ランチタイム ―再交渉―
しばし歩けば広間につき、ロビンが扉を開ける。そこには既に、多くの兵が集められていた。彼らは皆、モルガンの登場に畏敬を込めて深々と礼をする。
「面を上げよ。お前たちも知っての通り、先日我が軍がキャメロットの領地二地区制圧を成した。これは証明だ。お前たちが…このアヴァロンこそが、最も強く素晴らしい国家であるということだ。そしてこの証明は、キャメロットの王都陥落を以て完了する!」
湧き上がる歓声。モルガンはスッと右手を挙げて一度それを制止させる。
「望みがあるなら叫ぶがいい! 私が道筋を示し、切り開こう! そこを迷わず進むがいい! 恐れることは何もない!お前たちには絶大な魔力の加護がある! 私の目となり、足となれ! 私の持つ魔力は全て、お前たちの矛となり、盾となる!」
モルガンが両手を広げると同時に、広間にいた全ての兵の鎧と剣が黒い光を放つ。どよめきと歓声が入り乱れる中、ロビンはそっとモルガンの肩を支えた。
「無理すんな」
「必要なことだ」
玉座にかけたモルガンの元に、紺色の帽子をかぶった若者が跪く。
「モルガン様、恐れながら」
「どうした」
「捕えていたキャメロットの騎士が、見張りをまいて消息をたちました」
「おいおい、何やってんだよ……」
「構わぬ。放っておけ。どれだけ距離を取ろうとも、あれの意識は私の手の中だ」
それでも不満を露わにするロビンを見て、モルガンは続ける。
「それとも、あの騎士がいなくては私の目的は果たせないと?」
「そうは言ってねぇ。手を焼かされる円卓の騎士は一人でも手中に収めといた方が楽だろ? だから折角捕えておいたんじゃねーか」
「違いない。だからこそ私が直接意識を支配したのだ。しかしなお抗い、この城を出たというならば……他の方法で役に立ってもらうまで」
不敵な笑みを携えるモルガンは、ふと窓の外に目をやり、呟いた。
「再び相見える日は近いな、アーサー……」
***
「先代が恨まれるより自分が恨まれた方がマシだとお考えになったのでしょう。だから、先代に問いただされた時も『一緒に遊びに行ったらはぐれてしまった』の一点張りでしたし、彼女自身には『弟に追い出された』と思い込ませた……そういう人なんです、アーサー・ペンドラゴンというお方は」
「全部、背負ってるんですね。恨みも、罪も……」
「いやはや、アーサー王様って思っていたよりも随分面倒くさい人だねぇ。その自分勝手な自責の念に付き合わされるなんて、キャメロット国民は堪ったもんじゃないだろうに」
「チェシャ……!」
「今の話だけだとそう解釈されるのも無理はないですが、実際はもう少し面倒でしてね」
「……先代派閥が残っている、ということだろうか」
「ええ」
マーチ・ヘアに苦笑を返しながら頷くヴァン。キャメロットはおとぎ話に出てくる幸せな国そのものだと思っていたアリスも、「派閥」という言葉に影を感じる。
「とすると現状、キャメロット内部も一枚岩ではないだろう。全ての民がアーサー王の名のもと、『キャメロットを守るために』戦っているのではなく……『アヴァロンを積極的に亡ぼしにかかっている』勢力がある、といったところか」
「おっしゃる通りです。モルガンを始め、全ての魔力保持者を抹殺しようとする者が、残念ながらキャメロット国内の大きな勢力の一つになってまして。何分、先代から仕えてくれていたおかげで扱いづらく……と、これはいささか主観的でしょうかね」
笑みをこぼしたヴァンは、思い出したように問う。
「そう言えばアリスさん、陛下がもう一つ気にされていました。本当の支援は決まったのだろうか、と」
「あっ、えと……はい。ついさっきですけど、決めました。今度は私、ちゃんと調べて考えました」
そう答える瞬間の感覚は、学校の進路指導面談の緊張と似ていた。腹を括って主張する。この決断が今の自分の能力に、立場に、見合っているのかいないのか、自分では判断しかねる感覚。
「分かりました。では、陛下にそのようにお伝えしますね。昼食の後にでも、お時間を取ってもらえることでしょう」
「はいっ、ありがとうございます!」
王宮へ引き返すヴァンを見送りながら、マーチ・ヘアが尋ねる。
「明確に定まったのか」
「大丈夫です。キャメロットとアヴァロンの関係が微妙な感じで、それを解決する手伝いができたら……とも思ったんですけど、私のやるべきことはシンプルなんだって、さっき分かったから」
ずっと胸につかえていたモヤモヤが吹っ切れて、アリスは自分でも驚くほど晴れやかな気分になっていた。ぐっと背伸びをしてから、ゆっくり立ち上がる。足の筋力が衰えているせいで、壁に手をついていても若干バランスが取りづらい。
「何処か行きたい場所でも?」
「リハビリついでに、書庫まで歩こうかなって。どんな支援を受けるにせよ、まず私が普通に歩ける状態に戻れないと、ここを出発することだって出来ないし」
「心意気は立派だけど、ここらに手摺なんて見当たんな……」
「王宮内はともかく林の中をその足で歩くのは賢くない。王宮までは僕が送ろう」
「え、でも……うわっ、」
チェシャ猫の嫌味が終わる前に、マーチ・ヘアがアリスをひょいっと抱き上げた。突然のお姫様抱っこ状態にあたふたするアリス。
「まっ、マーチさん……!?」
「何か不都合があるだろうか」
「そーゆーことじゃ……うう、」
諦めたように口を噤むアリスを抱え、マーチ・ヘアはスタスタ王宮へと歩みを進める。そのやり取りを終始呆然と見ていたチェシャ猫は、「軍司サマってあんな感じだったっけ……」と驚きを隠せないまま後に続いた。
***
「答えが出たようだな」
「はい」
サンドウィッチを食べ終わった頃、ヴァンから予め聞いていたであろうアーサー王が話を振った。アリスは動じることなく返事をし、覚悟を決める。この時のために、昼食前にもう一度だけアヴァロンとの交戦記を読んでおいたのだ。目を通すだけではなく、情報を頭に入れるために。
「私は、目的を見誤っていました。だから今度はちゃんと、この石を捨てに行くための要求をします。アーサー王様、石を捨てる道中、アヴァロンの刺客が妨害してくるのは目に見えてます。特に警戒すべきはモルガンに仕える四人の側近です。なので……実力のある方を二名、私の旅の同行者に命じてもらえないでしょうか」
これも面接練習の一環だと思えばいい……そのくらいの覚悟と緊張感をもって、アリスは上座の王を真直ぐに見て訴えた。
初めてキャメロットに来た日とは違う。もう迷いはない。これで拒否されたらそれはそれで潔く受け入れよう。面接はそんなもんだ。どんなに自分が筋の通ったことを言っていたとしても、相手から「イエス」を引き出せなければそれで終わり。どうしようもない一発勝負。
あの日と同じくアリスをじっと見つめた後、アーサー王は視線を逸らしてまた数秒考える。
「アヴァロンの重役というと……ロビン・フッド、人狼サーヴ、マッド・ハッター、そして……パーシヴァル卿、だったか……なるほどな、ロゼがその軍司を同行させたのも頷ける。……ヴァン、一つ頼まれろ」
「はい、何でしょう」
「あの者を起こし、アリスに同行させたい」
「それは……まったく、あなたはいつも無茶ばっか言いますね」
「不可能でなければいいだろう」
揺るがないアーサー王にヴァンが折れ、「分かりましたよ……」とため息をつく。その返答を聞き、会話の意味を理解しかねているアリスに向かって、彼は微笑んだ。
「その申し出、承諾しよう」
「いいんですか!?」
「我がキャメロットから二名、お前に同行させる。一人は今眠っているためこれから起こしに行く必要がある。もう一人は……現在王都にいない」
「えっ?」
「キャメロットの中でも比較的アヴァロンに近い北西に、リスティスという街がある。俺が同行を命じたい人物は、そこにいる」
「陛下、リスティスは確か……」
「領主はペリノアという者だ。二地区制圧のこともあって今はかなり気が立っているかも知れないが……アヴァロンとの全面戦争が起こるとしたら、あの辺りがキャメロットの軍事拠点となるだろう。詳しいことはまた改める。今は一先ずアリスの望む二名をこちらが用意できる、ということだけ把握していてくれ」
「はいっ! ありがとうございます!」