10話 愛
青い空の下、霧の消えていた昼下がりのエルナトは静かだった。
岩のテラスで昼食を終えたイベリスは、一人、その静けさを楽しんでいる。
そこには大きなテーブルと椅子が置かれてあり、屋根も取り付けられ、
人々が、エルナトの景色を楽しみながら食事や雑談をする憩いの場所になっていた。
数年かかったエルナトの復興は終了し、工事の音はもう聞こえない。
音が無くなって、ここはこんなに静かだったのかと、イベリスは思った。
こうしていると、その音も懐かしく思えてしまい、可笑しくなる。
静かだということは、三歳になった双子が昼寝をしているということだ。
エルナトには、他にも子供たちがいるのだけれど、彼らも騒いでいないらしい。
一族の者もエルナトへ戻り、ここでの生活も落ち着いてきた。
それでも、叔父のアル、従兄弟のリュカとエミルは戻って来なかった。
彼らはそこの娘たちを娶り、その地に根を張っていたので、家族と共に残ることにしたのだ。
アルはイベリスに、
「双子が成人したら、自分とリュカが持っている要塞の鍵を渡したい」と言った。
イベリスは、それに対し、
「息子たちは、七歳になればロセウスの王宮に送られ、
いずれは、一人を王宮に残そうと思っている。
だから鍵の一つは、叔父の家族が保管して欲しい」と頼んでいる。
イベリスが始めたラーウスの改革は、争いを引き起こす可能性もあり、
鍵は分散させた方がいいと思ったのだ。
イベリスは、バーディが送ってきた録画を見るため、スクリーンを開く。
それは、アリアとカイの婚約のインタビュー番組だという。
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しばらくすると、ベラが、髪を後ろに結い上げながらやって来た。
「やっと、あの子たちが昼寝をしてくれたわ。
メルルも良くやってくれてるけど、もう少しすれば、わたしたちの手に負えなくなるわね。
あなたも、もう少し何とかしてくださらないと・・・
ちょっと、聞いてるの?」
そう言って、椅子に座るとイベリスが見ているスクリーンを覗く。
「カイとアリアね」
イベリスは、含み笑いをしながら、
「アリアも大変だね。
君の弟は、一筋縄ではいかないみたいだ」と言った。
「まあ、好きになったんだから、しょうがないでしょう」
「この姉にして、この弟ありってことか」
「どういう意味?」
「いや、姉弟だってことさ。
失踪した君を、必死に捜していた頃のアリアを思い出すと、
彼女の苦労には続きがあったんだなって同情したんだ」
「失礼ね。
そもそも、わたしが誘拐されたのは、彼女のせいなのに。
過去を言うならば、あなただってひどいわよ。
わたしに告白した次の日に、アクィラ王の横に立ってたんですもの」
「なんだ、まだそのことを言っているのか。
その告白に答えなかったのは、君の方じゃないか」
「あれは・・・・・」と言って、ベラはまた笑う。
「結局、男の人は自分の仕事が一番だってことかしら」
「仕事するのに、他の事を考えてどうするんだ」
「男の人って、なぜ、一度にひとつのことしか出来ないのかしら。
わたしたちは、家事をしながら子供の面倒を見、子供のような夫の世話までしているのに」
とベラは言うと、イベリスも笑って答える。
「だから、こっちは安心して家庭を任せて、仕事に専念できるんじゃないか」
「もう、自分勝手なんだから。
まあいいわ。私には二人の兄たちからの経験もあるし。
女の子が生まれたら、あの双子の兄たちに、ひるまないような娘にしたいわね」
「え? 次は女の子なの?」
「今度は、絶対に女の子よ。
とにかく、わたしはお腹がペコペコよ」
そう言って、ベラはテーブルの上のランチを元気良く食べ始める。
イベリスが笑いながら見ているので、ベラは怪訝な顔をした。
「なあに?心配しないで、出産後は結婚の契約違反にならない程度の体系は保つわよ」
「そんなこと心配してないよ。好きなだけ食べてくれ」
「それは良かったわ。
まあ、気を抜くつもりはないけど。
アリアとカイは、ハネムーンでここへ来るっていうし。
昔の面影がなさ過ぎて、ショックを与えたくもないもの」
ベラは、自分の大きなお腹に手を当てる。
「この子をカイに見てもらえるのね。
緑がかった銀色の目の女の子だといいわね」
イベリスが驚いて、「ダカンレギオン族の?」と聞く。
ベラはイベリスを見ると、笑顔で答える。
「そうよ」
イベリスは、自分の母親について知っていることはほとんど無い。
もう滅ぼされてしまった部族の末裔だと言う事と、その目に特徴があった事だけだ。
そして、もしその目をした娘が生まれれば、
母と妹のクロエの面影を見ることになるのかもしれない。
「じゃあ、名前はフロースだ」とイベリスは言った。
ベラは呆れたように答える。
「あなたは、本当に、フロースにこだわるのね」
「いいじゃないか。
イベリスは花の名前で、フロースも花だし」
イベリスは、ベラが、なぜその名前を好きでないのか分からないでいる。
それは、彼女が辛い思いをしていた頃の名前で、そのことを思い起こさせるからなのだけれど、
またそれは、彼女の両親が付けてくれた名前でもあり、彼らとの楽しい思い出もある。
ラーウス、そしてイベリスに回復が必要なのと同じように、
ベラにとっても、フロースの過去からの回復が必要で、それには時間がかかるのだ。
彼女はそんなことを思いながら、自分の皿の上の野菜やチーズ、ベリーなどの果物を見る。
それらは、鮮やかな色で白い皿を飾り、
皿に横たわっているオリーブオイルのくすんだ黄金色が美しく引き立てている。
自分は、ここに生きていて、食べているのだと思った。
イベリスは、その彼女の横顔を見ながら、
自分の妻は何て美しいのだろうと思わずにはいられない。
そして、
「君は、まだ気付いていないの?」と言って、彼女の手を取りキスをした。
「君に初めて会った時、全ては変わってしまったんだ。
たとえベラと呼ばれようと、君は、あの時のフロースのままだ」
温かい風が吹いてきて、ベラの後れ毛が、ふありと舞い上がる。
彼女は微笑んで言った。
「イベリス、あなたと共に生きるのが、わたしの幸せなのよ」
END




