4話 自立
ミラは、また熱を出してしまった。
今回の熱は一日で下がったのだけれど、心は晴れず、意気消沈したまま起きられずにいる。
プリオベール男爵が様子を見に来ると、ミラは申し訳なさそうに体を起こした。
彼女は、男爵の期待に答えたい、愛されたいと思っているのに、うなだれて何も言えなくなる。
涙がこぼれそうだった。
男爵は、そんなミラを抱きしめたくなる。
彼がそうしなかったのは、ここで妥協すれば、すべてが終わりになるからだった。
情をかければ彼女は崩れ、ラーウスへは行かないと言うだろう。
それでは困るのだ。
「ミラ、あんたが行くのは、あんな風にあんたを扱う男たちが何十人もいる所だ」と男爵が言った。
彼女は顔を上げる。
「あんたは、普通の乗客船では国境を越えられない。
偽名を使って行くんだからね。
貨物船に乗り、しかも国境を越えた後、ウィリディス同盟国への入国審査がある。
そこを越えることすら、簡単ではないんだ。
今のあんたでは、お嬢さん過ぎて、すぐに身元が割れてしまう。
その前に、男たちの手にかかってしまうかもしれない。
もちろん、従者はつけてやる。
だが、うちの者じゃなくて雇われた者だ。
そいつは、あんたの命を身を挺して守るなんてことはしない。
つまり、あんたは自分で自分を守らなきゃならないんだ。
だから言っただろう? 難しいって。
あんたは、自分で行きたいと言ったんじゃなかったのか? 本当に、やる気があるのかね?」
ミラは、そこで初めて、自分が甘く考えていたのだと思った。
上品なスープを作っているどころではなかったのだ。
ミラは、男爵の顔をしっかり見ると言った。
「分かりました。私は安易に考えていました。あなたの言う通りにします」
男爵は、通じたと思った。
そして、「もう、お嬢さん言葉も無しだ」と言った。
それからミラは、以前のように無邪気な笑いをすることは無くなった。
笑顔は見せても、自立した一人の女性の笑顔で、上司の指示に従い、仕事をしている部下だ。
就職したことのないお嬢様だった彼女は、真剣に取り組み、甘えを見せなくなっていた。
男爵は、少しずつ自分の計画をミラに話すようになる。
「スパイスは、色々な効力があることが知られていて、まだ研究中なんだ。
わたしは、その研究をも手がけている。
元々あのスパイスは、ラーウス人のために作られたものだったんだ」
それに驚いたミラは、「ラーウス人のため?」と聞いた。
「彼らがラーウスに移り住んだ理由は、自分たちの種の保存と回復だ」
「種の保存と回復?」
「ああ、そのことを知っている者は、あまりいないがね」
「その昔、彼らは自分たちの遺伝子を操作し、科学の力でより知能指数の高い子、論理的で数学的な人種を作ろうとした。
ところが、進めば進むほど、感情のバランスが崩れ、残虐な性格へと変わっていったんだ。
自然を侮った罰だな。
それですべてを捨て、辺境の奥地へ逃れ、隠遁生活のような生き方を選んだって訳だ。
薬草も、損なわれた自分たちを回復させるためのものだ。
スパイスを抽出することはウィリディスにさせ、自分たちは、出来るだけ文明の利器を使わないようにしている。
彼らは、科学的な発展には興味が無い。
それより、自分たちを抑制する生活の方を重要視している。
完全に回復するまでね。
国家間の争いごとに巻き込まれないように、資源の乏しい辺境の惑星に住み、他国から攻撃されそうな施設も作らない。
わざと質素な生活をし、自分たちは価値がないように見せている。
エルナトの伝説は異例だが、それを心配するより、
彼らの性格や感情を抑制することを考える方が重用だと思うね」
ミラは、エルナトと聞いても黙っていた。
男爵は、エルナトを警戒していなさそうだったからだ。
「今のところ、ラーウス人は静かに暮らしたいと思っている。
あそこの統治は議員たちにゆだねられていて、人口調査すらされていない。
内情は、秘密と言えば秘密なのだけれど、のんびりしていると言った方がいい。
彼らの生活の仕方は、自然なようで上手く組織化されているように思える。
ウィリデスも、ラーウスの弟分のようなもので、看護の役を担ってるんだ。
だから、スパイスのための交渉は、ウィリディスやラーウスの議会へ働きかけても無駄だ。
両者には深い係わりがあるし、数百年続いた関係を壊すのは容易じゃない。
それで、キラルに近付く方が得策だと思ったんだ。
キラルは、薬草の知識もスパイスについても、その右に出る者はいない。
辺境の山の中に住んでいるのに、なぜか情報には通じている。
キラルの情報網は、シャルム王の時代に作られたらしい。
シャルム王の恋人だったと言うし」
「キラルが!?」
そのミラの驚きに、男爵も驚いて、
「前から思ってたんだが、あんたとキラルの関係は何だ?」と聞く。
ミラは、一瞬、どう答えようかと大きく目を開けて男爵を見る。
そして、
「ラーウスで一度会っただけで、その時に、ミラ・ラスクと聞いたんです。
意味は良く分からなかったけど」と答えた。
「あんたは、ラーウスへ行ったことがあったな」と男爵は思い出す。
そして、「あんたがラーウスに戻る理由だが、
人買いにさらわれたラーウス人の女の子が売春宿へ売られ、
それをわたしが保護し、故郷へ戻すというものにした」と言ったので、
「えーっ!?」とミラは驚く。
男爵は当たり前だと言う顔をする。
「そのくらいの理由でなければ、ラーウス人が、貨物船で国境を越えるのはありえない。
売春宿が伯爵家だったと言うだけで、あんたの過去も似たようなもんじゃないか」
ミラは腑に落ちないが、反論も出来ない。
男爵は続けて、「それらしく振舞うことでも考えておけ。特に体重を増やせ。
男は、あんたのような痩せた女には魅力を感じない。
やつらは、あんたが売春宿にいた女だなんて思わないぞ」と言った。
ミラは、「魅力がない」と言われ、ショックだった。
やはり自分は、女として見られていなかったのだと、今更ながらがっかりする。
一緒にいれるだけで嬉しかったのに、男爵は厳しいだけで、優しさや関心など微塵もない。
未練がましいけれど、自分はまた失恋してしまったのだと思った。
ミラは、男爵への思いを断ち切るかのようにしっかりと食事をし、体を鍛えることに専念する。
短かった髪も肩まで伸びてきた。
そんなある日、突然、男爵が言った。
「出発は、明日だ」
ミラは急な知らせに驚いたけれど、準備は出来ていた。




