2話 小国の力
次の王となるウィリディス王国の王太子アクィラは、十八歳だった。
葬儀前日の朝、アクィラは、各国要人たちを迎える準備をしており、
従者たちがアクィラの着替えを手伝っている横で、イベリス・ライーニアが彫刻のように立っている。
イベリスは、前王に仕えていた「王の助言者」の一人で、
アクィラにとっては兄のような存在だった。
父である王を失った今、アクィラはイベリスを頼りにしたかったが、イベリスは口数を少なくして距離を置いている。
それは今までとは立場が違うことを物語っていた。
この国の頂点に立つアクィラは、王としての様々な重圧を一人で耐えて行かねばならない。
イベリスは、アクィラにその強さがあると思っていた。
アクィラは、王の葬儀の準備をし、帝国や多くの国々からの葬儀への参列者を受け入れ、
それらの国々が互いに行う外交会議を速やかに行えるよう手配するのに忙しく、
悲しんでいる暇などない。
さらに、葬儀をすませた後も、三ヵ月後に行われる戴冠式までに、
自分の統治を始める準備もしなければならなかった。
さて、帝国側がこの弔問外交に皇帝の末娘であるアリアをよこしたのは、
ウィリディス王国に対する微妙な政治的また外交的な認識のゆえによる。
皇帝は、要人として現役外務大臣を送り、シャルム王が外交上の重要人物であったことを示しながら、
自分の末娘であるアリアを送ることで、
ウィリディス王太子である若いアクィラと釣り合いを取ったのだ。
帝国とウィリディス王国の次の王との外交協議は、すでに始まっていた。
広大な領域に広がる帝国にとって、ウィリディス王国は小国でしかない。
それでもこの小国は、強大な帝国が無視できない影響力を持っていた。
辺境地とはいえ、惑星ウィリディスは帝国と宇宙連邦国との境界線上にある。
そして、ほとんどの辺境地は貧しいのに、ウィリディスは医療産業が栄え、経済的にも豊かだった。
帝国としても、この王国と同盟を結ぶのは、帝国国境を平和維持するのに重要視されている。
ウィリディスが平和に栄えている限り、帝国はこの地域に軍備増強をする必要はないからだ。
ウィリディス王国は、近隣諸国を安定させるのにも貢献している。
故シャルム王は、「平和をつくりだす」という名の意味する通りに平和に寄与し、
この惑星だけでなく他の民からも慕われ、尊敬され、
その名声は、帝国や連邦国にも広く知れ渡っている。
こうしてウィリディスは、他国と良い関係を保つことにより、
貧しい周辺諸国に不必要な圧力をかけることなく、彼らの自由で独立した貿易をも保護していた。
そして流動的な国際情勢の中、シャルム王を失った今、
ウィリディスと近隣諸国の将来は、十八歳の王の手に委ねられることになる。
王太子アクィラは、シャルム王が年を経てから生まれた子だった。
アクィラには「鷲」という意味があり、
鷲のように「遠くを見渡せる賢さが身に付くように」との願いが込められている。
賢さは、この辺境の地で生き延びるための大切な特質で、それは歴代の王も良く理解していた。
シャルム王の最初の后ベトニムは、四人の王女たちを生んだ後に亡くなり、
アクィラを生んだのは、次の后のハダサだった。
ハダサは帝国の姫で、若い頃に大病を患い、
惑星ウィリディスで療養している時に、シャルム王にめぐり合う。
そして、シャルム王がかなりの年上だったのにも関わらず、この高徳の王に惹かれ、
緑が豊かで穏やかな惑星ウィリディスと首都ロセウスの美しさに魅せられて、結婚を承諾し、
健康な男の子にも恵まれたのだ。
アクィラが、帝国皇族との混血であることには意味があり、役に立っている。
それでも油断は禁物で、アクィラは、帝国と慎重に付き合う必要があった。
帝国も彼の特質を認めており、この若い王が、これからどのように自分の国の舵取りをするのかと大きな興味を抱いている。
それだからこそ皇帝は、自分の可愛がる末娘のアリアを送ったのだ。
プリンセス・アリアは、その性格からして、この役をこなすのに最適だった。
アリアは小柄であるにもかかわらず、太陽のように輝き、人々を魅了し、どんな所でも物怖じしない。
それでも、彼女の特質が熟するには、さらに時が必要だった。
アリアが要人として送られたのは、彼女に経験させるためであり、彼女にとって初めての事で、
同じ年頃のアクィラにぶつけられたのだ。
次の世代の者たちは、帝国の将来をも担っているのであり、
それは平和と安定であれば良いが、災いの火種とも成り得る。
シャルム王は温厚な平和主義者だったが、この若い次の王には勢いがある。
前に進もうとする時間の中で、いつまでも、消えてしまった古い皮袋を惜しんでいる訳にはいかない。
シャルム王の時代は、終わったのだ。
さらに帝国は、ウィリディスの王を支える「賢者」や「王の助言者」にも注目している。
彼らは、王国政府とは別に、王の個人的な知恵者として支えていた。
その一人のイベリスにとってもシャルム王の死は辛いのだが、彼は、自分の感情を見せないでいる。
この時、イベリスも、人生の分岐点に立たされていた。