3話 王の助言者
イベリスは、異国人である。
彼が生まれたのは、さらに辺境の小さな惑星のラーウスで、二つの国には長い付き合いがあった。
そしてイベリスが王宮に連れて来られたのは、物心付かないころで、王宮で育てられてから賢者の教育を受けている。
王宮にいる百人ほどの賢者たちは、あらゆる分野の研究者であり、教師でもある。
そこの生徒たちは、良家の男の子たちの中から選ばれることが多かったが、将来性があると判断されれば、誰でも王宮での教育を受けることができ、その中には異国の子供たちも招かれていた。
教育は七歳から始まる。
クラスは家族のように親密で、教師は親のような気遣いをしながら生徒たちを教えるので、子供たちは、それほど寂しく思うことはない。
賢者の息子たちも王宮に上がることが多いのだけれど、世襲制ではなかった。
その教育のレベルは高く、高い徳も求められるので、途中で離脱する者、または別の道へと進む者も多い。
それは初めから考慮されており、賢者になることを無理強いはせず、異国の者たちも、故郷へ戻って、学んだ知識を自国や民族のために役立てるように勧められている。
このようにしてウィリディス王国は、同盟諸国にも知識を広め、彼らと良い関係を保ちつつ、帝国の圧力に対処していた。
王の助言者は、賢者たちの中から選ばれた十人の者たちで構成されており、王の許可がなくても自由に進言することが許されている。
王に進言できるのは特権なのだけれど、賢者の中には、研究者や講師として貢献することを望む者も多く、助言者が賢者より有利であるとは限らない。
賢者たちの膨大な情報をまとめ、王に提示するのが助言者たちの役目で、王は、その情報から洞察力を働かせて物事を決断する。
ほとんどの助言者たちは年長であるが、助言に柔軟性をもたせるために若い者たちも含まれていて、その一人がイベリスだった。
助言者になると、その印として荘厳なローブを身にまとい、髪を切らない。
それは特権階級の印と言うよりは、自分たちの立場を自覚させるものであった。
彼らの助言は、個人の利得を求めない厳しいものだからだ。
それだからこそ、若い王が立ったとしても、この惑星を繁栄させることができ、外国の圧力に耐えうるだけの国力を保つことが出来ていた。
王と助言者の契約は終身制で、王の死によってその効力は失われる。そして助言者たちは、病気や老齢で引退しない限り、次の王とも契約を交わすことが常だった。
イベリスは、自分の故郷を訪問することはあったけれど、他の異国人たちのように故郷で育った記憶は無く、王宮の方が馴染み深かった。
それでアクィラは、前王と助言者の契約を交わしていたイベリスが、自分とも契約を交わすものと思っていた。
ところがイベリスは、ウィリディスを去りたいと申し出る。
イべリスを良く知っているアクィラは、その気持ちが分からないでもない。
忠実なイベリスは、故郷への責務から逃れられないでいる。それなのに、故郷のラーウスへ戻るとも言わない。
アクィラは、イベリスが迷っていると思った。
アクィラは、着替えを済ませると、イベリスを振り返って言った。
「帝国側がよこしたのは、外務大臣と皇帝陛下の末娘のプリンセス・アリアだったな」
「はい、そのように承っております」
「アリアは、自分の立場も弁えずに看護学校へ通っている変わり者だそうだ」
アクィラが冗談交じりに言うと、
イベリスは、彼を諌めるように言葉を補った。
「わたしもその騒動について聞きましたが、もしかしたら、聡明なお方なのかもしれません」
アクィラはイベリスを見ながら、いつもの言いようだと心の内で笑う。
こうでもしなければ、イベリスは口を開こうとしない。
それでアクィラは、自分と良く似ていると言われるアリアをだしにして、イベリスをもっとしゃべらせようかとも思う。
「どちらにししても、他の退屈な連中よりは面白そうだ。
帝国が、アリアをよこしたのは意味があるのだし」とアクィラは言いながら、部屋を出た。
アクィラは、帝国が自分をまだ子供だと見なしているのを知っている。
ところがアクィラにとって、そんな相手の意図などどうでも良く、
突き付けられた問題が大きければ大きいほど「面白い」と思う性格なのだ。
しかも、どのように応酬して相手を慌てさせようかとわくわくする。
そのように考えるのは、生来の性格なのだけれど、イベリスに影響されている部分もあった。
子供の頃、活発であったイベリスは、アクィラの世話をすることによって冷静さを学んでいったのだ。
そのイベリスが、シャルム王の助言者になる様に誘われたのは三年前だった。
国王はすでに年を取っており、終身制の効力は長く続かないのは明らかで、イベリスは、躊躇することなく王と契約を交わした。
ところがアクィラは違う。
自分より若いアクィラと契約を交わすことは、故郷に戻らないということだ。
イベリスは、それを決めかねていた。
アクィラは、
「アリアには従者が付けられていたな」とイベリスに聞く。
「はい、同じ学校に通っている貴族の娘が一緒です」
「同じ十六歳の娘か?」
「いいえ十九歳です。年上ではありますが、プリンセスが看護学校に入学された時、その学友、また従者として付けられたそうです。名前はフロース・ディフォーレストと聞いております」
「花に森と言う意味の名前か。花といえば、イベリス、お前の名前も花の名だったな」
イベリスとは、暖かい土地に生える植物の名で、寒さにも強く、春から初夏にかけて密集した小さな花を咲かせる。
その昔、植物ハンターが遠くの地からラーウスに運んできたもので、土地の環境に馴染み、元からあった植物を助けるように広がっていった。
ラーウスでは、生まれた赤子の健康を願って植物の名前を付けることがあり、
彼の母親は、男の子であろうと女の子であろうと、
初めての子の名はイベリスにするつもりだったと言う。
「フロースは、アリアと同じように、はねっかえりなのか?」
「いいえ、大人しく、非常に従順な娘と聞いております」
イベリスの即答に、アクィラは、ふんっと鼻で笑った。
「年上で性格は反対か・・・だから従者として付けられたのだな」
そうして、フロースがどんな娘なのかと思う。
「では、フロースにも会おう。アリアを諌める従者とやらを見てみたいからな」
アクィラは、イベリス振り向くと言った。
「イベリス、お前がそうだし」
それは、アクィラの単なる興味で、イベリスに言ったことも、他愛のない皮肉でしかなかった。
イベリスには、それが分かっていたけれど、何も言わず、表情も変えなかった。




