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第14話 王都大演武会、公開処刑みたいな英雄デビュー

 その知らせを聞いた瞬間、新堂ユウトは本気で耳を疑った。


「……は?」


 騎士団本部の応接室。

 向かいに座るレティシアは、いつも通りきっちりした姿勢で、いつも通り真面目な顔をしている。だが今日の話は、どう考えても真面目な顔で告げていい類ではなかった。


「王都大演武会です」


「聞こえなかったわけじゃなくて、意味が分からなかったんだよ」


 ユウトは顔を引きつらせた。


「なんで俺が、そんなイベントに出るの」


「王宮の判断です」


「そこはもう聞く前から分かってたよ!」


 最近のろくでもない案件は、だいたい王宮か魔導院か神殿のどれかが絡んでいる。今回はたぶん全部だ。


 応接室の端では、案の定ミリスが資料らしき羊皮紙を広げていた。

 さらに今日はフィアナまで来ている。嫌な予感しかしない面子である。


「民心安定のためよ」


 ミリスがさらっと言った。


「魔王軍の四天王が出た、国境が揺れた、呪詛汚染まで起きた。そんな時期に“王都には対抗手段がある”って見せるのは重要でしょう」


「いや、理屈は分かるよ?」


 ユウトは机に額を打ちつけたい気持ちをこらえた。


「でもそれを、なんで俺が、人前で、そんな、演武会とかいう、いかにも目立つ形で……」


「目立つからです」


 レティシアが真面目に言う。


「そこを正面から肯定しないでくれるかな!?」


 フィアナが心配そうに首を傾げた。


「演武会、お嫌ですか」


「嫌だよ!」


「でも、みんな安心すると思います」


「その“みんな”の安心のために、こっちの精神が死ぬんだよ……」


 フィアナはしゅんとした。

 その反応をされると、こっちが悪いみたいになるから困る。


 レティシアが小さく息を吐く。


「私も、あなたのお気持ちは理解します」


「ほんとに?」


「はい。公衆の前に立ち、注目され、しかも兵装まで見せるのですから」


「うん」


「かなりの苦行かと」


「分かってるなら止めてくれ!」


「止められません」


 即答だった。

 でしょうね、という諦めしか出てこない。


 ミリスが羊皮紙を指で叩く。


「形式上は王都防衛力の誇示。内容は模擬戦と兵装公開。王家主催、騎士団協力、魔導院監修、神殿も立ち会い」


「もう嫌な単語しか並んでないな」


「しかも第二王女殿下の後押しあり」


「一番強いの来たな……」


 セレスティアの顔が脳裏に浮かぶ。

 あの王女なら、たしかにこういう場を使う。民心の安定、貴族への牽制、魔王軍への示威。全部まとめて片づけに来るだろう。


「……断れないんだよな」


 最後の希望みたいに聞くと、レティシアは静かに頷いた。


「はい」


「だよなあ……」


 深いため息が出た。


 だが、ただため息をついていても状況は変わらない。

 演武会。王都の人間が大勢集まる。王家も貴族も神殿も魔導院も見る。そこで自分が、あの紙袋の中身を持って出る。


 想像するだけで胃が痛い。


「……せめてさ」


「はい」


「紙袋のまま出るのはやめたい」


 そう言うと、三人とも一瞬だけ黙った。


 最初に口を開いたのはミリスだった。


「そこ?」


「そこだよ!?」


「でも、たしかに」


 レティシアが少し考え込む。


「紙袋のままだと、民衆に妙な想像をされるかもしれません」


「今でも十分されてるんだよ!」


「よりされる、という意味です」


 それも正しい。

 紙袋の存在そのものが、王都で妙な神秘性を持ち始めているのが本当に嫌だった。


 フィアナがぱっと顔を上げる。


「では、神殿で布袋を」


「もっとだめだろ」


「え?」


「なんか余計に聖遺物感が出る!」


「なるほど」


 ミリスが頷く。


「黒布か革ケースの方がいいかも」


「だからそういう本格兵装っぽい方向へ行くな!」


 だが、その議論は妙に本気だった。


   ◇


 王都大演武会は、翌々日に開かれることになった。


 準備期間が短すぎる、とユウトは思ったが、王宮側としてはそれくらいの速度でやらなければ意味がないらしい。噂は生ものだ。恐怖が広がる前に、安心も広げる必要がある。そういう理屈なのだろう。


 その日の午後には、もう演武会の会場となる大広場の下見へ連れて行かれた。


 王都中央にあるその広場は、普段は祭事や市場にも使われる大きな円形の空間だった。周囲には石造りの観覧席があり、上段には貴族や王宮関係者のための特別席まで設けられている。いかにも“見せるための舞台”だ。


「うわ……」


 ユウトは広場の中央に立ち、周囲を見回して顔を引きつらせた。


「ここでやるの?」


「ここでやります」


 レティシアが答える。


「やだなあ……」


 それが率直な感想だった。


 いまはまだ誰もいない。

 だが本番になれば、ここを観客が埋めるのだろう。王都の民衆、貴族、神殿関係者、騎士団、魔導院。視線の数を想像するだけで気が遠くなる。


 ミリスは会場中央に刻まれた簡易結界の痕跡を確認しつつ言う。


「模擬戦の相手は三段階」


「三段階?」


「最初に普通の剣士。次に魔導士。最後に魔獣型ゴーレム」


「嫌なステップアップだな」


「安心しなさい。全部、あくまで“模擬”よ」


「ゴーレム出てくる時点で全然安心できないんだけど」


 フィアナは広場の周囲を見上げ、うっとりと呟いた。


「たくさんの人が、シンドウさんを見て安心するんですね」


「その言い方をされると、ちょっとだけ断りづらくなるんだよ」


「よかったです!」


「そこを喜ぶな!」


 下見だけのはずだったが、その場で簡単な動線確認までさせられた。


 どこから入るか。

 どこで立つか。

 どの位置で兵装を出すか。

 どう見せるか。


 全部が、まるで一流の舞台か何かの演出みたいだった。

 しかも本人の希望はあまり反映されない。


「いや、兵装を出す位置そんなに中央じゃなくてもよくない?」


「よくありません」


 ミリスが即答する。


「全周から観測しやすい位置でないと」


「観測じゃなくて観覧だろ今回は」


「両方よ」


 レティシアも補足する。


「民衆に見せるという意味では、中央が最適です」


「最適って言葉、最近つらいな……」


 気づけば、広場の周囲には下見を嗅ぎつけたらしい人々が少しずつ集まり始めていた。

 遠巻きに見ているだけだが、ざわざわと噂が流れているのが分かる。


「あれが……」

「本当に黒衣だ」

「紙袋じゃないぞ」

「やはり封印形態を変えたのか……」


「やめてくれえ!」


 まだ本番前なのにこれである。

 ユウトは本気で頭を抱えたくなった。


   ◇


 演武会当日の朝、王都は朝から妙に浮き足立っていた。


 客室の窓から見える通りも、普段より人の流れが多い。広場へ向かう露店商、王宮の使い、騎士団の誘導班。町全体が「今日は何かある」と理解している空気だ。


 ユウトは着替えを終えたあと、鏡の前でしばらく固まっていた。


 黒いスーツ。

 ただし今日は、紙袋ではなく、王宮と騎士団と魔導院が協議の末に決めた「簡素な黒布の携行袋」を肩から提げている。


「……これ、余計に大仰じゃないか」


 率直にそう思った。


 紙袋よりは確かにましだ。

 だが、ましになった結果、逆に“本当に重要な遺物です”みたいな見た目になってしまった。難しい。


 扉が開き、レティシアが入ってくる。


 今日は完全な正装騎士だった。銀青の礼装鎧に白い外套、胸元には王宮式典用の飾緒までついている。美人が本気で正装すると目に毒だな、とユウトは現実逃避気味に思った。


「準備はよろしいですか」


「たぶん」


「顔色はあまりよくありません」


「そりゃそうだよ」


 レティシアは少しだけ目を和らげる。


「私も舞台袖にいます」


「うん、それはありがたい」


「何かあれば、すぐ前に出ます」


「演武会ってそういうイベントじゃないと思うんだけどな」


「念のためです」


 それくらい、今日の場がただの祭事ではないということだろう。


 やがてミリスも合流した。こちらも今日は魔導院の正装ローブだ。普段より装飾が増えているが、本人の雰囲気があまりにいつも通りなので特別感が薄い。


「緊張してる?」


「してる」


「そう」


「そこはもう少し何かないのか」


「本番前に変な慰め方すると余計固くなるでしょう」


「理屈は分かるけど冷たいな」


 フィアナは最後にやってきて、なぜかやたら明るかった。


「だいじょうぶです!」


「その根拠のない励まし、嫌いじゃないけど今日は信用しづらいな」


「たくさん祈りました」


「そうかあ……」


 それで実際よくなるなら苦労はしないのだが、フィアナの善意は否定しづらい。


   ◇


 王都大演武会は、予想以上の人出だった。


 広場へ出る直前、控えの天幕の隙間から外を見たユウトは、本気で後ずさりそうになった。


「……多い」


 観覧席が埋まっている。

 いや、埋まるどころではない。立ち見までいる。広場の周辺通路も人で溢れ、露店の屋根越しに顔を出している者まで見える。上段には貴族席、そのさらに奥には王宮の来賓席。旗が揺れ、ざわめきがひとつの波みたいに広がっていた。


「多いね……!」


 自分で言っておいて、声が少し裏返る。


「そうですね」


 レティシアが落ち着いた声で言う。


「予定通りです」


「予定通りって言うな!」


 外ではすでに司会役の文官が前口上を始めていた。王国の安寧、民の安心、騎士団の奮戦、神殿と魔導院の協力――そういう堅い言葉の後に、自分のことがどんなふうに紹介されるのかと思うと、胃がまた縮む。


 そして案の定、紹介は盛られた。


 異邦より来たりし守護の担い手。

 結界を崩し、魔を祓い、王都を護る者。


「言い過ぎだろ……!」


 ミリスが横でぼそりと呟く。


「半分くらいは事実」


「半分ってことは半分盛ってるんだよ!」


 大歓声が上がる。

 その音の圧だけで足がすくみそうになる。


「シンドウ殿」


 レティシアが低く声をかける。


「はい」


「下だけ見ないでください。前を」


「難しい注文するなあ……」


「できます」


 その断言が、妙にまっすぐ胸へ入る。


 結局、ユウトはそのまま広場へ出た。


 わっと、歓声が膨れ上がる。


 すごかった。

 音の壁だ。

 人の視線が一斉に集まると、こんなにも肌が粟立つものなのかと初めて知った。


 黒布の携行袋を肩にかけ、黒いスーツ姿で中央へ歩く。

 どう考えてもこの世界に馴染まない見た目なのに、だからこそ余計に目立つ。


「うわああ……」


 心の中では悲鳴だった。


 だが、立ち止まるわけにもいかない。

 広場中央に設けられた位置へ立つと、歓声が少しずつ収まっていった。


 司会役が高らかに告げる。


「まずは剣技の模擬戦より!」


 第一戦。普通の剣士。


 相手は騎士団の中堅どころらしい男だった。礼節正しく一礼し、訓練用の長剣を構える。こちらは当然、あれを構えるしかない。


「これ、公開処刑じゃない?」


 小声で呟くと、対戦相手の騎士が少し困ったように笑った。


「手加減はいたします」


「むしろそっちの身が心配なんだよな……」


 合図が鳴る。


 騎士が踏み込む。

 真正面からの綺麗な一撃。模擬戦らしい、教本通りの動きだ。


 ユウトは半泣きで本体を起動した。


 ぶ……ぉん。


 やや弱まっているとはいえ、あの独特の振動音が広場へ響く。

 次の瞬間、相手の訓練剣が、先端へ近づいたところでぶるりと震え、手元から明確に軌道が狂った。


「っ!?」


 騎士が驚く。

 その隙に、剣そのものが手元でびりびりと鳴り、耐えきれずにぱきんと折れた。


 歓声が上がる。


「うわあ!」


 今度はユウトが声を上げた。

 折れると思っていなかったのか、相手の騎士まで目を丸くしている。


 司会役が慌てて宣言する。


「し、勝負あり!」


「早いな!」


 だが観衆には、その短さすら逆に効いたらしい。


 ざわめきが熱を帯びる。


「見たか!」

「剣が……!」

「触れた瞬間に!」


「触れてないんだけどなあ……」


 半分本音で呟く。


 続いて第二戦。魔導士。


 相手は王立魔導院の中堅研究員兼実戦魔術士らしい女だった。距離を取り、複数の光弾と小型障壁を同時に展開してくる。観客に分かりやすく派手な演出だが、実際かなり難しいことをやっているのだろう。


「これは、まあ、分かる」


 ユウトは標準型のまま本体を構えた。


 ぶ……ぉん。


 最初の光弾が近づく。

 振動の波に触れた瞬間、光弾の形がぶれ、そのまま弾ける。次の障壁も表面に波紋を走らせ、ぱきりと割れた。


「おおおお!」


 観客が沸く。


 魔導士はすぐに二重障壁へ切り替えたが、今度はユウトが一歩踏み込み、振動を近づけたことで中心から一気に崩れた。


 ミリスが舞台袖の向こうで腕を組みながら満足そうにしているのが見えた。

 ああ、この人、今日もちゃんと楽しんでるな。


 第二戦も短時間で決着した。


 歓声はさらに大きくなる。

 もはや完全に“見世物として成功している”空気だった。それがなおさらユウトにはつらい。


「……次で最後?」


 舞台袖へ戻る途中、ユウトがぼそっと聞く。


「最後です」


 レティシアが答える。


「魔獣型ゴーレム」


「その最後が一番嫌なんだよなあ……」


   ◇


 第三戦は、模擬戦というより半分災害訓練みたいな代物だった。


 広場の反対側から、四足の大型ゴーレムが引き出される。石と金属で組まれた狼のような姿で、背丈は馬ほどもある。目にあたる部分には青い光が灯り、口元からは蒸気のような白い息が漏れていた。


「でかい」


 率直にそう思った。


 観客がまたざわめく。

 これは確かに、見栄えはする。王都の民にとっても「強そうなもの」が分かりやすい相手だ。


 ミリスが簡潔に言う。


「ゴーレムの核は胸部中央。外殻は普通の剣だとやや硬い。標準型でもいけると思うけど、近接型の方が早いかもしれない」


「その説明だけ聞くと、完全に俺が戦闘員なんだけど」


「いまさらでしょう」


 いまさらだった。


 ユウトは携行袋から本体を出し、迷った末に近接寄りの付属品を装着した。


 それを見た観客がどよめく。


「あれは……!」

「形が変わったぞ!」

「換装だ……!」


「やっぱりそこまで広まってるの!?」


 もうだめだ。

 王都の情報伝播速度を舐めていた。


 開始の合図。


 ゴーレムが重い音を立てて突進してくる。地面が揺れる。洒落にならない。模擬戦の顔をした本気の圧である。


「いやこれ普通に怖い!」


 叫びながらユウトは横へ飛ぶ。

 直後、ゴーレムの爪が石畳を抉った。観客席から悲鳴混じりの歓声が上がる。


 レティシアが舞台袖のぎりぎりまで身を乗り出したのが見えた。

 だが、まだ前へは出ない。これはあくまで“演武”なのだ。


 ユウトは振動を起動し、ゴーレムの横腹へ近づける。


 ぶ……ぉん。


 石の外殻が震える。

 だが、思ったより硬い。


「うわ、硬っ!」


 ミリスの言った通り、普通の魔物とは違う。外殻に波は通るが、一気には崩れない。だが、その代わり、胸部奥の青い核光がわずかにぶれたのが見えた。


「核だ……!」


 ユウトはもう一度踏み込む。

 ゴーレムが振り向きざまに尾を振るう。石の尾が風を裂き、ユウトは慌ててしゃがみ込んだ。頭上すれすれを通過した尾が、後ろの簡易障壁へぶつかり、鈍い音を立てる。


「模擬戦って聞いてたんだけど!?」


 誰に向けた抗議か分からないまま叫び、今度は真正面から胸部を狙った。


 ぶぉん、という振動音が、近接型の先端を通じて一点へ刺さる。

 核光が大きくぶれる。ゴーレムの動きが一瞬だけ鈍る。


「今!」


 ユウトはやけくそでさらに押し込んだ。


 ぱき。


 胸部装甲にひびが入る。

 次の瞬間、内部の青い核が砕け、ゴーレム全体の動きが止まった。


 数拍遅れて、巨体がその場へ崩れ落ちる。


 どおん、と重い音。


 一瞬の静寂。


 そして、広場が揺れるほどの歓声が上がった。


「うわあああ……」


 今度は、歓声の大きさにユウトの方が引いた。


 観客席の人々が立ち上がっている。

 旗が振られ、拍手が鳴り、声が重なる。


「すごい!」

「本当に核を!」

「王都は守られる!」

「震界の魔杖、万歳!」


「やめてくれええ!」


 だが、悲鳴は歓声に飲まれる。


 あまりにも公開処刑みたいだった。

 身体は無事なのに、精神だけが観衆に持ち上げられて死ぬ感覚。おそらくこれが英雄待遇というやつなのだろうが、まったく嬉しくない。


 それでも、演武会そのものは大成功だった。

 民衆は目に見えて安心し、王宮席の方でも何人もの貴族が頷いているのが遠目にも分かった。政治的には満点に近いのだろう。


   ◇


 だが、その熱狂の裏で。


 広場の上段、人々の歓声に紛れるように、一人の男が静かに立っていた。


 黒ずんだ旅装束。

 目立たない顔立ち。

 だが、その目だけは妙に冷たかった。


 男は歓声を上げることもなく、ただ広場の中央に立つユウトを見つめていた。

 とくに、その手にある兵装と、換装の動きと、周囲の護衛配置を。


「……なるほど」


 誰にも聞こえない声で呟く。


「王都が隠したがる理由も分かる」


 袖の内側で、細い刃が指先に触れる。

 毒か、呪具か、それとも別の何かか。少なくとも観客の一人ではない。


 男は歓声の高まりに合わせて、わずかに口元を歪めた。


「面倒な獲物だ」


 その視線は、狙う者のそれだった。


   ◇


 演武会終了後、舞台袖へ戻ったユウトは、その場にへたり込みかけた。


「むり……」


 第一声がそれだった。


 レティシアがすぐに水を差し出す。


「お疲れさまでした」


「ありがとう……でも今は“お疲れさま”が重い……」


 水を一気に飲み干す。

 喉はからからだった。剣を振ったわけでもないのに、全身が変な汗でべたついている。


 ミリスは珍しく、かなり満足そうだった。


「想定以上ね」


「想定してたんだ……」


「民衆の反応、王宮席の空気、全部含めて成功よ」


「俺の心は成功してないんだけど」


「それは、まあ」


 そこで言葉を濁すあたり、さすがに少しは人の心があるらしい。


 フィアナは目を輝かせていた。


「すごかったです!」


「うん、その感想は知ってた」


「特に、ゴーレムを倒したあと、みんなが安心した顔をしていたのが」


 その言葉だけは、少しだけ真っすぐ胸に入った。


 たしかに観客の顔には、単なる熱狂だけではなく、明らかな安堵があった。

 魔王軍、四天王、呪いの森。そういう不穏な話が続いたあとで、「王都には対抗できるものがある」と見せられた意味は大きかったのだろう。


 ユウトは深く息を吐く。


「……それはまあ、よかったのかもな」


 すると、レティシアがほんの少し表情を和らげた。


「はい」


 その短い返事だけで、少しだけ救われる。


 だが、その安堵は長く続かなかった。


 レティシアの視線が、不意に鋭くなる。


「……ミリス殿」


「なに」


「上段席、東寄り。あの黒い服の男、見えますか」


 ミリスがさっと顔を上げる。

 ユウトもつられてそちらを見るが、歓声の中で人は多く、すぐには分からない。


「……いない」


 ミリスが低く言う。


「いま、いたんだけど」


 レティシアは一歩前へ出る。完全に戦闘時の顔だった。


「護衛を増やします。ユウト殿、ここから離れないでください」


「え、何」


「見られていました」


「そりゃめちゃくちゃ見られてただろ今日は」


「そういう意味ではありません」


 その声音の硬さで、ユウトはようやく理解した。


 ただの観客じゃなかったのだ。


 ミリスも真顔になる。


「刺客か、斥候か、どっちにしてもよくないわね」


「さらっと物騒なこと言うな!」


 レティシアはすでに周囲の騎士へ指示を飛ばしていた。

 観客席の見回り、王宮警護への連絡、退場動線の変更。動きが早い。


 せっかくの演武会の高揚は、一瞬で冷や水を浴びせられたようにしぼんだ。


「……やっぱり、そう簡単には終わらないか」


 ユウトが小さく呟くと、ミリスが珍しく真面目な声で答える。


「むしろ、ここからが本番かも」


「言わないでくれ、それ」


 だが、たぶん当たっている。


 演武会は成功した。

 王都の民衆は安心した。

 王宮の意図も果たされた。

 そしてその代わり、ユウトの存在はもっと大きく、もっとはっきりと、敵の目に晒されたのだ。


 広場の外では、まだ歓声が続いている。

 その華やかさとは裏腹に、ユウトの背筋には冷たいものが這い上がっていた。

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