4話 道の果て
森の中は湿度があるのだけれど、標高が高いので涼しく感じる。
午後に戻って来た陽の光が、森の中に光と影を作り、細く長く続く道を照らしている。
アリアは歩きながら、森の匂いを心地よく嗅いでいた。
「岩場では、大きな地震がなくてよかったですね」と案内人が言った。
アリアは驚く。
「え? ここには地震があるの?」
するとイベリスが、振り向いて答える。
「火山性地震で、ほとんど体に感じるほどではないけどね」
「じゃあ、あそこで地震があったら・・・」
「なかったからいいじゃないか」とイベリスは言って笑った。
アリアは、心の内でため息を付く。
遭遇したかもしれない危険や、色々な状況を考えると、
自分の考えが甘かったのだと、つくづく思い知らされる。
世の中には想像もしなかった世界があり、自分が小さく見えてくる。
世界は広く、こんな所にまで人々が暮らしているのだと思うと不思議でならない。
そんなことを考えながら、木々の生い茂るトンネルをくぐると村が見えてきた。
アリアは、ケフェルト村かと思ったら、アライゴ村だと聞いてがっかりする。
その村は、幾つかの道の分岐点にあった。
アライゴ村は薬草の収穫期なので、村人は幾分少なめだと言う。
その代わりに薬草を収穫する人々の往来があり、ささやかだが、市のようなものもある。
三日目の夜は、この村の宿に泊まることになった。
食事の後、イベリスはどこかへ行ってしまったので、アリアは少し気が楽だった。
今朝の騒動以来、気まずい思いをしていたからだ。
イベリスが淡々としているのにも救われている。
そしてアリアは、イベリスが、村のはずれに立っているのを見かけた。
彼は、一本の道の真ん中に立ち、そちらの方を向いている。
その後ろ姿は静かで、人を寄せ付けない。
気になったのだけれど、話しかける勇気も無く、知らないふりをして市の品物を見ることにした。
そこには、野菜や果物、それから、生ジュースや調理された食べ物が売られていて、
食べ物意外にも多種多様な物があり、雑貨市のようだ。
細かな部品のようなものまである。
この村には、鍛冶屋もあるらしく、鉄を叩く音も聞こえていた。
アリアは、ポーターの一人が、若い女性をイベリスの方へ連れて行くのに気が付く。
そして、三人は真剣に何かを話し始めた。
アリアが彼らの方へ近付くと、「ベラは、」と言う女性の声が聞こえる。
「ベラ!?」とアリアは、急いで彼らに交わった。
イベリスが、アリアに言う。
「ベラが、二ヶ月前に、ここを通ったそうだ」
「二ヶ月前!? じゃあ、今はどこに?」とアリアが言うと、その女性は笑いながら答える。
「二ヶ月もあれば、どこへでも行けるわ。ベラの足は速いし」
アリアは、それもそうだと思ってがっかりする。
イベリスが、
「ベラは、ここを素通りしただけだそうだ」と言うと、その女性も、
「彼女は、村には泊まらないのよ。
キラルの隠れ家があちこちにあるし、そこで寝泊りするのよ」と言った。
「全部の隠れ家を当たる訳にもいかないな。
それにキラルが教えてくれるとも思えない。
とにかく、彼女は大きな荷物を背負っていたらしい。
二ヶ月前と言ったら、薬草の収穫期はまだ始まっていないし、
何を運んでいたんだろう?」
「さあ、サライの方から来ていたから、そこから何かを持ってきたのかもしれないわね」
「じゃあ、ベラは、サライにもいたってことね」とアリアが、目を輝かせて言った。
「そうかもしれないけれど、彼女はあまりサライへは行かないのよ。
薬草もキラルの所で下ろして、それから先は他の者が運ぶし」
「ベラは、その荷物を、ケフェルト村へ運ぶつもりだったのかしら」
「いや、彼女は別の道を行ったらしい」
とイベリスが言うと、その女性は、イベリスがさっき見ていた道を指差す。
「彼女は、この道を行ったのよ」
アリアが、「この先には何があるの?」と聞く。
「いくつもの村があって、道はさらに分かれているわね」
「じゃあ、何の手がかりにもならないってことね」
アリアはがっかりする。
ということで、結局、ケフェルト村へ行くしかないのだ。
それでも、この女性の情報は、ラーウスへ来て初めての、直接のものだった。
アリアは、ベラが存在するのだと実感し、彼女が近くにいるように思えてくる。
その女性が話し終えて分かれると、アリアは彼女を追い、
「ねえ、ベラっていくつぐらいなの?」と聞いた。
彼女は振り向くと、「そうね・・・」と考えて、
「わたしぐらいの年だと思うわ」と答える。
「じゃあ若いのね、髪は?」
「わたしと同じ色で長くて、このように組んでいるわね」
と彼女は、その長くて明るい色の三つ網にした髪を見せる。
アリアは、ここの若い女性の普通の髪形だと思う。
「背は、高いの? 低いの?」
「わたしと同じ位かしら」と言った。
アリアは次第に、こんな質問をしても意味が無いように思えてくる。
最後に、
「服装は? 彼女はいつもどんな服を着ているの?」と言うと、彼女は笑いながら、
「女性の作業着よ。丁度、わたしが着ているみたいな」と言った。
アリアが、あまりにもがっかりしたので、その女性は気の毒に思い、
「とにかく、またベラを見たら、今度は声をかけて、あなたに会ったことを伝えるわ。
あなたの名前は?」と聞くので、
「アリアよ」と答えた。
それを聞いた女性は、「アリア?」と驚いて、
「じゃあ、スピルが言っていたアリアさん?」と聞いた。
アリアも、「え? スピルを知っているの?」と驚く。
「ええ、もちろん! じゃあ、あなただったのね!
エルナトへ行く道路で、車が揺れるのを面白がった若い娘って。
あのエルナトとサライを結ぶ道路は、でこぼこですものね」と彼女は言って笑った。
「そうなのよ。面白かったわ」
アリアも笑う。
彼女は、アリアが笑顔になったので嬉しくなり、そのままおしゃべりを続ける。
「あの道の橋は、前の雨季の時、川が増水して壊れてしまったのよ。
スピルは、収穫期が終わったら修理を初めて、人だけでも通れるようにするんだって言ってたわ」
そうなんだと思いながら、アリアは、気持ちが和らいでいくのを感じる。
「嬉しいわ。こんな所でスピルを知っている人に会えるだなんて。
彼もここへは来るの?」
「ええ、スピルの住んでいるサイシア村は、ここからはそんなに遠くはないわね。
と言っても、歩いて半日かかるけど。
それに、今は橋が壊れているし、サライに行くんだったら、
岩場を通らなきゃならないけれど、ここを通った方が近道なのよ」
「えっ? じゃあ、ここからはエルナトへも行けるの?」
「そうよ」と彼女は言って、イベリスが見ていた道の方を向くと言った。
「この道の果てには、エルナトがあるのよ」




