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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
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     1章 捜索 1話 時を経て

 プリンセス・アリアは、顔を上げた。

そして、書き上げたばかりの報告書を隣の座席に置く。

彼女の前には小さなテーブルがあり、その上のティーカップから湯気が立っている。

それに手を伸ばし、一口飲むと、ほうっと息を吐いて時計を見、背もたれに寄りかかった。

目を瞑り、かすかに聞こえてくる人の声を聞く。

アリアは、帝国専用機を使わず、民間の乗客船を利用するようになっていた。


 従者のフィアマが、化粧室から戻ってきて、座席の報告書を見ると言った。

「ユリアンに渡しましょうか?」

アリアは彼女を向き、

「お願いするわ」と答える。

その報告書は、アリアが調査したフロースに関する記録で、

帝国情報部に送るものだった。



 ユリアンはフィアマの夫で、彼らは帝国情報部で働いている。

そしてアリアが旅行する時は、この夫婦が彼女の従者、またボディガードとして付けられていた。

彼らには大学生の息子がおり、アリアを、自分たちが持てなかった娘のように気遣ってくれる。

一見、この三人は、家族のようだった。


 そして誰もが、この夫婦の娘にちょっかいを出すのは無謀だと思っただろう。

フィアマは、がっしりした大柄の婦人で、母親と言うよりは留置所の刑務官のようだ。

夫のユリアンは、フィアマより細いのだけれど、鋼のような体つきをしていて表情は険しい。


 アリアは、二十三歳になっていた。

それでも、小柄なので年よりは若く見え、両親の保護を必要としている十代の女の子のようだ。

帝国の姫というよりは、どこぞの貴族の娘という風にも振舞っている。

アリアは、フロースの誘拐事件以来、用心深くなっていた。

 


 フロースが誘拐されて五年になる。

彼女を誘拐した反政府組織は、帝国警察によって弱体化され、ほとんど活動していない。


 皇帝は、プリンセス・アリアの身代わりとなったフロースの働きを高く評価し、

父親のディフォーレスト子爵に、帝国政府内の高い役職を与えていた。


 そして帝国警察は、引き続きフロースの行方を捜しているのだけれど、

貧民街の外で、警備カメラに写されたフロース以降、確実な情報は得られないでいる。


 そうして時と共に、この事件はあまり話題にされなくなっていった。

フロースの家族も、フロースのことを口にしない。

彼らは、娘のことを諦めてはいないのだけれど、

行き場のない辛い思いが、その口を閉ざしていたのだ。


 それでも、アリアだけは帝国情報部に働きかけ、精力的に動いていた。

彼女は、自分のせいでフロースがさらわれた事に、深く心を痛めており、

フロースの遺体が見つからない限り、彼女は生きていると言い張っている。

彼女は、この五年間、フロースを捜し続けていた。



 アリアは、貴族や将校たちのホテルのような保養所で、看護師として励まし、

挨拶をして回るという奉仕のような仕事をしている。

それも大切な仕事なのだけれど、

彼女がもっと実践的な仕事をしたいと願っても、周りがそれを許さなかったのだ。


 実際、皇帝陛下のお気に入りの姫を雇う方も、気を使うのである。

それでアリアは、その責任の薄い仕事に我慢しなければならなかったのだけれど、利点もあった。


 アリアは、フロースと思われる情報を聞きつけては、すぐにそこへ出向き、

彼女の消息について調べることができたからだ。

そして毎回、それが空振りになり、がっかりするのを繰り返していた。


 ところがそうしている内に、アリアの活動範囲は広がり、

帝国の域を超えるようになっていく。

プライベートの旅行も、ごく普通に出かけたりする。

帝国情報部と連絡を密にするのは課されていたが、

アリアは、政府とは一線を引いた、独自のネットワークを作り初めていた。



 アリアは、この日、ロセウスに向かっていた。

シャルム王の葬儀から七年が過ぎようとしている。

あの時は、フロースが一緒だったと思うと、涙がこみ上げてくる。


 フロースの優しい眼差し、柔らかい色の長くて美しい髪、細く清らかで、気高い姿。

そのすべてがありありと浮かんでくる。


 アリアは、そう思えば思うほど、ロセウスには行きたくないと思っていた。

それなのに、今は、ロセウスに到着するのが待ち遠しく、何度も時計を見る。


 彼女は、確実とも言える情報を得たのだ。


 そして、「フロース、今度こそ、あなたを見つけるわよ」と心に誓っていた。





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