4章 エスペビオス 1話 学校物語
アリアは学校生活に戻り、イベリスも学校へやって来た。
ところが、彼女が楽しみにしていた彼の授業は受けられないでいる。
彼が上級生を教えることになったからで、もちろん自分の立場を利用すれば、下級生を教えるようにするのは難しいことではない。
とはいえ、それは彼女の主義に反する。
それで、ちょっと憂鬱なのだ。
アリアはイベリスに、友人として付き合ってもらおうと思ったのだけれど、フロースは、
「ご迷惑になります」と反対する。
彼女は、もしイベリスが、地位や面子を好む権威主義者なのであれば、帝国の姫とのつながりを喜ぶのだけれど、純粋に教師としての仕事を考えているのであれば、自分たちは邪魔になるだけだと言う。
アリアが「考えすぎだ」と言っても、フロースは、これ以上イベリスに近付いてはいけないと思っているので、首を縦に振らない。
フロースがのってくれない以上、アリアは自分ひとりでイベリスと付き合う訳にはいかない。
それにアリアには、もう一つの心配事があった。
イベリスのおかげで上がった成績が、次の試験で下がるかもしれないのだ。
授業が終わったある日、アリアは教室の机で頬杖をついて教科書を見ながら、イライラした調子で手に持ったペンを振り回していた。
「どうなされたのですか?」とフロースが聞く。
アリアは彼女を見上げ、ため息を付いた。
「次の試験は、成績が悪いかもしれないわ」
フロースは、くすっと笑った。
「大丈夫ですよ。私たちは勉強のコツを教わりましたし、姫様は、かなり頑張っておいでです」
「慰めてくれるのは嬉しいけれど、そう上手くいくかしら?」
「では、わたしが個人授業して差し上げましょうか?」
「本当!? イベリスみたいに出来るの?」
「同じようにとはいきませんが、わたしに近い点数は取れるでしょう」
アリアはフロースを見ると、自分も負けてはいないという風に言う。
「数学だけは、わたしの方がいいわよ」
「そうですね、では、数学は姫様に教えていただくことにします」
その会話を聞いていた他の生徒たちもやって来て、
「わたしにも教えてよ。姫様たちはライーニア先生に教わってたんでしょう?」
「いいわよね。わたしも教わりたいわ」
「先生は人気があるから無理よ」
などと言いながら、アリアとフロースは級友たちと楽しくおしゃべりする。イベリスとは疎遠になったアリアだったけれど、こうして彼女らと親しくなれたのは嬉しかった。
アリアとフロースも、級友たちといる時は、イベリスのことを「ライーニア先生」と呼んでいる。
プリンセスと貴族の娘とはいえ、彼女らも、イベリスを遠くから眺めて憧れる同士だったのだ。
アリアとフロースは学校の近くの公爵家の別邸に住んでおり、警護も兼ねて車で送り迎えされている。
勉強が忙しい二人は、車の中でも教科書を広げることが多かった。
「イベリスは、わたしたちと話をする暇もないみたいね」
アリアは顔を上げ、つまらなさそうに言った。
「いくつかの授業を受け持たれて、お忙しそうですものね」
フロースが本から目をそらさずに答えると、アリアは自分の本をパチンと閉じて言った。
「そうじゃなくて、いつも女子生徒たちに囲まれているからじゃない」
フロースは、アリアを見ると含み笑いをする。
「そうですね。本人は迷惑そうですが、先生ですから邪険にもできませんし」
「そうかしら? 内心嬉しいんじゃない」そう言って、アリアは口をとがらせる。
フロースは、そんなアリアに微笑む。
「姫様も社交界の取り巻きを嫌っておられたでしょう。それに、個人授業と学校では違いますよ。
さ、姫様も成績が落ちて、イベリスに愛想をつかれないようになさいませんとね」
アリアはため息をつくと、また本を開いた。
そして車は別邸の前に止まる。
アリアは降りるが、フロースは乗ったままだった。
「またオーデン伯爵の所へ行くの?」
フロースは、少し困ったように微笑して答える。
「ちょっと寄るだけです。すぐに戻ります」
そしてドアが閉まり、車は走り出した。
オーデン伯爵は、王の助言者である教師が、老人ではなく若い男だったのを知って怒っていた。
おまけに、その男が、フロースの学校の教師としてやって来ているのだ。
伯爵は、再三、学校を止めるようフロースに言っている。
それでフロースは、せめて次の試験が終わるまで行かせて欲しいと言い、心変わりがしていない証として頻繁に伯爵を訪問していた。
フロースは伯爵に会うと、自分が毎日やっていることや学んだことなどを話そうとする。
その話になると、伯爵は面倒くさい様子で不機嫌になる。
それで訪問は短いものになってしまうのだが、フロースは、伯爵とイベリスのように話せないと感じていた。
イベリスとしゃべっていたのはアリアの方だったのだけれど、彼との時間は興味深く楽しいものだった。
そうしてフロースが、がっかりした様子を見せると、今度は伯爵が彼女の機嫌を取り始める。
するとフロースは、伯爵とイベリスを比べるのは良くないと自分を戒める。
そんなことの繰り返しが続いていた。
そしてある日、アリアが嬉しそうにフロースに言った。
「次の週末は、イベリスとセフェ海岸のウォーターフロントへ行きましょうよ」




