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「一応、聞く権利はあるだろ? なんで女の子が密猟者に襲われる羽目になったんだ?」
ヒカリゴケが壁一面に敷き詰められ、洞窟の街といっても、リムセラは外よりもだいぶ明るい。
そこかしこに街灯も立てられていて、あたりを見回すには十分な光量を保っている。
「密猟者に出くわしたのは、偶然だと思います。たった一人で立ち向かえるような相手でないことは、よく分かっているでしょう。ほんとうに、捕まらなくて良かった」
ジャッドは気まずそうに後ろ頭を掻いた。
「剣の腕も射撃の腕も、なまじの男よりも有能な子です。若いが、雷鳴鳥を駆る騎士として名を馳せてもおかしくはない。ですが、彼女に従う雷鳴鳥がいないのです」
「雷鳴鳥ってのは、女は乗れない、とか?」
「性別ではなく、相性の問題ですね。エカイユの気性に合う雷鳴鳥が、リムセラにはいないのです。騎士の鳥として調教されたモノにも、織物用として飼育されているモノすら全て。残る可能性は野生種しかない」
「なるほどね、野生の雷鳴鳥を探して凍土をふらふらしていたと。ずいぶんと、勇猛なお嬢さんだ」
密猟者と鉢合わせてしまったのは、偶然でもあり必然でもあったわけだ。密猟者もエカイユと同じく、雷鳴鳥をさがしていたんだろう。
「本当に、気の強い子です。いいえ、強すぎると言った方がいいのか。跡目として、小さな頃からずっと気を張っている。分かってはいても、こればかりは血の宿命です。重荷を取り除いてやることは、できない」
「でも、支えることはできる。オレが出くわさなくたって、アンタがエカイユお嬢ちゃんを助けていただろうさ」
「小さな頃からすっと世話を任されていましたからね、なかなか過保護がぬけないんです」
ジャッドは気恥ずかしそうに笑い、肩をすくめた。
「小さな女の子が外を一人でうろつくなんて、過保護じゃなくても心配になるさ」
「だとしても、いつまでも後ろに立っているわけにはいきません。エカイユは騎士になることにこだわっていますが、デューケ郷の跡目はなにも騎士でなければならないわけではない」
「騎士を諦めろ、と?」
立ち止まって、ジャッドは深く息を吸った。
「無茶も、ほどほどにしてもらいたいのですけどね」
ため息交じりの声は重く、自分への戒めのようにも聞こえる。世話役であり、騎士団長である手前。まばゆく儚いエカイユの夢に引導を渡すのは、ジャッドに与えられた使命だ。
「大変だね」
エカイユに騎士としての資質がまったくないのなら、まだ良かったのだろう。エカイユも歯がゆいだろうが、ジャッドも同じくらいに悔しく思っている。煮えきれない、顔をしていた。
「私は、ここで失礼させていただきます。長老に報告がてら、ウルブスキィさんの歓迎会を開く手はずを整えて参りますよ。屋敷までは、一人で戻れますね?」
手綱を引いてきた馬の背に乗るジャッドに、了解の位で片手を上げた。
「なあ、ジャッド。アンタほどのニンゲンが決断できいってんなら、まだ時期が来てないだけなんじゃないかってオレは思うよ。……甘さでも、同情なんかでもない」
馬上、ジャッドは笑った。
「街のような贅沢はできませんが、楽しんでいってください。今宵はいつになく賑やかな宴になるでしょうから」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
ジャッドを見送ってから踵を返し、来た道をさかのぼる。
豊かな牧草地が、目の前に広がっている。外が極寒の世界だとはとても思えないほど、生命に満ちている。
めったに嗅げない土のにおいを胸一杯に押し込んで、ゆっくりと歩いた。踏みしめる柔らかい感触が雪よりも柔らかくて、笑い出したくなるほどに面白い。
「これで、風があれば最高なんだが、さすがに帝都のようにはいかないか」
屋敷は丘の上にあり、地下へ向かって緩やかに傾斜している集落の全貌を眺めることができた。
集落の中心に聳えるのは、ロトュスプル。
月報草と同じように、決まった時間に花を開く木だ。
あまりにも大きすぎて、枝先は洞窟の天井を支えるように這っている。花びらが閉じているところを見ると、リムセラの現在は昼なのだろう。
集落を眺めていると、さすが騎馬民族と言われるだけあって、民家よりも、凍土馬や雷鳴鳥の畜舎が多いのに目が行く。エカイユの屋敷も、大きな庭のほぼ半分が馬房になっているようだ。
「―――ただいま」と、誰にともなくかたりかけ、屋敷の裏口からドアに手をかけ、立ち止まる。
馬たちの嘶きに混じり、小さなすすり泣きが聞こえてくる。
丘の下の景色を眺められる見晴台のような庭を覗きこめば、銀色の綺麗な巻き毛が見えた。
エカイユだ。
髪と同じ色の瞳が印象的な少女騎士が一人、泣きじゃくっている。