3話 男の沽券
その夜、アリアは何度もベッドの中で寝返りを打っていた。
眠れないのだ。
アリアは、フロースとイベリスの様子がおかしいのに気付いている。
ところが、王妃の庭から戻って分かれる頃には、二人は何事もなかったかのように振舞っていたのだった。
そのことをフロースに聞いてみても、彼女はいつもの笑みを浮かべ、
「素敵なお庭でしたね」と言っただけだった。
こうなるとフロースは、まるで壁のようになり、取り付く島もなくなる。
アリアは、この頑固さをオーデン伯爵に向けたら良かったのにと思った。
イベリスの方はと言うと、壁どころか難攻不落の城壁のようで、小娘のアリアに太刀打ち出来るはずもない。
アリアは、フロースに「帝国の貴族の相手が、王の助言者では困る」と言ったのを思い出す。
「では、何が困るのか」と、その理由を考えてみるのだけれど、おぼろげにしか理解していない。
こうしてみると、自分は国の事情について、ほとんど知らないと思った。
実際、今の彼女は、思い付きで通うようになった看護学校の授業に付いていくだけで精一杯なのだ。
この時アリアは、物事を真剣に考えるということの大切さに気付いたのだけれど、何から初めて良いのか分からない。
そんなアリアにも、分かっていることはあった。
フロースとイベリスは忠節なのだ。
フロースは婚約者に忠節で、イベリスは王に忠節であり、二人とも愛を持って仕えたいと思っている。
ただアリアは、「オーデン伯爵は、フロースの忠節を受けるに値する人物なのだろうか」と疑問だった。
とにかく、フロースがイベリスのことを好きなのであれば、オーデン伯爵との婚約を解消する可能性はある。
ところが恋愛問題は、十六歳のアリアにとってハードルが高い。
しかも彼女は、失恋と片思いの経験しかないのだ。
さてイベリスは、自分の行動は、うかつだったと反省していた。
それでも、フロースとは冷静に分かれたので、彼女は自分の気持ちに気付いてないはずだと思っている。
イベリスが王宮にやって来たのは二歳の時で、衝動をコントロールするよう訓練されたのだ。
それから更なる教育を受けたのであるが、
「まあ、人間は完全ではないので、時には間違うこともある」、と思っている。
ところがイベリスは、とんでもないことをアクィラから聞かされた。
「お前に、アリアの通っている看護学校から特別講師の依頼がきた。
それで、『戴冠式の後はロセウスを出るのだし、その後の就職先も決まっていないので、良いのではないか』と答えたが、何か問題はあるか?」
そう聞かれて、イベリスがとっさに考えたのは「フロースだ」と思ったのだけれど、
そんな事は言えない。
ほかに断る理由も思いつかないので、
「問題はありません」と答える。
大体、「問題はあるか」と聞かれて、「あります」などと言えるはずはない。
自分の立場を知り尽くしているアクィラが知らない問題などないのだし、男の沽券にも係わる。
賢者は、王宮の外の大学やセミナーなどで講師をすることもあり、特別講師をするのは珍しくない。
王の助言者がそれをするのは先例がないが、
国王は亡くなり、次の王に仕えないイベリス自体が普通ではないので、
これを受けれたアクィラは、彼らしいと言えばそう言えなくもない。
この時、イベリスは、自分のこの一連の状況は、アクィラが画策したものだと気付いたのだった。
そうであれば、「受けて立とうではないか」と思う。
それで、
「帝国へ行ってみるのも良い経験かもしれません」と答えた。
本来なら、この二人は、そんなことをしている場合ではないのだけれど、それが若さなのだろう。
また、「若さ」は、この王国に活力を与えてくれるのであり、悪い訳ではない。
とにかく、次の王は、十八歳のアクィラなのだ。
それからアクィラは、
「アリアとフロースの授業は上手く言っているようだな」と言った。
「はい、始めはどうなることかと思いましたが、無事に試験も終わりました」
アクィラはイベリスの答えに満足するが、彼がもう少し苦労しても良かったのにとも思う。
そして、アクィラの挑戦に答えようとするイベリスは、
「彼女らは語彙が豊富で、特にプリンセス・アリアは快活です」と続ける。
「初めは集中してないのかと思いましたが、そうでもないようです。
興味深いのは、質問をして、予想していない答えが返ってくることです」
「勘違いするのか?」とアクィラは、驚いたように聞いた。
「いえ、そうとも言えません。そんな解答もあるのかと感心させられることがあります。
理論と感性の違いでしょうか。
一度、殿下も授業を覗いてみられてはいかがですか?」
イベリスは、チェックメイトとは言えなくても、攻められるばかりではないと言わんばかりに答える。
アクィラは、女の子たちの授業を見るのは面倒くさそうだとも思うが、
自分が言い出したことなのでほっとくわけにもいかない。
それで、「いずれそうしよう」とだけ言った。