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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
2部 ミラ
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          7話 交渉成立

 「さあ、着いたよ」とキラルが言った。

ミラは目を覚ます。

そして、いつのまにか、自分が荷台の荷物に寄りかかって寝ていたのに気付く。

辺りは、すっかりと夜の闇につつまれていて真っ暗だった。

家の灯りが点くと、開いたドアと窓からこぼれた光が急に周りを明るくする。


 「ここはプリシラの家さ。サライのはずれにあるんだ」とキラルは言った。

「今、夕食の準備をするから、先に体を洗ってさっぱりしておいで。

裏に温泉の湯が引いてあるから、浸かってくるといいさ。疲れも取れるよ」


 それからキラルは、荷台の荷物を取り上げ、

「ところで、プリオベール男爵からの伝言は?」と聞いた。

ミラは戸惑う。

伝言は無かったのだ。


 「あの、わたしはここに来るだけでいいと言われて来ました」

キラルが怪訝な顔をするので、ミラは、何かまずい事になのかと不安になる。

するとキラルは、

「まあ、いいさ、あんただけでも無事だったんだし」と言って、荷物を両手に持ち家へ歩き出す。

ミラも慌てて荷台から荷物を取り、キラルの後を追う。

「男爵は、わたしにヴァルハイ号で良く観察して、眠ってもいけないと言っただけなんです」


 キラルは立ち止まると振り返って言った。

「何だって?」

ミラは、また良くないことでも言ったのかと慌てる。


 「あんた、今、ヴァルハイ号と言った? あの貨物船の?」

「はい、入国審査を通ったのは、二家族と、三十二人の労働者風の男たちで、ザシャが、」

とミラが言いかけるとキラルが叫ぶ。

「ザシャ!?」

「そうです。彼らのまとめ役みたいで、キドは・・・」

と、ミラは一生懸命に、男たちの名前と、

彼らがどんな話をしていたとか、誰がどこで降りたとかを告げる。

究極の不安と疲れが、彼女の感情の箍を外したようで、自分でも何を言っているのか分からないほど喋り捲る。


 キラルは、一通り聞き終わると、

「とにかく、あんたは体を洗って、それから何かを食べて休みな。

明日、もう一度、ゆっくり話を聞くから」

と言い、家へ向かって、

「プリシラ! あたしゃ、ちょっと出かけてくるから、この娘の世話を頼むね!」と怒鳴る。

そして荷馬車に乗るとランプに火をつけ、残りの荷物を荷台に乗せたまま行ってしまった。

プリシラが慌てて家から出て来た時は、荷馬車は砂埃だけ残し、闇夜の中に消えた後だった。



 ミラは、温泉の湯に浸かり、夜空の星を眺める。

月は出ておらず、星は天上を美しく飾り、高い山も建物もないサライの街を覆っている。

湯の中で眠ってしまいそうだったので、長湯はしないことにし、湯から上がり、

籠に、若いラーウスの女が着そうな服がたたんで置いてあるのを見つける。

その服を取り、匂いを嗅ぐと、ほのかなスパイスの香りがした。

すると、自分はラーウスにいるのだと実感する。


 それから、プリシラが作ってくれた夕食を食べ、柔らかい床に就き、死んだように眠る。

ミラは夢を見なかった。

夢は、現実になっていた。




 朝、ミラは、変な音で目が覚めた。

それは開いた窓の、外から聞こえてくる、ロバが草を食んでいる音らしい。

それでも彼女は、自分がどこにいるのか、分からないでいる。

ぼーっとしながら天井を眺めていると、天井が低いなと思う。

そしてここは、カーゴスペースではなく、家の中だと気付く。

窓の外を見ると、乳白色の朝霧が消えていくころだった。


 「朝霧。そうだ、ここはラーウスだ。わたしはラーウスにいるんだ」

そして、夕べこの家に着いたのだと思い出す。

起きることにし、寝衣を昨夜の服に着替える。

そして部屋のドアを開けると、隣の部屋は、キッチンを兼ねた居間だと分かった。

小さな家だけれど、とても温かい感じがする。



 「起きたようだね」と、ロッキングチェアに座っていたキラルが、薬草茶を飲みながら言った。

ミラは、

「おはよう・・・ございます」と言うのだけれど、そのままドアの所に立っている。


 横に、銃が置いてあった。

それは、夕べ、荷馬車に乗っていた時、プリシラの横にあったものだ。

プリシラは、今は家にいないらしい。


 ミラがそれを見ていると、キラルが、

「まあ、こっちへ来てごらんよ。お腹は空いてないかい?」と聞くので、

ミラは頭を左右に振り、キラルの方へ行った。

「じゃあ、薬草茶をやろう。頭がすっきりするよ」

キラルは、火がくすぶっている暖炉の端にあるやかんを取り、茶碗に濃い茶色のお茶を注ぐ。


 ミラは椅子に座ると、そのお茶を飲み、それから自分が着ている服に手を当てて言った。

「服をありがとうございます。あの、わたしの服は?」と聞くと、

「ああ、プリシラが洗ったよ。

それから、これは男爵のものだね」と言って横のテーブルを見る。

そこにあったのは、プリオベール家の紋章のある短剣と鞘で、ベルトに付いたものだった。


 キラルは、くくっと笑うと言った。

「あの坊やは、とんだ食わせ者だったね。

まあ、あんたも大変な目にあったもんだが、あいつも自分の首を掛けてやったんだろうね」と言った。

ミラは、何のことだろうと思ってキラルを見る。


 「あたしゃ、プリオベール男爵に、密猟者の情報が欲しいと言いはしたよ。

そうなんだけど、男爵は、私が考えてた以上の情報をくれたんだ。

あんたの口からね」

ミラは、密猟者について聞くのは初めてだった。

自分が知っているのは、スパイスのことだけだと思う。


 「密猟者なんて知りません。

男爵から聞いたのは、スパイスの交渉のことだけです」

「スパイスが男爵の狙いだけど、こっちは、はなっから交渉するつもりは無かったんだ。

まあ、あんたをよこしてもらうついでに、密猟組織のことでも教えてくれりゃ、

それに見合ったお返しぐらいはしようと思ってたけどね。

ところが、こっちが何を欲しがっているのかを知った男爵は、あんたを利用して、

自分の欲しいものと、こちらへ渡すものとの釣り合いを取ったんだ」

ミラは、まだ腑に落ちない顔をしている。


 「あの、それで、わたしをここへ来させるというのは・・・」

「ああ、あんたが誘拐されて、あの辺りにいるという情報は入ってたからね。

まあ、あの貧民街の『お頭』と男爵の関係から、もしかしたらと思って鎌をかけてみたのさ。

男爵はラーウスについて調べてるから、あんたからエルナトの情報が漏れては困るんだ。

元はと言えば、あたしが、あんたに漏らしたんだけどさ」


 ミラは、エルナトについては、帝国政府が持っている情報の一部しか知らないと思っていたので、

「エルナトの情報ですか?」と聞いた。

「そうだよ。それで、ミラ・ラスクを人の名前だと言って、ごまかそうとしたんだ。

あんたは、ミラ・ラスクが何だか知ってるんだろう?」

「それは、イベリスが、あの霧の湖にいた幻想的な景色のことですか?」

「幻想的な景色?」とキラルは、意外だと言う顔をする。


 「ええ、イベリスは、再びエルナトが攻撃されて、人が死ぬようなことになるのではと心を痛めていました。

それで、自分はエルナトに戻らない方がいいと思ったのだと思います」と答える。

キラルは驚き、しばらくミラを見ていたけれど、ため息をついて、

「まあ、いいさ。それはあながち嘘でもないし、あたしが考え違いしてたってことだね」と言った。


 「とにかく、あんたが持ってきてくれた情報が、男爵の提供したものだったんだ。

さあ、これから確認するから、もう一度、良く思い出しておくれ」

そう言ってキラルは、テーブルの上の書類を取ろうとする。


 ミラは、「あの、わたしが持ってきた情報とは?」と聞いた。

キラルは、驚いてミラを見ると、笑い出し、

「なんだ、まだ気付いてないのかい? 全く、あの男爵は、上手くやったもんだ」と言った。


 「男爵は、あんたが失敗しても、自分には火の子がかからないようにしていたんだろうね。

失敗した時のリスクを考えたら、それは当然だけど」


 キラルは、困惑しているミラの茶碗に薬草茶を足し、やかんを暖炉の掛け金に戻す。

そして振り返って言った。

「プリオベール男爵は、ラーウスとの交渉に成功したんだよ」



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