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PM7:07 南校舎四階教室 半沢吉明
「……半沢、君……?」
勢いよく銃を構えて教室に入ってきた少女は、確かに僕にそう言った
「え……?」
天使のような、と言うのが第一の印象だった
琥珀の瞳、やや赤い色の入ったセミロング、すらりと長い手足
その独特の容姿と目を引くようなスタイルは、どこか異国の風を感じさせる
えーっと
誰だ?
今、僕の名前を呼んだのか?
悪いがこんな娘、今までの人生で一度も見たことがない
そもそも普段から影のような生活を心がけている僕に話しかける女の子など、ほぼ皆無に等しいというのに
「あっ……ええと、半沢君……だよね?」
もう一度、そう問いかける目の前の少女
「あ……はい……」
ああ、そうとも、半沢君だよ
一体、何が起こっているんだ
ひょっとして、ここは天国なのか?
学校内でいきなり銃殺されるという哀れで理不尽極まりない死に様を見せた僕は、天使様に導かれているのか?
ワイヤーで雁字搦めにされながら?
僕はそんなニッチな人間じゃない
「今それ解くから。大丈夫?どこか痛むところは?」
小走りで近づいて、僕の傍にしゃがみこむ少女
どうやら拘束を解いてくれるらしい
「あ、いや……」
一体、僕は今どうなっているんだ?
彼女は誰だ?
ここは本当に学校なのか?
ぐちゃぐちゃの思考が、頭の中をかき回す
落ち着こう、先ずは分かっていることを整理するんだ
『迷った時最初にするべきことは、正しく今の状況を理解すること。混乱の中でこそ、冷静になる必要がある』
昔はよくそう言って、向島先輩に叱られたものだ
カーテンの隙間から見える景色から、恐らくここは南棟一階の教室のいずれかだろう
教室内の時計を見ると、数時間程意識を失っていたことが分かる
どういう訳か、打たれた筈の体に負傷の痕跡は見当たらない
これは今考えても仕方ないだろう、とりあえず怪我をしていない、という現状の把握に留めておく
そして目の前のこの少女、この学園の制服を着ている上、教室の鍵を開錠できている
僕の学生証の回線エラー復旧予定時刻は深夜二時、僕の学生証を使って教室を開けることはできない
学生証にはセキュリティ対策の為指紋認証システムが導入されており、持ち主以外の人間が学生証を起動するのはまず不可能
彼女はまず間違いなくここの生徒、と考えてよさそうだ
僕のように学校に残っていたのか?
それとも何か、忘れ物でも取りに来たのか?
次に、どうして僕は縛られているのか
彼女が僕を縛った……訳ではなさそうだ、僕が眠っていたのは東棟三階
目の前の少女が一人で僕を運べるとは到底思えないし、何かの事情で僕を監禁しておきたいのなら、わざわざ遠い教室に連れてくる理由も無いだろう
第一、今こうして拘束を解いてくれているのが何よりの証明だ
そう考えると、僕を縛った人間は別にいる、ということになる、だが……
「……念の為に、入口の扉を閉めて……もらえませんか」
「え?」
突然言葉を発した僕に、やや驚いたような声を上げる少女
「あ、いや、僕が目を覚ましたときには、もう電気はついてたから……もしかしたら、僕を縛った奴が戻ってくるかもって、そう思って」
少女の傍らに、無造作に投げ出された銃
外観は一般的に言う銃のイメージとは少し違うように思えるが、本物……なのだろうか
意識を失う直前に見た光景
あの時の人物と、今しがた彼女が構えていた銃は、心なしか似ているように見える
「あ、ああ、それもそうだよね」
慌てた様子で一旦僕から離れ、入口の扉に駆けてゆく少女
同じ日に二度も、それに学校内で、同じ銃を持った女の子に二度も遭遇するだろうか
そもそもこの学校の生徒と思しき人間が、こんな時間に銃を持って徘徊していること自体異常じゃないのか
あの時僕を撃った人物の顔は、暗い上に帽子の庇でよく見えなかった
髪の色や服装は違うが、万が一彼女が僕を撃った人間と同一人物だとしたら?
この一連の動きが全て、僕を油断させる、あるいは僕に誤推をさせる為のものであったら?
彼女が扉の施錠をする間に、ゆっくりと身を捩らせて、傍らの銃をたぐり寄せる
分からない
そもそも僕が拉致される理由はなんだ?
身代金目的の誘拐?
我が家は共働きの一般家庭だ、払える金額もたかが知れている
怨恨からの殺人?
恨みを買うほど僕と関わりのある人間の絶対数がそもそも少ない、というかほぼ居ない
他に何か可能性は―――
「お待たせ。セキュリティが万全なのは嬉しいけど、施錠開錠の手間は面倒だね」
「―――ありがとう」
学校の、怪物
件数の半分がこの学校の生徒のものとなっている、行方不明事件
ほんの少しの笑みをたたえながら、ゆっくりと、こちらに歩んでくる少女
まさか、次の失踪者は、僕か?
「ところで、一つ聞いてもいい……ですか」
「うん?」
縛られた後ろ手で、後部ポケットを探る
大丈夫、学生証はちゃんとある
携帯端末と合わせれば、『二回分』程度にはなるだろう
「どうして君は……」
『怪物』には『怪物』をもって、か
なんとも皮肉な話だけれど、今はそんな事を言っている場合じゃない
「……僕の名前を、知っているん、ですか」
ワイヤーを解いて、教室から出て、一階に降りて
あとは窓から出るなりして、追いつかれそうになったら、銃を見せたりして逃げ果せる
彼女が行方不明事件に全く関係のない人間だったとしても、銃を持って夜の学校を徘徊する人間とは、関わらないのが吉だろう
幸い最寄りの交番は一キロ圏内
全力疾走は十分できる
「ああ……そっか、覚えてないよね。昔のことだし……」
彼女との距離は残り七歩程度
チャンスは一度
集中しろ
「昔の……?」
「……あ、ううん、気にしないで。ひょっとしたら、人違いってこともあるしね」
残り四歩
三歩
二歩
一歩――――




