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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
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          6話 光の中の恋人たち

 スピルは、娘のセイリンのことで頭を悩ましていた。

十六歳のセイリンが、十八歳のリオンに恋をしたのだ。

ラーウスでは、異国人が奥地に入るのは珍しく、

ましてや十六歳の乙女が、異国人の青年に恋をするのは初めてだったのだ。


 二人ともベラを好きなのがきっかけだった。

セイリンは、リオンがベラの手伝いをする姿に惹かれるようになり、彼を好きになっていく。

そしてリオンも、彼女を意識するようになっていった。


 セイリンは、ベラのドレス騒動を聞いて、彼女の服のデザインをしていた。

それで「サライへ布を買いに行きたいので車を運転して欲しい」とリオンに頼む。

彼女は、リオンをデートに誘おうとしたのだ。

それはリオンの故郷では珍しくないのだが、ラーウスでは前代未聞だった。


 とにかくリオンもベラに素敵な服を着てもらいたいし、セイリンの願いをかなえたいのだけれど、

車をどう調達しようかと、もたもたしていたら、その計画をスピルに知られてしまった。


 スピルは、自分がセイリンをサライに連れて行くことにする。

その時に、恋について、父親として娘に話そうとするのだけれど、なかなか難しい。

自分もラーウス人としては早く結婚しているので、娘の気持ちを分からないでもない。


 ところがリオンの父親が息子とラーウスの娘のことを知ると、すぐに彼を呼び戻し、

兼ねてから建築を学びたいと言っていたエスペビオスの大学へ送ってしまったのだ。

こうしてセイリンの恋は、第一ラウンドを終えるのである。



 それから四年後、セイリンはラーウスを離れリオンの元へ行った。

リオンはエルナトでの経験から、在学中に僻地の学校建設のボランティアをするようになり、

その方面への仕事へ進んでいこうとしている所だった。


 セイリンは、数ヶ月から半年ごとに住所を変えるリオンに付いていく。

そうする内に、ラーウス人が他人種と違うのに気付いていった。

また、リオンとは生きる道が違うのだとも理解する。

恋の第二ラウンドが終了したので、彼女はラーウスに戻ってきた。



 親友のミユが言っていたように、セイリンは、ラーウス人が外で暮らすのが大変なのを体験したのだ。

それから彼女は、憧れのベラにならってキラルの弟子にしてもらう。

すると、ミユも対抗心を燃やして挑戦するのだけれど、

恋人を見つけるとさっさと結婚してしまい、あっという間に三人の子持ちになった。



 セイリンは、ラーウスの外で経験したことを生かしてキラルのようになっていく。

そして結婚することなく、キラルが死んだ後もラーウスを影で支えたのだ。


 彼女の生き方は、父親のスピルにとって複雑な心境なのだけれど、

下に四人の子供たちがおり、孫たちもいるので、

まあ一人ぐらい、こんな子もいていいのかもしれないと思ったのだ。



 ラーウス人の中でも特に気性の激しいセイリンを受け止められたのは、優しいリオンだけだった。

その激しさ故、リオンも彼女を忘れることができず、彼女が去った後も長い間独身を通した。


 リオンが居を構えず、あちこちを行き巡ったのは、貿易商である父の影響だったのだけれど、

故郷に戻っていた兄とは連絡を欠かさないでいた。

彼は、ロセウスの王宮で賢者をしていた兄を尊敬していたのだ。

それでも彼自身は、故郷に戻ることはなかった。


 そして年を重ねて行き、そろそろ一所に落ち着こうと思っていた頃、帝国の田舎にある大学の講師に呼ばれる。

その大学は、多くの貴族たち学ぶ大学で、石造りの町も風情のある穏やかな所だった。



 リオンは結婚し、一人の娘に恵まれる。

彼は自分の娘に、ベラから聞いた「バルナの騎士の話」をして聞かせた。

ベラに迷惑をかけてはいけないと思い、名前はふせ、「エルナトの女王」とだけ言う。

彼にとって「エルナトの女王」は、ベラだけでなく、セイリンでもあったのだ。


 娘は、その話を聞くのが大好きで、何度もせがんで話してもらったという。

彼女は、「エルナトの女王とバルナの騎士の恋物語」に夢を馳せ、

「バルナの騎士」とは、どんな男性だったのだろうと思い描く。



 そのバルナの騎士であったマルクは、ラーウスから遠く離れ、農夫の娘と結婚し、自らも農夫になっていた。

そこで子供たちや孫たちに囲まれ、穏やかな暮らしをするのだけれど、

時たまやって来る放浪のバルナの騎士たちを養ったりもしていた。


 その騎士の一人がマルクの娘と結婚する。

血は争えないもので、生まれた孫息子は、騎士たちの話を聞くのが大好きなのだ。

そして自らも騎士としての訓練を受けるようになり、

バルナの騎士団がエスペビオスで再結成されたと聞くと、父と共に駆けつけた。



 騎士団が再結成された理由は、

ラーウスのイベリスが力を持ち、頭をもたげるようになったからだった。

イベリスとしては、ラーウスの存在が注目されるのは意に反しているのだけれど、

ウィリディスのアクィラ王に伴ったものだったので仕方がなかったのだ。


 その頃リオンは死に、娘は帝国のエスペビオスの女学校で学ぶようになる。

そして彼女は、マルクの孫息子にめぐり合うのである。



 マルクは自分の子供たちに、エルナトについて語っており、

彼は生涯、エルナトに君臨する女王の従者なので、彼女の命に従い、ラーウスへ行くことはないと話していた。

そして彼女が、ラーウス人であるとは言わなかったし、名前も言わず、

ただ、「エルナトの女王」とだけ話していた。


 誰もが馬鹿にするその話が、あまりにも奇妙なので、

騎士となった孫は、その「エルナトの女王」を心の隅に止めていた。

そしてリオンの娘も、彼女に恋をした「バルナの騎士」のことを忘れられないでいたのだ。



 不思議なもので、人の思いは、全く別の所にいる二人を引き寄せることがある。

この二人は、自分たちの聞いた話が同じものであることを知ったのだ。

彼は自分の祖父が、「エルナトの女王」に恋をしていたのかもしれないと思うと謎が解けたようで、

自分の前にいる娘に女王を重ねる。

彼女には、その気品があった。


 彼の祖父はすでにこの世を去っていたので、それが恋だったのかを確かめることはできなかったのだけれど、

自分も同じ道を歩んでいるように思えてならない。

彼女もそれは同じで、この若いバルナの騎士に会うために自分は生まれてきたのだと思った。

そうして、この二人は、ラーウスとバルナの平和条約に係わっていくのである。



 キラルが言った通り、マルクはラーウスとの平和交渉に応じた最初の者だった。

それでもキラルは、自分が呼び寄せた異国の娘が、このようにラーウスに係わるとは思わなかっただろう。


 それはセイリンの父親、スピルも同じで、

自分の娘が仕出かした頭を悩ます問題が、遠い将来、自分の子孫、

さらにはラーウス全体の生き残りに関係してくるとは思いもしなかったはずだ。


 平和条約が成立し、バルナが再び国家として復活した時、スピルもキラルも生涯を終えていた。

バルナが再建されたことは、ラーウスにとって不本意とは言え、何が正しかったのか判断するのは難しく、

彼らも意見することはない。



 バルナの騎士が跪いた「エルナトの女王」とは誰だったのか、

ついにその正体を明かせる者はいなかった。

それに、「エルナトの女王とバルナの騎士の恋物語」は、あまりにも現実離れしているということで、

おとぎ話として片付けらてしまう。



 めくるめく、輝くような時の中で出会っては消えていく恋人たち。

まだ生まれていない、名もない者たち。

その者たちが織り成す恋の物語。

そんな物語が、平和をもたらしてくれるなんてこともあるかもしれない。



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