4話 岩のテラス
目の前に現れたのは、崩れた石の廃墟だった。
数本の柱や壁の一部は残っているのだけれど、たくさんの石が地面に転がっており、平地の少ないラーウスにしては広い場所だ。スピルは、大きな一枚岩の上にある廃墟だと言った。
スピルと同じように気象観測をしている二人の者たちに歓迎され、彼らと随行員たちはテントを張るなどして、ここで一泊するための準備を始めた。
その間イベリスは、アリアとフロースに廃墟の案内をし、岩をえぐるようにして作られた計器が置かれている部屋も見せた。それは、廃墟を修理して使っている部屋だった。
「ここで観測記録を作り、無線連絡をします」
イベリスの説明に、アリアはその機械類を見ながら言った。
「本当に古いものばかりだわ。他にも、いろいろな物の残骸があるのですね」
「ええ、以前は、ここに百人近くは住んでいましたからね」
「その人々は、今はどこにいるのですか?」
「半数は、違った村に分かれて住んでいます。そして、残りの半数は、死んでしまいました。私の家族もです」
アリアとフロースは振り返る。
「何があったのですか?」とアリアが聞くと、
「バルナという国の軍に攻撃され破壊されてしまったのです」とイベリスは答えた。
バルナと聞いて、アリアとフロースはルスカが送った公文書のことを思い出す。そして、この事を言っていたのかと思った。
アリアは、「そんな辛いことがあったなんて、どうして言ってくれなかったのですか?
わたしの興味本位な態度に不愉快に思われたでしょう?」と心配して言う。
イベリスは穏やかな笑みを浮かべる。
「不愉快には思っていません。
自分は後で知らされたので、どちらかと言うと歴史の一事件のようなものです」
そして、そのことは話したくないとでも言うように部屋を出た。
アリアとフロースは、彼の後に付いて壁と壁との間の階段を昇っていく。すると急に視界が開ける。
それは空が近くなったような感じの所で、岩のテラスと呼ばれていた。
「ここは、天井の宴会でも開けそうだわ!」とアリアが叫ぶ。
「昔はもっと広かったらしくて、大勢で集まったそうです。ほら、湖も良く見えます」
イベリスがそう言って、二人を端に連れて行くと、彼女らは簡単の声をあげた。
その下に広がった湖の水の色は、まるで宝石のように美しいブルーだったのだ。
後ろの山から染み出した水が湖を満たし、滝の方へゆったりと流れ、向こう岸には、なだらかな山の峰々が続ていている。
空と山、そして水が美しく調和しており、丁度、日が陰る頃で、湖の色は深い色へと変わっていき、周りの山々も空の色と共に深みを増していく。
水面に風がないので、湖はまるで鏡のようだ。
スピルが、テントの準備が終わったので案内したいとやって来た。
今夜は一族の者たちも集まるので、アリアとフロース、そして随行員たちを歓迎する宴を催すのだと言う。イベリスは二人をスピルに任せ、その準備へ向かった。
さて、テントの中には、二人が一緒に寝れる簡易ベッドが置かれていた。
「フロースと一緒のベッドで寝られるの!?」とアリアは嬉しそうだ。
帝国の姫が、従者と一緒に寝るのを心配していたスピルだったけれど、胸をなでおろし、
「外には露天の温泉風呂がありますから、そこで湯につかってください」と言った。
それを聞いたアリアは一目散に温泉を見に行く。露天風呂には、彼女らのために簡単な壁が作ってあった。
「フロース、今夜は夜空を見ながら温泉に入りましょうよ」とアリアは目を輝かせて言った。
そんな陽気なアリアとは違い、フロースはイベリスの様子が気になっていた。
それでスピルに、「わたしたちはイベリスがここで御家族を失ったことは何も知らなかったのです」と言った。
スピルは、「ああ・・・」と言って、意味ありげに微笑む。
「もう二十年前の話です。その時わたしは、あなた方ぐらいの年だったので、良く覚えていますよ」
アリアとフロースは、「そうだったのですか?」と驚く。
「わたしは母を連れて、ここから離れた所に避難していたのですが、父と兄はイベリスの家族と一緒に死んでしまいました」
「ここは、あなたにとっても悲しい所なのですね」とアリアが言う。
「そうですけれど、母はエルナトへ戻ってきたいと言っています。わたしもここが好きです」
「復興しないのですか?」
「それは、イベリスが決めることになっています」
フロースが「ではイベリスは、ここを復興したいと思っているのでしょうか?」と真剣に聞くので、
スピルは雰囲気を変えるかのように微笑んで、
「さあ、いずれ、誰かがここを復興するんじゃないでしょうか。
イベリスは難しく考えているみたいで、わたしには分かりません」と気軽に答える。
「あ、それは分かります」と、アリアがスピルの笑みに誘われるかのように言った。
「高い教育を受けている人って、物事を難しく考えるますよね。
誰かが、『簡単なことを、出来るだけ難しく説明できれば教授になれる』って言ってたわ」
フロースが驚いたようにアリアを見る。
スピルは笑いながら、「そう、それです」と答えた。




