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PM1:15 東校舎五階廊下 半沢吉明
「わざわざついてきてもらって、ごめん」
分廊下の窓からは、辺りの景色がよく見えた
晴れた日差し
校庭で何人かのジャージの生徒が、声を上げながら駆けてゆく
今日は金曜日だから、体育は三年生か
「ううん、私もちょっとこっちの方に用があったし」
隣を歩く少女は、そう言って柔らかい笑顔を見せる
「また図書室、か。今はどのくらいまで進んでるの?」
「うーん……百科事典とかを除けば、もう蔵書の四分の三は読んでるかな。この調子なら、今年中に二周目だって夢じゃないよ」
「え、二周?」
南晴子
柔らかな物腰に、おさげに丸眼鏡
大人しそうな外見の中に、学校の蔵書を全て読破し記憶するという、途方もない野望を抱いているちょっと変わった人だ
「うん、中学の図書室は三周くらいしてたし、昨日の自分は超えなきゃ意味がないし」
「……流石、だね。比喩じゃなく図書館少女って感じだ」
彼女も僕と同様、内気でどちらかといえば率先して目立つ方ではない為、クラスの中では一番話しやすい
彼女も僕に同じ印象を抱いているのか、入学当初から続く交流は、なんだかんだで今まで続いていたりする
「褒めてるの?それ」
「半分は誠恐かな。少なくとも、僕なんかが軽い気持ちで鍵代わりに使うには勿体無い人だとは思ってる」
「相変わらずの卑屈さだね。別にいいって言ってるのに」
今朝は遅刻寸前だった為出来なかったが、昨日仕掛けたカメラの回収をしておかなければならない
僕の学生証は生憎故障中、鍵の開錠が出来ない状態にある為、やむなく南さんの力を借りることにした訳だが……
「……あれ?あの人」
立ち止まり、目をうっすら細めて廊下の先を見る南さん
視線の先には……女の子?
「先生が今朝言ってた転校生かな。何してるんだろう、こんなところで……」
疎らに通り過ぎる生徒達は、自然に通り過ぎる風を装いながらも、皆その少女に目を奪われてゆく
琥珀の瞳、やや赤い色の入ったセミロング、すらりと長い手足
化学室の前の壁にもたれかかり、何やら小難しい顔をして唸っているその少女は、急に顔を上げると、こちらの方向を見た
「綺麗な人……わ、こっちに来るよ。道開けてあげなきゃ」
今までも十分隅の方を歩いていた南さんが、更に壁際に寄ってゆく
卑屈なのはお互い様だよ
かくいう僕もそうしたわけだが
他の生徒も、まるで打ち合わせたかのように端を歩き、彼女が通る為の道を作り上げてゆく
しかし成程、岸や先生が狂喜乱舞するのも、この容姿でなら納得できないわけでもない
同学年とは思えないほどに洗練された美しい姿は、思わず竦んでしまう程輝いて見えて―――
あれ、こっちに来てる?
「半沢吉明君!」
「ぅえぅ?!」
唐突に名前を呼ばれ、妙な声が出てしまう
何だ?
今、彼女は僕の名前を呼んだのか?
いや、ありえない
初対面だぞ?
しかも女の子
噂の美少女転校生、僕とは一番縁のなさそうな人種だぞ?
歩み寄ってきた少女は僕の眼前で立ち止まると、そのままジッと僕を見つめてくる
「え、ええと……」
周囲の視線がこちらに集まっているのが分かる
狼狽して横目で南さんに助けを求めてみるが、彼女は目を丸くしたまま転校生を見つめ、石像のように動かない
意識は……あるのだろうか
と、とにかく、何か言葉を返さないと―――
「あ、あの、違ってたら申し訳ないんですけど、ひょっとして今呼んだのは、僕の名前……じゃないです……よね、はは―――」
「昨日は御免なさい!」
―――
―――
―――は
は?
「いきなり痛かったよね。無理やり押さえつけたりして、私、貴方に酷いことを……」
は?
は?
「知らなかったの、貴方あんなに冷静だったし、ちょっと私も余裕なくなっちゃって……」
は?
は?
一体何を
「昨日の夜のことは、忘れて……っていっても無理だよね、御免なさい。あんなこと初めてだから、私もどうしたらいいか……」
何を、言ってるんだ?
昨日の、夜?
「その……体は大丈夫?上に乗ったりとかしちゃったけど、腰とか……痛くない?」
広がる響めき
気付けば周囲に、ちょっとした人だかりが出来ている
ちらりと横を見ると、相変わらず石像のように動かない南さんが見えた
さっきと違うのは、転校生の方ではなく、明らかに僕の方を見ている、という点だろうか
とても深い、懐疑心に満ちた瞳だ
「とにかく御免なさい!」
そう言って深々と頭を下げてみせる転校生
赤みがかった髪がふわりと舞い、甘い香りがした
ざわざわという喧騒
違う、僕じゃない
僕は何もしていない
僕は、何もして……ないよな?
「え、えぇ……」
状況が分からない
情報が足りなさすぎる
彼女は何を言っているんだ?
頭の中が、真っ白になってゆく
昨日の僕は、彼女に一体何を……?




