2話 山道
霧の立ち込める山の中、イベリスとベラはエルナトへと急いでいた。
聞こえてくるのは、二人の足音と荒い息遣いだけだ。
イベリスは止まると、後ろにいるベラを振り返った。
「君の方が、山に慣れてたと思うけど」
ベラは道端の木に寄りかかり、息を弾ませながら答える。
「認めるわよ。あなたの方が体力があるって」
「鍛え方が違うんだ。
にわか仕込みに勝てるわけがない」
イべリスが、冷ややかに笑う。
「ええ、そうね。
どうせわたしは、お嬢様として育てられたんですものね」
「お嬢様育ちにしては体力があるって褒めてやるよ」
「それは嬉しいわ」
と、ベラは忌まわしそうに答える。
それでも彼女は、負けるつもりはない。
「夕べは寝てないんでしょう?
誰かさんのことを思って。
山の中を走り回ってたんだから、体力の配分をした方がいいんじゃない?
エルナトへ着いたころには、へたばってしまうわよ」
ベラの嫌味な言い方に、イベリスはむっとする。
「一晩、寝ないくらいでへたばるもんか。
君が現れるまでが長すぎて、退屈していたから、丁度良い気分転換だったよ」
今度は、ベラがむっとする。
イベリスは、ニヤッと笑うと、彼女を残して先に行く。
「歩けなくなったら言ってくれ、負ぶってやるから」
「それだけは御免こうむるわ」
ベラは再び歩き出した。
霧が晴れ始めたころ、先を歩いていたイベリスは、二股の道を右へ行った。
「そっちじゃないわ、左よ」とベラが声を上げる。
イベリスは振り返った。
「こっちの方が近道だよ」
「わたしは、いつもこの道を通ってるから間違いないわ」
「時間が無いんだ。
そっちへ行きたければ行けばいいだろ。
エルナトで会おう」
イベリスは、ベラを残してそのまま先へ行く。
ベラは、仕方が無いという風にイベリスの後を追い、
「迷子になられても困るのよね」と彼に言った。
しばらくすると、彼らの道は、さっきの道に合流する。
ベラは煙に撒かれたような気がした。
イベリスの選んだ道の方が早かったのだ。
「ベラは風のようと聞いていたが、それも危ないものだ」
イベリスは、これ見よがしに言った。
彼女は何も言い返せない。
何故そうなるのかは分からないのだけれど、彼が正しかった理由は、はっきりしている。
「地図を見たのね。
わたしの道案内なんかいらないじゃないの」
「いや、道は変わることもあるし、地図が古くては迷ってしまう。
用心に越したことは無い」
イベリスは、そのまま先へ行った。
ベラは、イベリスの後ろを追いながら、彼への気持ちが甦ってきていた。
少しドキドキする。
二人で一緒に出かけているのだから、
「これは、もしかして、初デート?」と思ったりする。
そして、すぐにそれを打ち消した。
イベリスが、そんなことを思っているはずもなく、自分だけだなんて癪に障る。
それに、これをデートと言うにはかなり無理がある。
ラーウスの人々は歩く。
特に収穫期の今は、薬草を収穫している人とすれ違ったり、追い抜いたりすることが多い。
その人たちは、自分たちを、デートをしている二人とは思わないだろう。
長距離走をしている二人、と言った方がいい。
「以前のイベリスは優しかった・・・」
とベラは思った。
そして、ロセウスとエスペビオスでのイベリスを思い出す。
もちろん、良い思い出だけだ。
それに比べ、今のイベリスは、なんて冷たいのだろう。
しかも、「道案内をしてくれ」と頼みながら、わざと近道を教えて馬鹿にする。
こんな意地悪な人だとは思わなかった! 見下しているんだわ! 早くラーウスから追い出さなくては!
と、そんなことを考えていた。
イベリスにしてみたら、「冷たい」とか、「意地悪」と言われるのは侵害だっただろう。
むしろ、「自分の方が驚いた」と思っている。
しとやかだと思っていた彼女は、勇ましい女になっていた。
しかも、野山を駆け回るラーウスの女のようで、「嘘だろう?」と言いたい。
彼女がディフォーレスト家の森で育ったのを思えば、その要素はあったのだと感心している。
それなのに、こうして二人でいると変な気がしてくる。
別人とも思えるのに、どこか抜けた頼りないフロースのようで、戸惑いを隠せない。
その彼女がエルナトを復興? 馬鹿馬鹿しい。出来るわけが無い。
キラルも何を考えてるんだ!? 年を取ったということか。
乗りかかった船なので、さっさと用事を済ませてラーウスから出てってやる、と思っている。
そして、
「先ずはエルナトへ行って、それからだ」と足を速めた。




