5話 悪戯
アリアも、騒動を起こす点では、アクィラに負けていない。
そして彼女の「看護学校入学騒動」も、深い考え無しに起こったものだった。
アリアは、突然、自分で直接に看護学校へ行き願書を出し、入学試験を受けようとしたのだ。
その結果、フロースがアリアの従者になったのだから、アリアも、フロースがイベリスに出会うきっかけを作ったと言える。
宇宙帝国の皇族たちの間ではボランティア活動が奨励されており、個人授業で看護について学び、病院などで奉仕する姫たちもいる。
自由奔放な性格で知られていたアリアは、身分の違う者にも敬意を持って接し、臣民から親しまれ、愛されていた。
それで人々は、アリアが臣民のために看護の専門知識を学ぼうとしたのだと思った。
ところが、彼女にそんな高い志があった訳ではない。
片思いの、フロースの弟のカイが、医科大学へ入学したのがその理由だったのだ。
カイは、女の子を追いかけるよりは、叔父の探検旅行やそこで経験することの方を面白がっている男の子だった。
野心家の兄たちとは違い、幼いころは深く考えることなどせず、一つ年上のフロースと双子のように遊んでいた。
目立つことを好まない性格も、フロースとよく似ている。
そして少年期に入り、独立心が出てくると、自分の父や兄たちより叔父や従兄たちの方に付いて行くようになった。
そこで色々な経験をし、医療への関心を持つようになり、貴族が職業として選ばない医者になりたいと、父親の影響から逃れて連邦国の大学へと留学したのだ。
アリアはいつもは大胆なのに、カイの前では、はにかんで気のない素振りをする。
カイは、女の子への興味がないことはないのだけれど、すぐに面倒くさがってしまうのだ。
それで、アリアは、会話が続かなくて困っていた。
カイは、アリアの気持ちにすら気付いていない。
それでアリアとしては、カイと共通の話題を持とうとして、看護学校へ入学することを思い付いたのだった。
アリアは、幼いころから、カイの叔父である探険家のサー・ナイジェル・ディフォーレストを尊敬している。
そして二人の息子、ハリスとバーディとも、早いうちから親しくなり、特に弟の方のバーディと意気投合していた。
初めアリアは、バーディに恋していたのだけれど、プレイボーイのバーディは、アリアを妹のようにしか見なさず、
彼女の初恋はあっけなく終わってしまった。
そうしている内に、従兄弟たちといつも一緒にいるカイの秘められた魅力に気が付いたのである。
カイの型にはまらない飄々とした性格は、アリアにとって新鮮だった。
それなのに、カイの前ではどうしていいのか分からず、ますますバーディの方と親しくなり、恋の悩みもバーディに相談していた。
そんな二人を見たディフォーレスト子爵は、バーディとアリアのことを画策し始める。
その企みに気付いたバーディは、アリアがカイを好きだと子爵に告げた。
丁度、その頃、アリアの看護学校騒動が起こり、
子爵は周りの反対を押し切ってアリアが看護学校へ行けるよう手配し、
娘のフロースをアリアの従者に付けたのだった。
それでアリアは、行動力のある子爵が、フロースの結婚を黙って見ているのを不思議に思っている。
有能な子爵でも、フロースのことはどうにもならないと言うことなのだ。
「私は、カイのしていることをもっと良く知りたいの」とアリアが言うと、フロースは、
「そうですね、お互いに共通の関心があるのは良いことです」と答える。
フロースがそう答えたのは、自分は、伯爵と共通の関心があると思い込んでいたからだった、
フロースは、アリアの想いを叶えさせてあげたいのだけれど、
自分の弟の性格を良く理解しており、連邦国に留学してしまった今となっては、告げてもどうなるわけでもなく、
アリアの話を聞くことだけしていた。
もちろん、アリアが看護学校に入学したのが、そんな不純な動機からだとは少数の者しか知らない。
人々は、「あの姫なら、そんなこともするだろう」ぐらいにしか思っていなかった。
アリアは、自分勝手な行動をしたことを周りの者たちから散々怒られるのであるが、
彼女を可愛がっている皇帝としては、その願いを遂げてやりたいという気持ちもある。
それで、フロースの父の助けは、渡りに船で、フロースを従者に付けるという条件で許されたのだった。
アクィラは、そんな背景を知らないのだけれど、もし知っていたら、更なる騒動を起こしたかもしれない。
今の所、アクィラの悪戯は、イベリスを的にしているだけだった。
アクィラは、
「プリンセス・アリア、このロセウスはいかがですか?」
とアリアに巧みに話しかける。
「とても美しい都市だと思います。
本当に、その名の通りに、淡いロセウス色に包まれているのですね。
また、惑星ウィリディスも美しい所と聞いております」
「では、惑星へ降りてみられてはいかがですか?」
突然のアクィラの勧めに、アリアは戸惑った。
「それは嬉しいお誘いですが、そちらに面倒をかけるわけにはいきません。
それに、わたしたちには学校がありますので、すぐに戻らねばなりません。
いつの日か、再びこちらに参ることがありましたら、是非、訪問させてください」
するとアクィラは、そんな事は問題ではないと言う風に説得し始める。
「エスペビオスから、ここは離れています。
『再び』と言っても、ずいぶん後になるでしょう。
いっそのこと、戴冠式までこちらに滞在されるのはいかがですか?」
そのアクィラの提案にアリアは驚き、外務大臣と全権大使が何かを言おうとすると、アクィラは手を少し挙げてそれを留めた。
驚きは、ウィリディス側にとっても同じで、会見の間に緊張が走る。
アリアは、それを感じたものの、臆することなくはっきりと答えた。
「心遣いはありがたいのですが、わたしとフロースには試験も迫っております。
お断りするしかありません」
「でしたら、ここで勉強を続けられたら良いでしょう。
短期留学ということで、こちらの方からエスペビオスの看護学校へ連絡を取れます。
ウィリディスは、医療に関する知識は深く、医科大学や看護学校との関係もあります。
ここで試験を受けることも問題ないはずです。そして」
と言って、イベリスを見る。
「イベリスは、わたしの教師でもありました。彼を、お二人の教師に任じましょう」
アリアはイベリスを見る。
イベリスもアリアを見ると、表情を和らげて軽く会釈した。
「そうですね・・・」とアリアはいつに無く慎重な態度を見せる。
「わたしだけでは決められませんので、外務大臣と相談してからお答えします」
アリアは、このアクィラの勧めにどんな意味があるのだろうと思い、即答を避けた。
いつものアリアだったら、「素敵!」と、ためらいもなくこの誘いを受け、
自分のしたい様にすることだろう。
外務大臣もそれを心配していたのだ。
この時アリアは、看護学校騒動の教訓を忘れていなかった。
たとえ自分の願いが許されるとしても、
そこまで行き着くプロセスを踏まねばならないことを、きつく言い渡されていた。
とにかく、アリアの慎重な態度に、周りは安堵するのだけれど、
この魅力的は誘いは、アリアの目を生き生きとさせている。
アクィラは、アリアが残ると思った。
彼女がまともに対処したのはちょっと期待はずれで、もっと騒いでくれてもと思ったのだけれど、周りの者たちを説得するはずだと判断する。
それで、この会見を閉じることにした。
アリアとその一行は、アクィラに礼をすると会見の間を出て行った。
アクィラは、彼らが出て行くのを目で追っていたイベリスに言う。
「お前には聞かないで決めたが、それで良いな」
イベリスは、アクィラの方を向く。
「わたしに聞く必要はありません」
そう答えたイベリスは、普通の様子に戻っていた。
「あなたは王になられる方ですが、わたしはあなたの助言者ではありません。
わたしに命令するだけでよろしいのです。
ですから、仰せの通りにいたします」
アクィラは、そんなイベリスに挑戦的な目で笑いながら、
「では、そうしてくれ」と言った。