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 不意の一撃に制御を失ったキャタピラは、運悪く、隆起した氷床へと乗り上げた。

 雪煙を立ち昇らせてぐるりと回転する車体は、コンテナの連結部をねじ切って、勢いよく屋根から落ちる。

 キャタピラの重みに耐えきれず、ぎちぎちと断末魔の声を上げる雪上車は、たわんだ紙のように、くしゃくしゃだ。

その、つぶれた扉を無理矢理こじ開けて、三人の巨漢が、それぞれに悪態をつきながら這い出てくる。

『これでもう、逃げられないぜ。いい歳のおっさんなんだ、素直に諦めろ』

『クソッタたれが! テメェのビークルを寄越しな!』

『そんなでかい図体じゃ、のれっこねえって』

 密猟者は諦め悪く、横転した雪上車を盾にしてFEL式銃を構えた。

 足場が安定したおかげが、射撃の精度が上がっているようだ。

機体を掠める光線に肝を冷やしながらビークルを反転させる。

 こちらの姿が丸見えでは、当ててくれと言っているようなものだ。ジャッドもまた、軽く舌打ちをして雷鳴鳥を後退させていた。

『まいったな、根比べか? 長期戦なんて、冗談じゃないぞ!』

 降参なんてもってのほかだが、それは向こうも同じらしい。髭と睫を霜で凍らせながら、こちらをにらみ据えている。

 一進一退。

――かのように思えた時だ、鼓膜を破られそうなほどの甲高い奇声に、全員の視線が、無雑作に転がるコンテナへと集まった。

 黒い影が、迫り上がる。

『攫われた子だ!』

『なんて、迫力だ。これで幼体かよ!』

 コンテナにできた亀裂を打ち破り、のっそりと現れた雷鳴鳥が咆吼をあげる。

 子供だというのに、一人前の殺気が籠もった声はジャッドの駆る雷鳴鳥を怯ませ、密猟者達は耳を押さえてのたうち回っている。

『まずいですね、興奮しすぎている』

 鋭い爪がついた足で凍土を削り、幼鳥は両サイドについた短い羽根をばたつかせた。

さすがにずんぐりとした体格は空に持ち上がりはしないものの、ひゅんひゅんと唸る風圧は、乾いた雪をざあっと、勢いよく舞い上がらせた。

 そして――

「避けるんだ、ウルブスキィ!」

 エカイユの悲鳴に鼓膜をやられながら、アクセルを踏む。

なりふり構っていたら、死ぬ。

もう、無我夢中だった。

 突進してくる野生種を、間一髪のところで避けたものの、ビークルの体勢は、大きく崩れる。

横転寸前にまで傾き、体を固定していなかったエカイユが、操縦席へと転がりこんできた。ばたつく足がオレの顎を打ち据え、鼻から脳天にまで突き抜けるような痛みに悶絶する。

「まったく、生きた心地がしないぞ!」

染みるような痛みに、悪態をついている場合じゃない。唯一の獲物を取り逃がした密猟者は、手ぶらじゃ帰れないと、攻撃の手を強くする。

 飛び交うFEL式銃の光線と、フェアリィの煌めきで、雪原は輝きに満ちた。

『エカイユ、幼鳥を追いなさい。あのまま、がむしゃらに走り続ければ、すぐに力尽きて死んでしまいます!』

『しかし、ジャッド団長お一人では危険です!』

 膝の上で暴れるエカイユをなでつけ、ジャッドへ顔を向ける。目が合えば、こちらの方が気圧されてしまいそうな視線でゆっくりと頷き、背中の矢筒から矢を一本取り出した。

『この命は、我が妻リュビに捧げるべきもの。あのような蛮族共に差し出すつもりは、毛頭ない。さあ、お行きなさい!』

 ジャッドは己の鉱角を打ち鳴らし、雷鳴鳥は先ほどの怯えを払拭するように、甲高い声を上げた。

戦場に、再び緊張感が戻る。

『任せる!』

『ジャッド団長! どうか、ご無事で!』

 エカイユを膝の上にのせたまま、ビークルを走らせる。

 幼鳥は、甲高く喚きながら駆けているようだ。

「追いついたところで、どうやって止めるかな。いい案はないか、エカイユ」

 まさか、撃つわけにもいかない。だが、ビークルで体当たりをかましたところで、ひしゃげるのはこっちの方だ。

速度に特化させている分、装甲は見た目ほど頑丈じゃない。

「興奮しているだけだ、視界を奪えば、落ち着くと思う」

 起き上がり、エカイユはビークルのライトに照らし出されて浮かび上がってくる、幼鳥の姿を睨み付けた。

「ウルブスキィ殿、あの幼鳥の前方へと出てくれ。後は、私が何とかしてみせる」

「なんとかするって、どうするんだよ?」

「飛び移る。やってくれるだろうか?」

 無茶だと、出かかった言葉を飲み込む。覚悟も無く口にするわけがない。

近距離で見つめ合う顔は強ばっているが、迷いはない。なら――

「やるよ。やるからには、成功してくれ」

「もちろんだ!」

 動力の悲鳴を聞かなかったことにして、アクセルを更に踏み込む。

不規則に隆起した氷床に機体のバランスが崩され、思うように速度がでないのがもどかしかった。

 いっこうに縮まらない距離に、舌打ちが漏れる。

「足場が悪いとは思っていたが、これは、まずいな」

 ビークルの残り燃料を確認するために目を向けたモニターに、赤い影が差している。エカイユも、この先に待ち受ける存在に気付き、顔を強ばらせた。

「……クレバスだ。このまま進めば、落っこちまうぞ」

 錯乱している幼鳥は、迫り来る脅威に気づけない。いくら足が速くとも、飛べないのでは、奈落の底に落ちるしかないだろう。幼い命は谷底で、ぺしゃんこだ。

「お願いだ、ウルブスキィ。追いついてくれ!」

 周囲の凹凸は徐々に大きさを増し、中には山のように切り立つものさえ出てきた。何百、何千年前に大きな地殻変動でもあったのか。

とにかく、このまま普通に走っているだけでは、追いつけない。

「しかたない、後で大目玉を食らうだろうが――奥の手だ!」

 手元のレバーを、一気に押し込む。安全装置が解除され、唸るような動力音が機体を揺るがす。

『歯を食いしばっておけよ、エカイユ』

 しっかりとハンドルを握り、ガラスで蓋が被されているボタンを押し込んだ。

『お願いだ、もってくれよ!』

 加速は、一瞬だった。

 押しつぶしてくる負荷に、機体がばらばらにならないようにと、信じてもいない神様に祈りつつ、必死になってハンドルにしがみつく。

制御を失えば、切り立つ氷の山に衝突しかねない。

 そして――急激な圧縮は、唐突に浮遊感へと変化した。

重力の手を振り切り、小さな氷山をジャンプ台代わりに、ビークルが虚空へと躍り出た。

「私たち、飛んでいる?」

「ほんの、ちょっとだけさ。口を閉じてろよ、舌を噛むと酷いからな!」

 オーロラがたなびく夜空がぐるりと動き、着床する。

舞い上がる、雪。

予想以上の衝撃に、痺れる手がハンドルから離れ、ビークルの機体がぶれる。

『こなくそ! ここまでやっといて、失敗してるんじゃ格好つかねぇだろうがよ!』

 暴れるハンドルへと齧り付いた。

直感をたよりに、ビークルの進路を切りひらく!

「エカイユ! やってやったぞ!」

 ライトに、黒い塊が入り込んだ。

 わんわんと鳴きながら突進してくる、それは――雷鳴鳥の子供の姿だった


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