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『転生者観察官ノルンの苦労は終わらない 〜神様達がまたやらかしたので、今日も異世界を見回ります〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第百十五話 三回続いたからといって、それが四回目を約束するわけではありません


 管理室へ入ったノルンは、上着を脱ぐより先に端末の右上を見た。


 黄色の表示が一つ。


『対象関連領域の再評価を推奨』


 赤ではない。


 緊急でもない。


 それでも、昨日まで存在しなかった表示だった。


「来たね」


 後ろから入ってきた主様も、すぐに気づいた。


「何がです?」


「三回目」


「通知が来たことは確認できます。ただ、同じものが三回来たと決まったわけではありません」


「昨日の二回目と似てるんでしょ?」


「自動解析上では、二件目との形状類似度が六十八パーセントです」


「六十八……高い?」


「数字だけで判断しないでください」


 ノルンは椅子へ座り、夜間記録を開いた。


 午前一時四十九分。


 閾値未満の微弱な揺らぎ。


 午前二時二十二分。


 もう一度、閾値未満。


 そして午前二時三十一分。


 継続四・二秒。


 低強度。


 対象識別不能。


 発生源判定不能。


 四つの変動。


 二件目との形状類似度、六十八パーセント。


『反復構造候補あり』


『複数事象間に共通反復構造候補を検出』


『対象関連領域の再評価を推奨』


 ノルンは一行ずつ確認した。


「その前にも二回来てる」


 主様が閾値未満の記録を指した。


「揺らぎはあります」


「じゃあ三回目じゃなくて五回目?」


「通知対象になったものが三件です。閾値未満の変動まで同じ事象として数える根拠はありません」


「似てないの?」


「自動比較の対象に入っていません」


「入れたら?」


 ノルンはすぐには答えなかった。


 比較しようと思えばできる。


 だが、閾値未満の膨大な揺らぎから似たものを探し始めれば、何かが見つかる可能性は高くなる。


 見つかったものが意味のある共通性なのか、それとも探したから見つかっただけなのか。


 そこを区別しなければならない。


「解析担当の判断を待ちます」


「ノルンが自分で探さない?」


「はい」


「気になるのに?」


「気になるからです」


 主様が少し首を傾げた。


「気になるから、探さない?」


「自分が見つけたいものを探し始めないためです」


「ああ……」


 主様は閾値未満の二つの線を見た。


「これが同じだったら、五回になるもんね」


「そう見える可能性があります」


「違ったら?」


「三件のままです」


「三件も、本当に同じか分かんない」


「はい」


 昨日までなら、主様はそこで「難しい」と言ったかもしれない。


 今日はしばらく考えてから、


「じゃあ、今は三件の反応があって、そのうち二件に似てるところがある、くらい?」


 と尋ねた。


「それが近いです」


「三回呼ばれた、じゃない」


「呼びかけとは確認されていません」


「三回来た、でもない?」


「同一発生源が確認されていませんからね」


「……言い方、難しい」


「だから記録が必要なんです」


     ◇


 セレナが到着すると、ノルンは夜間記録を共有した。


 彼女も黄色表示を見た瞬間には何も言わず、詳細を上から順に読んでいった。


「三件目……じゃなくて、通知対象としては三件目ですね」


「はい」


「二件目との類似度六十八。共通反復構造候補」


「はい」


「対象関連領域の再評価……これ、何を再評価するんです?」


「そこが最初に確認したいところです」


 黄色表示を開く。


 推奨内容は三項目だった。


『対象候補抽出条件の再確認』


『既知反応群との機械的特徴比較の実施可否検討』


『監視設定変更の必要性評価』


 セレナが最後まで読み、息を吐いた。


「『観測密度を上げろ』とは書いてない」


「はい」


「『既知反応と比較しろ』でもない」


「実施可否を検討、です」


「対象候補も、今すぐ九人から選べじゃない」


「抽出条件の再確認ですね」


 主様が二人を見る。


「黄色って、何かしなきゃいけないんじゃないの?」


「何もしないと決めるためにも確認は必要です」


 セレナが答えた。


「赤なら緊急対応だけど、黄色は『今までと同じ扱いでいいか見直して』って感じかな」


「じゃあ見る?」


「見ます。ただし、意味を決めるためじゃなくて、対応を変える必要があるか確認するために」


 ノルンは再評価手続きを開始した。


 最初に、対象候補抽出条件。


 現在の識別不能反応は、九名のうち誰か一人へ紐づいた領域から出たものではない。


『既存管理対象関連領域』


 九名に関係する広い観測範囲の一部で検出されているだけだ。


 個人別の位置参照なし。


 個人別反応強度差なし。


 身体反応との同期なし。


 本人側知覚報告なし。


 接続装置稼働なし。


 直接接触処理なし。


「候補、絞れないですね」


 セレナが言う。


「はい」


「ルークが夜寝てたとか、ミレイアが何も感じてないとかは?」


「本人から知覚確認をしていません」


「あ、そうでした」


「身体異常や覚醒が記録されていないことは確認できます。ただ、それがこの反応と無関係である証拠にはなりません」


「じゃあ九人全員、候補にも非候補にもできない」


「現状では」


 主様が腕を組む。


「九人じゃない可能性も?」


「あります」


「でも『既存管理対象関連領域』なんでしょ?」


「観測上の領域名です。発生主体を意味しません」


「外から来た可能性?」


「あります」


「中?」


「あります」


「ノイズ?」


「あります」


「装置?」


「あります」


「全然絞れてない」


「だから対象識別不能なんです」


     ◇


 二項目目。


『既知反応群との機械的特徴比較の実施可否検討』


 ノルンはここで少し長く手を止めた。


 参照7。


 古い反応群。


 A系列。


 B系列。


 さらに、後から内部的にC系列と呼ばれた長い母音様変動。


 それ以外にも、長い歴史の中で記録された外在反応は複数ある。


「やる?」


 主様が小声で聞いた。


「比較自体には意味があります」


「昨日はしなかった」


「昨日は二件でした。現在は三件目があり、システムから再評価が出ています」


「じゃあ条件が変わった?」


「少しだけ」


 ノルンは比較設定画面を開いた。


 そのまま実行はしない。


 比較対象を選ぶ項目がある。


『全既知反応』


『高信頼接続反応のみ』


『外在反応群』


『参照指定』


『特徴指定』


 主様の視線が『参照指定』へ向いた。


「参照7だけ――」


「それはしません」


 言い終わる前にノルンが答えた。


「早い」


「参照7に似ているものを探したいから参照7だけと比較する、という手順になってしまいます」


「じゃあ全部?」


「それも問題があります」


 セレナが気づく。


「候補が多すぎる?」


「はい。特徴量が少ない現在の反応を大量の過去記録と照合すれば、何らかの部分一致が出る可能性が高くなります」


「一致したやつだけ見ると、すごく似てるように見える」


「その危険があります」


「じゃあどうするんです?」


「解析担当へ比較設計を依頼します。現在の三件だけを基準に、どの特徴を比較対象とするのが妥当か先に決めてもらいます」


 セレナが頷く。


「結果を見てから比較条件を変えない」


「はい」


 主様が言った。


「参照7に似てなかったら?」


「それも結果です」


「別のに似てたら?」


「その類似度と比較条件を確認します」


「何にも似てなかったら?」


「それも結果です」


「……何が出ても、すぐ誰かって決めない?」


「決められるだけの証拠があれば別ですが、今はありません」


「ルークにも?」


「結びつけません」


 その名前が出ても、ノルンの声は変わらなかった。


 ルークには、まだ知らせない。


 ミレイアにも。


 フローラにも。


 他の六名にも。


 誰かに『昨夜、何か感じませんでしたか』と尋ねることもしない。


 問いかけそのものが、本人の記憶へ新しい意味を足すことがあるからだ。


     ◇


 三項目目。


『監視設定変更の必要性評価』


 現在は通常監視。


 観測密度を上げれば、閾値未満の揺らぎもより細かく拾える。


 その一方で、ノイズも増える。


 何より、特定の反応を待ち構えるように監視を強めること自体が、これまで何度も問題になってきた。


「変更なしを提案します」


 ノルンは言った。


「私も」


 セレナが答える。


「三件出たからって、四件目を捕まえるために見る回数増やすのは違うと思います」


「解析担当の意見も確認します」


「はい」


 主様が画面を見る。


「四回目、来るかな」


 ノルンは主様を見る。


「あ」


 自分で気づいたらしい。


「来る前提にしない」


「はい」


「でも、来るかもしれない」


「それは否定しません」


「来ないかもしれない」


「はい」


「三回で終わるかもしれない」


「はい」


 主様は少し考えたあと、画面から視線を外した。


「じゃあ九人見よう」


「そうしましょう」


     ◇


 朝の九名確認。


 ルークは庭へ出た翌日も、特別な変化なく起床していた。


 紙の鳥は棚。


 昨日拾わなかった落ち葉について話題にしていない。


 今朝は食堂で出た焼き果物を気に入ったらしく、職員へ名前を尋ねている。


「これ何?」


「リンガの実。焼くと甘くなるんだよ」


「生でも食べる?」


「食べる。今度出たら比べてみる?」


「うん」


 それだけの会話だった。


 主様が記録映像を見ながら言う。


「普通」


「はい」


「昨夜の反応と関係なさそう」


「そういう結論にしないでください」


「関係あるようにも見えない」


「それも同じです」


「じゃあ、普通に朝ご飯食べてた」


「それなら確認できます」


 ミレイアは朝から布袋へ何かを入れていた。


「入った」


 主様が身を乗り出す。


「何でしょう」


 映像を拡大する。


 小さな糸巻きが二つ。


 針入れ。


 布切れ。


 裁縫用の袋として使うことにしたらしい。


「空じゃなくなった」


「そうですね」


「意味ある?」


「裁縫道具を入れたという意味はあります」


「そうじゃなくて」


「それ以上は本人が何も言っていません」


 エリスも特別な質問をしていない。


「使いやすそう?」


「うん。紐もう少し短くしてもいいかも」


「直す?」


「あとで」


 接続状態は変わらない。


『次回接続:まだ決めていない』


『現時点で接続予定なし』


『本人希望時、再検討可能』


 昨日から生活記録の末尾に『接続関連発言なし』は付いていない。


 それでも必要な接続状態は別欄で確認できる。


 エリオ。


 四人用に広げた盤上遊戯は、昨日の試行で問題が見つかったらしい。


 一人だけ有利になる位置がある。


「じゃあここ使わない?」


「それだと狭い」


「盤を二つ繋げる?」


「駒足りなくない?」


「別の使えば?」


 朝から相談が続いている。


 まだ遊び始めてもいない。


「ゲーム作ってるみたい」


 主様が言う。


「元の遊びを変えているだけですが、かなり変わってきましたね」


「外出よりこっちの方が好きなのかな」


「比較する必要がありますか?」


「ないか」


 次回外出は未定。


 本人から希望も拒否もない。


 それでいい。


     ◇


 フローラのところには、午前中にマリエから返事が届いた。


 昨日出したばかりの手紙への返事としては早い。


 家の雑貨店から使いに出る者が公爵家方面へ向かう用事があり、ついでに届けてもらったらしい。


 封筒を受け取ったフローラは、すぐに机へ向かった。


『フローラへ


 手紙早い!


 昨日会ったばっかりなのにって、お父さんに笑われました。


 私も楽しかったです。


 蜂蜜のお菓子、気に入ってくれてよかった。


 噴水は可愛くないと思います。


 鳥、飾ったんだね。


 今度は川の向こうにある焼き果物のお店もいいかも。


 でも私も日にちはいつでもいいです。


 また会おうね。


 マリエ』


 読み終えたフローラは、途中からずっと笑っていた。


「噴水、可愛いのに」


 そこだけ納得できない。


 もう一度読む。


『私も楽しかったです。』


『また会おうね。』


 指先が、その二つの文章の近くで止まる。


(同じだった)


 自分だけが楽しかったのではない。


 自分だけが次を望んだのでもない。


 昨日、直接聞いて分かっていたことなのに、文字になって届くともう一度嬉しくなった。


 ただ、その嬉しさを理由に今すぐ日付を決める必要はない。


 マリエも『いつでもいい』と書いている。


「焼き果物……」


 聞いたことはある。


 食べたこともある。


 けれど南区の店は知らない。


 昨日とは別の道を歩くのだろうか。


 あの変な噴水をまた通るのだろうか。


(行きたいな)


 その気持ちはある。


 予定は、まだない。


 フローラは手紙を大切に畳み直した。


     ◇


 昼前、識別不能反応について解析担当から返答が届いた。


『監視設定変更:現時点では推奨せず。』


『理由:通知対象三件のみでは発生頻度・周期性を評価できず。観測密度上昇によるノイズ増加が解釈へ与える影響が大きい。』


『閾値未満二件については、事前に比較基準を固定したうえで補助解析可能。ただし通知対象三件と同列に扱わないこと。』


『既知反応群との比較は実施可能。ただし特定参照群を先行指定せず、特徴量を固定した盲検比較を推奨。』


 セレナが最後まで読み、


「盲検」


 と呟いた。


「はい」


「比較する人には、これが今の三件だって分からないようにする?」


「少なくとも、どの過去反応に似ていることを期待しているか分からない状態で比較するようです」


「参照7を探さない」


「はい」


「ルークも探さない」


「はい」


「何かに似てるかだけを見る」


「その方がいいでしょう」


 主様が尋ねる。


「いつ分かる?」


「依頼してみないと分かりません」


「今日?」


「結果を急がせる理由はありません」


「四回目が先に来たら?」


 言ってから、主様は口を閉じた。


「……また言った」


「気になるのでしょう?」


「うん」


「私もです」


「ノルンも?」


「当然です」


 ノルンは端末の三件を見た。


「ただ、気になることと、次が来る前提で動くことは別です」


「うん」


「比較を依頼します」


     ◇


 午後。


 古い保管層を開く前に、ノルンは昨日の八年目のメモを読み返した。


 原研究では、


『能動反応可能性』


 だったものが、一時的な内部報告では、


『継続的に接触を試みている可能性』


 へ変わっていた。


 研究担当が根拠不足を指摘し、修正されている。


 閲覧者の中には教育資料担当もいた。


 だが、その人が後の資料へ何かを持ち込んだ証拠はない。


 今日見るのは、その続きを少しだけ。


 八年目の四か月目。


 リディアの生活記録ではなく、まず参照7関連の研究資料から開いた。


『反復構造評価基準・改訂版』


 昨日見た改訂案の正式版だった。


 冒頭には、同じ三行が残されている。


『反復は意図を意味しない。』


『周期性は言語性を意味しない。』


『複数回の類似変動は、同一主体を意味しない。』


 採用された。


「消されなかった」


 主様が言う。


「はい」


 さらに、内部報告で問題になった『接触を試みている可能性』という表現についても注記が追加されていた。


『能動反応可能性を、接触試行・探索・呼びかけ等の特定目的へ置換しないこと。』


『目的推定を行う場合、仮説名・根拠・反証可能性を明示すること。』


 慎重だった。


 少なくとも正式な研究基準は。


 ノルンは次の資料へ進む。


 同じ月。


 教育部門から研究部門へ問い合わせが届いていた。


『非専門職員向け説明において、「能動反応可能性」の語が理解されにくい。』


『「向こう側から何らかの働きかけが続いている可能性」と言い換えてよいか。』


 回答。


『条件付きで可。ただし「誰か」「接触」「探索」「呼びかけ」を補わないこと。』


『主体数・目的・対象はいずれも未確定。』


「ここでも止めてる」


「はい」


「でも『向こう側から働きかけ』にはなった」


「能動反応を非専門職向けに説明するためですね」


「意味増えてない?」


「少し注意が必要です」


 原文の『能動』は、自然環境由来だけでは説明しにくい構造を持つ可能性を示す。


 『向こう側からの働きかけ』と読めば、そこに意思を持つ誰かを想像しやすい。


 だから回答には、主体を補わないよう明記されている。


 その次に、教育資料の試案が添付されていた。


『外在側では、何らかの反応が継続して観測されています。』


 ここまではいい。


 次の行。


『それが誰によるものか、何を目的とするものかは分かっていません。』


 さらに、


『第一接続者へ向けられたものとも確認されていません。』


「ちゃんと書いてる」


 主様が言う。


「はい」


 ノルンはページを送った。


 図版。


 左に第一接続者の初回接続。


 右に、その後の外在反応。


 中央には時間の流れを示す線。


 リディア本人の顔や名前はない。


 しかし、『第一接続者』という箱と『外在反応継続』という箱が同じ一本の線上に置かれている。


 注記には、


『両者の直接的関係は未確認』


 とある。


「……これ、並んでる」


 主様が言った。


「はい」


「前にノルンがやめたやつ」


「生活記録と反応記録を並べることとは少し違いますが、似た問題はあります」


「注釈あるよ」


「あります」


「じゃあ大丈夫?」


 ノルンはすぐに答えなかった。


 図だけを見れば、


 最初に接続した人がいる。


 その後も向こう側で反応が続いている。


 そういう流れに見える。


 注記を読めば、関係は未確認だと分かる。


 だが、図を先に見た人がどんな物語を頭の中へ作るかまでは制御できない。


「この時点で誤りとは言えません」


「でも気になる?」


「はい」


 試用後の質問記録を開く。


 受講者九名。


 一人目。


『外在反応は第一接続者への返答なのか。』


 回答。


『不明。直接的関係は確認されていない。』


 二人目。


『最初に接続した相手が、もう一度つながろうとしているという意味か。』


 回答。


『その解釈を支持する証拠はない。反応主体の同一性も未確認。』


 三人目。


『第一接続者はこの反応を知っているのか。』


 回答。


『本人の通知条件に該当しないため、該当期間の反応は通知していない。』


 四人目。


『では、本人は待っているのに、相手が来ていることを知らないのか。』


 ノルンの指が止まった。


 主様も黙った。


 回答欄。


『質問内に未確認事項を含む。』


『第一接続者本人は過去の年次面談で「待ってる」と表現しているが、その意味は、初回対象と高確度で判明した場合または直接接続可能となった場合に通知を希望し、その時点で自身の対応を判断するというもの。継続的監視・常時期待を意味しない。』


『外在反応が初回対象によるものとは確認されていない。』


『したがって、「本人が待っており、相手が来ている」という関係は確認されていない。』


 管理室が静かになった。


「……出た」


 主様が小さく言った。


「何がです?」


「二つくっつけた人」


 ノルンは質問をもう一度読む。


『本人は待っているのに、相手が来ていることを知らないのか。』


 リディアが『待ってる』と言ったこと。


 外在側で反応が続いていること。


 どちらも記録上は存在する。


 だが、その二つの間を結ぶ線は確認されていない。


 それでも、同じ図と説明の中へ置かれた時、受講者の一人は自然に線を引いた。


「研究者じゃない?」


「受講者番号しかありません。所属を確認します」


 付属情報を開く。


『生活支援部・研修対象職員』


 研究者ではない。


 以前、『これは相手の名前ですか』と尋ねた新任職員と同一人物かどうかは分からない。個人名が残っていないため照合不能だった。


「同じ人かも?」


「確認できません」


「でもまた生活支援」


「部門が同じというだけです」


 ノルンは続きを読む。


 教育担当からの評価。


『時間軸上の近接配置により、第一接続者の「待機」と外在反応の「継続」が心理的・因果的に対応する印象を与える可能性あり。』


『図版修正を推奨。』


 次版では、一本だった時間線が二段に分けられている。


 上段。


『第一接続者本人の意思・生活』


 下段。


『外在反応研究』


 その間に太字で、


『直接関係未確認』


 と置かれていた。


「直した」


 主様が言う。


「はい」


「昔の人、ちゃんと気づいてる」


「少なくとも、この担当者たちは」


「じゃあ、後の『お互い待ってた』はどこから来たんだろう」


 ノルンは画面を閉じなかった。


 答えはまだ先にある。


 今分かったのは、八年目の教育段階ですでに、


 リディアの『待っている』


 外在側の『反応継続』


 その二つを結びつけて読む人が現れていたこと。


 そして当時の担当者は、それを誤読として明確に修正していたことだ。


「ここでは、まだ止められています」


「うん」


「この質問が後の説明へ残ったかどうかも分かりません」


「でも最初にそう思った人がいた」


「現在確認できた範囲では、そうです」


「名前の時と似てる?」


 ノルンは少し考えた。


「専門側が付与していない意味を、読み手側が補ったという点では似ています」


「『ナ』『ラ』見て名前かなって思った人と」


「はい。ただし、同じ仕組みで後世の記録が変化したとまでは言えません」


「まだ候補」


「そうです」


 ノルンは新しいメモを残した。


『八年目・教育試用段階で、第一接続者の本人語「待っている」と外在反応継続を対応させ、「本人は待っている/相手が来ている」と読む例を確認。教育側は未確認事項の結合として否定し、図版を二段化して直接関係未確認を強調。』


『この時点では相互待機・相互探索の正式解釈なし。むしろ誤読防止措置が取られている。』


『後世の「互いに待った」表現への直接的継承関係は未確認。』


 保存した。


 今日は、それ以上進まなかった。


     ◇


 夕方。


 現在の識別不能反応について、盲検比較の受付通知が届いた。


『比較条件設定中。結果予定:未定。』


 急がない。


 四件目も来ていない。


 セレナは、黄色表示の文言について一つだけ変更案を出していた。


 現在。


『対象関連領域の再評価を推奨』


 候補。


『対応条件の再評価を推奨』


「対象って書くと、対象者を探せって読める人がいるかもしれないので」


 セレナが説明する。


「実際、最初に私も九人から候補を絞る話かと思いました」


「私も確認するまで範囲が分かりませんでした」


「だったら『対応条件』の方がいいかなって」


「ただ、対象候補抽出条件も再評価項目には含まれています」


「そこなんですよね」


 セレナは候補案の横に『未採用』と書く。


「今日は決めません」


「はい」


「試す人も必要だし」


「お願いします」


 主様が笑う。


「候補のまま置いた」


「置きました」


「成長?」


「主様、それ好きですね」


「だって最近二人とも言うから」


     ◇


 終業前。


 四件目は来なかった。


 午前中にも。


 昼にも。


 午後にも。


 監視画面は静かなままだった。


「来なかったね」


 主様が言う。


「今日は、ですね」


「明日は?」


「分かりません」


「もう聞かない」


「それがいいと思います」


 ノルンは三件の記録を閉じた。


 増えていない。


 だからといって、終わったとも言えない。


 三件あった。


 今分かるのはそこまでだ。


     ◇


 その夜、フローラはマリエから届いた手紙をもう一度読んでいた。


『また会おうね。』


 次の日付は決まっていない。


 けれど、決まっていないことが以前ほど不安ではなかった。


 会いたいという気持ちは、予定表へ書かれていなくても消えない。


 木の鳥の隣へ手紙を置き、フローラは別の本を開いた。


     ◇


 ミレイアの布袋には、二つの糸巻きと針入れが入っている。


 接続のために作った袋ではない。


 何かを待つための袋でもない。


 本人が作り、本人が使い道を決めた。


 エリスはそれ以上の意味を尋ねなかった。


     ◇


 ルークの棚には、紙の鳥が残っている。


 本人は朝、焼き果物の名前を覚えた。


 次に生の実が出たら食べ比べてみたいと言った。


 過去の名前については、今日は一度も口にしなかった。


 だからといって、忘れたと記録されることもなかった。


     ◇


 深夜。


 現在の監視領域には、新しい通知は出ていなかった。


 三件目から二十四時間が過ぎようとしている。


 四件目はない。


 反復が三回で終わることもある。


 長く間を空けて再び現れることもある。


 そもそも三件が同じ発生源ではない可能性も残っている。


 監視システムは、それらの可能性を選ばなかった。


 ただ通常設定のまま記録を続けていた。


 一方、ノルンが昼間に閉じた八年目の教育資料には、その先の改訂履歴が残っている。


 二段へ分けられた図。


『直接関係未確認』


 と太字で置かれた注意書き。


 それは少なくとも、その時点では誤読を防ぐために作られたものだった。


 だが、さらに数か月後の改訂履歴には、別の資料への参照が一つ追加されている。


『説明簡略化版・短時間研修用』


 作成目的。


『研修時間短縮に伴う基礎事項の要約』


 元の二段図は、そこには添付されていない。


 ノルンはまだ、その資料を開いていない。


 そして現在の監視画面にも、四件目は現れていない。


 三回続いたからといって、四回目が来るとは限らない。


 慎重な説明が三回残されたからといって、四回目にも同じだけの注意書きが残るとも限らなかった。

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