2話 カミラ
反政府ゲリラは、エスペビオスでの活動を拠点としていた。
それは、体制への不満を持つ者たちによって組織化された都市ゲリラだった。
支配者が強い指導力を持ち、愛と親切を持って臣民を治め、生活を保障すれば不満は起こりにくい。
とはいえ、そのような支配者がいつも立つわけではないし、
個々の思想によって体制に反発する者たちも、どの時代にも存在するのである。
制限を受け入れて生活するより、自由を求める彼らは、時には益をもたらしてくれる。
ところが、一般市民を、自分の生活さえ守れれば満足する無関心な者と見なし、彼らを巻き沿いにしたテロリズムに発展することもある。
人々を恐怖に陥れるのがその目的だ。
帝国は、今の皇帝の時代に入り、安定した状態を保っていた。
反政府ゲリラも、組織力を弱体化しつつある。
そこで追い詰められた彼らは、人質によるテロリズムを計画し、幾人かをリストに上げていたのだ。
その中の一人、プリンセス・アリアは、誘拐しやすいと思われていたのだけれど、
それは帝国情報部も察知しており、容易ではなかった。
そんな中、アリアとフロースの旅行は、急に決まったのだ。
それは、情報部と反政府ゲリラ双方にとっても突然で、
二人の服装やアリアの突然の行動も、予想外だったのである。
粗末な計画しか出来なかったゲリラ側が、誰を誘拐するのか伏せて「スラム街のお頭」に依頼したのも、この問題を複雑にさせていた。
フロースは、どれくらい時間が経ったのか覚えていないので、座ったまま眠っていたのかもしれないと思った。
急に、彼女の前に、シチューの入った器が差し出されて我に帰ったのだ。
フロースが顔を上げると、さっきの女がそこにしゃがんで彼女にその器を差し出していた。
「食べなよ。あんた、顔が青いよ。腹に何か入れた方がいい」
フロースは食欲が無かったけれど、言われるままにボールを受け取り、スプーンですくうと口に入れる。
味は感じない。
女は、横に座ると言った。
「とにかく、ありがとうよ。あの人、今は眠っているみたいだ。かなり血を失ったみたいだしね」
フロースは、しばらくは何も言わずにシチューを食べ続ける。
「あんた、名前は?」と女は聞く。
フロースは答えない。
女は、答えを期待していないとでも言うようにふっと笑い、すぐに続ける。
「まあ、いいさ。ここは名前の無いやつは多いからね。あの人も、『お頭』って呼ばれているだけさ」
フロースは、彼女を見る。
「あなたは、『お頭』の奥さんなんですか?」
フロースは、あんな男にも女房がいたのかと不思議に思う。
その女は、フロースを見ると笑って答える。
「まあ、そんなもんさ。あたしゃここで、あの人の家と持ち物を守ってるんだ」
家には、ごちゃごちゃと色々なものが置かれていて、中には高価らしい家具もある。
女は、疑い深い目をフロースに向けて言った。
「あんた、あの人の女になったのかい?
もし、そうだったら、あたしゃ許さないよ。あんたは、あたしの敵さ」
フロースは、シチューを食べながら言った。
「ご心配なく。わたしが犯されるとしたら、わたしが死んでからです。
死んで、この体がわたしのものでなくなったら、好きなようにすればいいのです。
ですが、わたしは簡単には死にませんよ」
その女は、声を上げて笑う。
「あんた、ひ弱そうに見えて、なかなかのことを言うね。気に入ったよ。
あたしことは、カミラって呼んでよ」
「それがあなたの名前なのですか?」とフロースが言うと、
「あたしゃ、ここではそう呼ばれているのさ」と、その女は答えた。
そして、フロースが食べ終わると、カミラはフロースを連れて出かける。
彼女らの家だと言うその建物は、まだ居心地が良かったのに、外は荒れた貧民街だった。
フロースがここに着いた時は、まだ薄暗かったのだけれど、今は陽が真上にある。
そこの住民は、古い建物か、掘っ立て小屋に住んでいるらしい。
下水も詰まっているらしく、臭い水が道の上で淀んでおり、豚や鳥などの家畜が行き来している。
幾つかの通りを過ぎ、カミラは今にも倒れそうな小屋の中へフロースを案内した。
そこには、粗末なベッドの上に幼くてやせ細った子供が二人、無表情な目を開けて横になっている。
その子たちの他には誰もいない。
「この子たちは、兄妹だけど、下痢が止まらないんだ。
あんた、看護師だったらなんとか出来るかね?」
フロースは、「わたしは看護師ではありません。ちょっと勉強しただけです。お医者様は何と言われたのですか?」
「医者にかかる金なんてないよ。
父親は職を失ってしばらくになるね。
夫婦して、廃品の中から金に換えられる物を捜して、それを売って食べ物を買うのさ」
今も、必死でごみの山をあさってるよ」
「では、酔っ払いの医者って方は?」
「ああ、あいつは、元々は腕のいい開業医だったらしいんだけど、妻と娘二人を事故でなくしたらしくて、アル中になってここに転がり込んだんだ。
酒を買う金にならなければ、治療なんてしないね」
「子供さえ診ないのですか?」
そう驚くフロースに、カミラは笑って答える。
「ここには、病人は五万といるからね。
下痢で死んでいく子供は後を絶たないし、熱やら、怪我やらで、切が無いんだよ。
医者が診てくれても、薬を買う金がなけりゃ意味無いのさ」
「では、わたしにどうしろとおっしゃるのですか?」
カミラは、腕を組むとフロースを見て言った。
「あんた、ただ綺麗なだけじゃ、すぐにスケベな爺さんにでも売られちまうよ」
フロースは、それを聞くと、カッと顔が熱くなるのを感じた。
「ほうら、それがいやなら、少しでも役に立つことだね。
あたしゃ、あんたがあの人を助けてくれたんで有り難いと思ってるんだ。
まあ、その内、隙を見て逃がしてやるから、それまではここで辛抱しな」
フロースはカミラをじっと見て、それから子供たちの寝ているベッドへ行くと、その子らの様子を見る。
そして言った。
「どんな感染症なのか分からないので、効果があるかどうかは、やってみないと分かりませんが、
経口補水塩で水分補給をしてみましょう」
「なんだいそれは?」
「塩水のことです。塩くらいはあるでしょう? それに糖分も入れます。ブドウ糖があればいいのですが」
「塩はあるけど、ブドウ糖って砂糖のことだろ? そんなもんで役に立つのかい?」
「どの病原菌なのか分からなければ、薬を決められません。
はさみはありますか?」とフロースが聞くと、カミラは、
「えっ? カミソリなら持ってるけど」と言って、
肩に掛けていた布袋から包みを取り、その中のカミソリを出してフロースに渡す。
フロースは、自分の髪を頭の後ろで束ねて切ると、それをカミラに渡した。
「必要なものを言いますから、この髪を売って買ってきて下さい」
カミラは感心して言った。
「やっぱりあんたは、ただのお嬢さんじゃなかったんだ」




