↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イベリス (Iberis)    作者: Naoko
1部 フロース
PR
22/101

          7話 後悔

 フロースは、急な石の階段を登っていった。

高台にあるエルナトの霧は、風が吹き始めると塊になって動き出す。

それは雲のようで、イベリスから逃れるように雲の中を通り抜け、自分の世界へ戻ろうとする。


 岩のテラスは、すべての物がしっとりと濡れていた。

起きている者がいるらしく、どこかでコトンコトンと音がする。

フロースがテントに戻るとアリアはまだ眠っていて、フロースはその隣に潜り込み、毛布をたぐり寄せて目を瞑る。

そして両腕を交差させ、二の腕を掴んだ。イベリスの感触がまだ残っていて、胸が高鳴り、苦しくなる。

もう眠れそうにもないと思ったのに、外の小さな音が、湿り気のある匂いと共にテントを包むようで、いつのまにか眠ってしまい、次に目が覚めた時は、辺りは眩しいほど明るくなっていた。


 フロースがテントの外に出ると、アリアが彼女に気付いて言った。

「フロース! やっと起きたのね。霧が晴れて、とても綺麗よ!」

フロースは、ぎこちなく笑ってみせる。


 岩のテラスから見える朝のエルナトの景色は、昨日の午後の景色とはかなり違っていた。

霧が陽の熱で消えると、水分をたっぷり含んだ緑は鮮やかで、空は白みがかった青になる。

そして色は徐々に変化し、昼の褪せた色へと変わっていく。


 スピルが朝食の準備をしており、イベリスもそれを手伝っていた。

フロースは、イベリスの胸に、あの首から下げていた緑色の石がないのに気付く。

二人の目が合った。

イベリスは、フロースを見ても何も言わない。


 それはフロースを安堵させるのだけれど、寂しくもあり、身勝手だと思いつつ何か言って欲しい気がした。

また自分は、夢でも見たのではないかと思ったりする。

この明るい陽の下にいると、あの霧の中のことは、あまりにも現実からかけ離れている。

そしてイベリスに背を向け、「きっと夢だったのだわ」と口に出して言った。



 帰りの車の中、フロースは、座席とシートベルトをしっかりと掴んで目を閉じていた。

アリアは助手席に座り、揺れる車をスリルライドのごとく楽しんでいる。

車が大きく揺れ、フロースは、びくんと体を強張らせた。


 フロースを横で見守っているイベリスは、彼女が車から飛び出したいくらいに怖いのだろうと思っていた。

それなのに、決して自分に頼ろうとしない。

これほど近くにいるのに、彼女は遠い所にいるように思えてならない。

フロースは心を閉ざしている。

朝霧の中で開いたかのようだったのに、また閉じてしまった。


 イベリスは、自分の胸に手を当て、上着の下にある緑の石に触れた。

首にかけられたその緑の石は、要塞へ入る鍵で三つある。

ライーニ家には、代々鍵が託されている。そして資格のある成人した男子は、鍵を受け取り要塞に入る。

そうして自分が要塞を守る使命を受け入れた事を示すのだけれど、イベリスは、幼いころに父セルーナの鍵を託されて王宮に送られたので、鍵を持っていても要塞に入ったことがなかったのだ。

セルーナも叔父のアルも、鍵を持っているイベリスが、要塞へ入るように強制していない。


 ライーニ家は、ラーウス議会の議長役も任されていた。

アルは、兄の代理の議長として、その任を果たしているだけだと言う。

イベリスは、叔父が自分のためにそうしているのだと分かっていた。


 ウィリディス王国のアクィラ王も、十人目の王の助言者を決めていない。

イベリスは、それも自分を待っているからだと知っている。

王も、イベリスに考える時間を与えているのだ。


 フロースは・・・とイベリスは思った。

婚約者が、彼女をエスペビオスで待っている。


 イベリスは、後ろを振り返り、遠のいていくエルナトを見る。

そして、もうここへフロースを連れて来ることはないと思った。こんなに怖がっている彼女が、エルナトへ行きたい願うはずはなく、ましてや帝国の貴族の娘が住めるような所でもない。

彼は、フロースが自分とここに住むことはありえないと思ったのだ。

そして、ふと、キラルのことを思い出した。


 なぜキラルはフロースをあそこへ連れて行ったのか。

それは思い当たるふしもある。キラルが望んでいるのは、自分が要塞に入ることだ。あの時、要塞の入り口の上に立っていたのだけれど、入れないでいた。

それが、どのようにフロースと関係するのだろうと思う。

フロースは、エルナトの復興を気にしていた。キラルはフロースを使って、自分を要塞へ入らせようとしたのだろうか、いや、それはありえないと打ち消す。


 「キラルはもう自分の村へ戻ったはずだ」とイベリスは思った。

彼女の住むケフェルト村は、エルナトから歩いて半日ほど掛かる。

自分は、アリアとフロースを、ロセウスで待っている帝国専用機に乗せなければならない。

キラルを追いかけて、その理由を聞く時間などない。それに彼女が、簡単に答えてくれるとも思えない。

「考えよう」とイベリスは思った。

「まだ、考える時間はあるのだから」と。

イベリスは、キラルが自分のフロースへの気持ちに気付いていると思っていなかった。


 キラルはイベリスに答えるつもりは無かったけれど、彼が自分を追いかけてくるのはかまわなかった。

いや、むしろ、追いかけてくればいいのにと思っていた。

彼女は、二人がラーウスに着いた時から見ていたのだ。


 キラルは、フロースが彼の迷いに答えを与えてくれる者だと直感し、宴の夜、彼女がエルナトの復興について聞いた時に確信した。

ところがイベリスは自分の事に精一杯で、フロースが特別の女性であることに気付けなかったのだ。

またフロースも、イベリスを愛していることを認めようとしなかった。

それは、まだ二人が若かったからで、イベリスは、かなり後になって、この時、フロースをラーウスから去らせるべきでなかったと後悔するのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。