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「本当に、やれるか?」
「あの子を助けるためには、やるしかない!」
有無を言わせない必死の気迫に促され、オレはキャノピーを上げた。
とたん、吹き込んでくる寒風がウェアの上から肌に突き刺さる。
煽られ、ぶれる機体のバランスをぎりぎりのところで保ちながら、雷鳴鳥へと距離を詰めてゆく。寒さで感覚が麻痺しているはずなのに、獣臭い呼気を感じて背筋が粟立つ。
乗り移るチャンスは、一度きり。失敗すれば、氷床に叩きつけられる。
エカイユだけじゃない。オレだって、近づきすぎれば巨体にはじき飛ばされ、粉々だ。
生か死か、二つに一つの挑戦。
乗らないで、どうする!
ビークルを当てる勢いで、走る雷鳴鳥へと更に接近した。
迫り来る死への恐怖に内臓は縮み、背中には嫌な汗が滲んだ。
血走ったつぶらな目が、こちらをギロリと睨め付ける。が、怯んでいる場合じゃない。こっちだって、必死だ。
目の前には、すっと背筋を伸ばして運命へと立ち向かう少女の姿がある。
凛としたその後ろ姿を目にして、逃げ出すわけにはいかないだろう。臆病ものになってたまるか!
『成功してくれよ!』
『もちろんだ!』
ビークルを蹴り、エカイユが宙へと躍り出る。
荒れ狂う風に流されまいと藻掻く、小さな体。
限界まで伸ばした手で雷鳴鳥の逆立ったトサカを掴み、エカイユはそのまま、頭部へ取り付く。
『くそ、止まらない? このままじゃ、二人して落っこちるぞ!』
幼鳥の速度は落ちず、頭部に張り付くエカイユを振り払おうと激しく暴れている。
併走しながら、オレは銃を取り上げ、いつでも撃てるように膝に置く。
エカイユがクレバスに落ちるのを、ただ見ているわけにもいかない。見殺しにするより、怨まれた方がマシだ。
もしもの時は、幼鳥を撃ち殺してでも足を止める。言葉にしなくとも、気迫が伝わったのだろう。
エカイユの視線が、肌に突き刺さる。
『だめだ! 撃たないでくれ、ウルブスキィ!』
『わかってる、ぎりぎりまで待つ! だがな、オレはこのまま、キミが死ぬのを許したりはしないからな。危なくなったら、なんと言われようが――撃つぞ!』
凹凸の激しい地形に、揺さぶられるビークル。舌を噛みそうになりながら、引き離されてしまわないよう、ファンを回し続ける。
動力と共に生産される水は、吐き出された瞬間に、氷の礫となって外気へと放出される。雪と混じり合い、ライトの強い光を浴びれば、美しいダイヤモンドダストとなって操縦席へと降りかかり、オレの肩に積もった。
雪と氷と、呼気が作り出す氷霧。まっ白に染まる視界の向こうで、暴れる幼鳥を必死になって宥めるエカイユの、悲鳴が上がる。
『お願いだ、止まってくれ! 私たちは、お前の敵ではない』
幼鳥は、塞がれた視界でもなお、蛇行しながらクレバスへと向かって駆ける。まるで、死神にでも手を引かれているかのように、どんな巨大な氷山に行方を阻まれようと、死出への進路は変わらない。
手元のモニターへと、視線を落した。亀裂を示す赤い表示は、ぐんぐん迫ってくる。
「くそ、止められないか?」
口腔に滲んでくる苦味を噛みしめ、ライフルを構えた。撃ち抜くのは簡単だ、幼鳥は錯乱していて、こちらに何の注意も向けていない。
『だめ! 撃たないで! 殺してはいけない!』
エカイユの悲鳴を頭から閉め出し、照準を合わせた。
頬に触れる、熱を孕む銃の感触がオレの全ての感覚を切り替える。
何もかもが、鋭敏に研ぎ澄まされてゆく。脳裏にあるのは、光線が雷鳴鳥を撃ち抜くイメージのみ。
だが。
(くそったれ、どうしたらいい?)
頭に残る、エカイユの声が離れない。
動かない指を銃爪から引き抜き、シートに座り込む。レーダーはクレバスを感知して、警告音を鳴らした。
もう、時間がない。
『なにがあっても、怨まないでくれよ。ただし、絶対にキミを助ける。絶対に、だ!』
残る手立ては少ない、それも危険な手だ。息切れし始めたビークルを宥め、さらに加速を掛ける。
『――あなたを、信じる』
幼鳥にしがみつくエカイユが、頷いたように思える。気のせいかも知れないが、腹を決めるときだ。
幼鳥の方もさすがに体力が尽きてきたのか、スピードが落ちている。
――今だ!
ビークルと並んだ巨体へ向かって、オレはハンドルを思いっきり切った。凍土を喰むソリからの振動に、機体がばらばらに砕けてしまいそうだ。
バランスを崩し、横転寸前のビークルは、腹を向けて幼鳥へと突っ込んでゆく。
『来い、エカイユ!』
喉が乾上がりそうな恐怖を飲み込み、オレは操縦席から立ち上がった。両手を広げ、待ち構える。
飛び込んできたエカイユと、ビークルが幼鳥と接触したのは、ほぼ同時。
両腕に柔らかい感触を抱きしめたまま、あまり快適とは言えないシートに背中から叩きつけられる。
衝撃に、口の中を切ったのか。
滲み出す血の味に吐き気が込み上げてくるが、今は気を失っている場合じゃない。
ハンドルへと手を伸ばして、機体を立て直し、幼鳥から離れる。
『やってやったぞ』
幼鳥の進路は、クレバスからビークルへと変わった。
衝突の衝撃をもろともしない、雷鳴鳥の強靱さには笑うしかないが、オレもわりと諦めの悪い方だ。
だが、無茶を強いられ続けたビークルはというと、思ったように動いてはくれなかった。
『どうする、ウルブスキィ!』
『衝突の時に、ファンをやられたみたいだ。こうなっちまうと、どうにもならねぇな』
背後から、怒り狂う雷鳴鳥が追いかけてくる。ほぼ惰性で走っているビークルでは、振り切れるはずもない。
『悪運が尽きてないのを、祈るしかねぇな、こりゃあ』
目の前には、塔のように聳える氷山がある。その麓は窪地のようになっていて、吹きだまりの雪が堆積している。
『約束は、守る』
『言っただろう、信じると』
ぎゅっとしがみついてくる体を包むように抱え直し、短く息を吸いながら、立ち上がった。
速度はだいぶ落ちているとは言え、恐くないと言えば、嘘になる。
だが、迷っている暇はない。
こめかみに氷って張り付く汗を払い。氷山のすぐ下、雪の吹きだまりへと向かってオレは飛び込んだ。
全身が粉々になるような衝撃に、悲鳴も出ない。
ただ、無事を祈るしかなかった。




