卿」と棺の前に立ち、錆び朽ちて開けづらくなっている重厚なふたに手をかけた。
ギギギギ……
重さと古さを感じさせる音。思わず唾を呑むアリスの横で、チェシャ猫が珍しく呆気にとられたような笑い声をこぼした。
「さすがに生で見るのは初めてだよ……」
棺の中には、赤い布。そしてその中心に眠るのは、黒衣に身を包む長身の男性だった。見た目の年齢で言えば、ヴァンより少し年上といったところだろうか。
一言で形容するなら、漆黒――褐色の肌も相まって、瞬く間に夜の闇に溶け込んでしまいそうだ。
「起きてくれ、伯爵」
ヴァンが呼びかけると、ゆっくりと彼の瞼が開かれた。




